【波音に耳を澄ませて】
波音に耳を澄ませて、砂浜でうとうと。
気温はギリギリ泳げるくらい。つまり、それほど暑くはなかった。
私は最初から泳ぐ気はなくて、ジャージにTシャツ、パーカという楽な服装。目深にフードを被れば、日差しもあまり気にならない。
はしゃぐ人の声、波の音、程よい暖かさと強すぎない風。うたた寝にはとても……心地が良かった。
帰り際、連れから「具合が悪くなったのかと思ってた」と言われたのは、想定外。確かにレジャーシートの上で蹲ったまま、話すどころか動きもしなかったな。
「違う違う。心配かけてごめんよ」
ただ本当に、身動きするのも惜しいくらい、気持ち良かっただけなんだ。
それから何年過ぎたかわからないけれど、未だにあの日のあの浜辺ほど素晴らしい昼寝ができたことはない。
【遠くへ行きたい】
僕はずっと、異世界で生きた前世を引き摺っていた。日本には魔力も魔法もない。それが辛くて息苦しかった。
どこか遠くへ行きたい。魔法がある所ならどこでもいい。そう思っていたのは僕なのに、幼馴染が行方不明になった。
きっとあいつは生きている。そう信じてはいたものの。元々、自分が日本で働く将来なんて思い描けなかった僕は、受験勉強にはまったく身が入らなくて、大学を見事に落ちた。
社会人になることもできず、両親に頼み込んで浪人させてもらうことになり。高校の登校日には気まずい思いをしていた。そして、もうすぐ卒業式というある日。
僕の足元に魔法陣が現れた。
それはなんとなく禍々しい気配があって、良くないものだと感じたのに。どこか魔法がある世界に通じているのかと思ったら、避けることも拒むこともできなかった。
目の前が真っ白になった、次の瞬間。景色は一変し、僕は崩れかけた城の中にいた。
「何をした、魔王!!」
そう、声がして。まさか自分のことかと焦り、視線を巡らせると、銀色の甲冑姿の騎士と、趣味の悪い玉座に座った魔族がいた。
灰色の肌に捻れた角、赤い目をした偉そうな魔族だ。良かった。あっちが魔王だよな。
「アキ!? なんでアキが!」
聞き慣れた声に驚いた。騎士の隣にいたのは、金属製の胸当てと青いマントを身に着け、立派な剣を持った幼馴染だったから。
「ナオ!? そっちこそ、どうして」
「俺は勇者として召喚されて、魔王を倒しに来たんだけど!?」
そうだったのか。生きているとは思っていたけれど。無事で良かった。大きな怪我もないみたいだ。
「何をしている!!」
魔王らしき魔族が苛立たしげに怒鳴った。
「早くその勇者たちを退けろ!!」
えっと……もしかして。
「僕に言ってるの?」
「他に誰がいる! 私が呼び出したのは『全てを破壊し破滅させる者』だ。それがお前なら私に従え!!」
ああ……なるほど?
そういうことか。
「破滅させればいいんだな?」
僕は口角を上げ、笑みを作った。
ここはおそらく僕が前世を過ごした世界だ。魔力に満たされ、なんとも心地が良い。僕は前世でも滅多にしなかった詠唱を口に出した。
「混沌の魔神よ。愛し子たる我が希う。敵を滅する力を我が手に。全てを焼き尽くす業火をここに」
手のひらに集めた魔力が青い炎の塊となる。騎士がナオを庇うように動いた。でも、人ひとり盾になったところで僕の炎は防げない。
「おお……素晴らしい」
満足そうに呟いた魔王に、僕はその火球を叩きつけた。
「……!!?」
断末魔なんて聞きたくない。燃え広がっても困るから、結界できっちりと覆う。
「…………は?」
騎士の間抜けた声が聞こえた。
「僕がナオを破滅させるわけないだろ」
ナオが涙ぐんだ目で僕を見た。
「アキ……!」
「って言うか。これ魔王で合ってた? 倒しちゃって良かった?」
「もちろん! すっげー助かった! 俺、正直魔王討伐とか自信なかったし!」
結界の中の青い炎はしばらく燃え続け、消えた時には玉座も魔王も灰すら残っていなかった。
「なあなあ。なんでアキにこんなことできんの?」
「んー? 僕には前世があるんだよ。この世界で生きた記憶とか。魔法の使い方もわかるし」
「そうなんだ!?」
でもまあ。ナオが勇者だというのなら。
言わない方がいいだろうな。
先代の魔王が僕だったなんて。
【クリスタル】
クリスタルと言われて、鉱石でもアクセサリーでもなく、ゲームが思い浮かぶ私……
『F』で始まる有名なRPG
私はⅤがすごく好きだったな
リメイクもされているし、久々にやりたくなったけど
たぶんまた『すっぴんマスター』を目指したくなってしまうから
始めたらいくらでも時間が溶けるんだよねぇ
【夏の匂い】
夏の匂いというものがあるなら、それは甘いのではないかと僕は思う。
わたあめ、かき氷、アイス、りんご飴……夏になると君が欲しがる甘いもの。
もちろんスイカやメロンもある。
今年もまた食べられるといいねぇ。
一緒にお祭りに行きたいねぇ。
【夏の気配】
高校卒業前の最後の夏。本当なら模試に夏期講習にと忙しいはずの私たちは、一日だけ……というか、一晩だけ時間を作って会うことになった。
それは以前からの約束で。何かあってもこの日だけは息抜きをしようと決めていた。
夏の気配がまとわりつくような暑い日だった。日が暮れても全然涼しくなんかならなくて、生ぬるい風が僅かに吹いていた。
「ちょっと風ある? 大丈夫かな?」
「平気でしょう。これくらいなら」
私はバケツに水を用意して。友人がロウソクに火をつけた。暗くなってから合流したのは、花火を満喫するためだ。
「これ、全部使いきっていいから」
友人が用意した花火は大袋の手持ち花火がひと袋と、線香花火がふた袋。
「線香花火多くない?」
「いいじゃない、線香花火。私好きなの」
しばらくきゃあきゃあと色付きの火花を楽しんだ。途中で暑さに耐えかねて、家の中に撤退し、クーラーで涼んでからまた遊んだ。
「スイカ食べていって」
母がそう言って出してきたのは小玉スイカをカットしたもの。友人が「ありがとうございます」と受け取った。
キャンプ用の椅子に座って、外でスイカを食べて麦茶を飲んで、二人とも何箇所も蚊に刺されて。後になって「痒い痒い」と大騒ぎした。
きっと、こんな時間はもうそんなに何度も過ごせるものじゃない。お互い進学したら距離ができる。就職したり結婚したり、いつまで仲良くしていられるだろう。
だからこそ。私たちは、受験勉強の合間に無理にでも時間を作って、花火をしたのだ。