るね

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【遠くへ行きたい】




 僕はずっと、異世界で生きた前世を引き摺っていた。日本には魔力も魔法もない。それが辛くて息苦しかった。

 どこか遠くへ行きたい。魔法がある所ならどこでもいい。そう思っていたのは僕なのに、幼馴染が行方不明になった。

 きっとあいつは生きている。そう信じてはいたものの。元々、自分が日本で働く将来なんて思い描けなかった僕は、受験勉強にはまったく身が入らなくて、大学を見事に落ちた。

 社会人になることもできず、両親に頼み込んで浪人させてもらうことになり。高校の登校日には気まずい思いをしていた。そして、もうすぐ卒業式というある日。

 僕の足元に魔法陣が現れた。

 それはなんとなく禍々しい気配があって、良くないものだと感じたのに。どこか魔法がある世界に通じているのかと思ったら、避けることも拒むこともできなかった。

 目の前が真っ白になった、次の瞬間。景色は一変し、僕は崩れかけた城の中にいた。

「何をした、魔王!!」
 そう、声がして。まさか自分のことかと焦り、視線を巡らせると、銀色の甲冑姿の騎士と、趣味の悪い玉座に座った魔族がいた。

 灰色の肌に捻れた角、赤い目をした偉そうな魔族だ。良かった。あっちが魔王だよな。

「アキ!? なんでアキが!」

 聞き慣れた声に驚いた。騎士の隣にいたのは、金属製の胸当てと青いマントを身に着け、立派な剣を持った幼馴染だったから。

「ナオ!? そっちこそ、どうして」

「俺は勇者として召喚されて、魔王を倒しに来たんだけど!?」

 そうだったのか。生きているとは思っていたけれど。無事で良かった。大きな怪我もないみたいだ。

「何をしている!!」
 魔王らしき魔族が苛立たしげに怒鳴った。
「早くその勇者たちを退けろ!!」

 えっと……もしかして。

「僕に言ってるの?」
「他に誰がいる! 私が呼び出したのは『全てを破壊し破滅させる者』だ。それがお前なら私に従え!!」

 ああ……なるほど?
 そういうことか。

「破滅させればいいんだな?」
 僕は口角を上げ、笑みを作った。

 ここはおそらく僕が前世を過ごした世界だ。魔力に満たされ、なんとも心地が良い。僕は前世でも滅多にしなかった詠唱を口に出した。

「混沌の魔神よ。愛し子たる我が希う。敵を滅する力を我が手に。全てを焼き尽くす業火をここに」

 手のひらに集めた魔力が青い炎の塊となる。騎士がナオを庇うように動いた。でも、人ひとり盾になったところで僕の炎は防げない。

「おお……素晴らしい」
 満足そうに呟いた魔王に、僕はその火球を叩きつけた。

「……!!?」
 断末魔なんて聞きたくない。燃え広がっても困るから、結界できっちりと覆う。

「…………は?」
 騎士の間抜けた声が聞こえた。

「僕がナオを破滅させるわけないだろ」
 ナオが涙ぐんだ目で僕を見た。
「アキ……!」

「って言うか。これ魔王で合ってた? 倒しちゃって良かった?」
「もちろん! すっげー助かった! 俺、正直魔王討伐とか自信なかったし!」

 結界の中の青い炎はしばらく燃え続け、消えた時には玉座も魔王も灰すら残っていなかった。

「なあなあ。なんでアキにこんなことできんの?」
「んー? 僕には前世があるんだよ。この世界で生きた記憶とか。魔法の使い方もわかるし」
「そうなんだ!?」

 でもまあ。ナオが勇者だというのなら。
 言わない方がいいだろうな。
 先代の魔王が僕だったなんて。



7/3/2025, 2:12:11 PM