【夏の気配】
高校卒業前の最後の夏。本当なら模試に夏期講習にと忙しいはずの私たちは、一日だけ……というか、一晩だけ時間を作って会うことになった。
それは以前からの約束で。何かあってもこの日だけは息抜きをしようと決めていた。
夏の気配がまとわりつくような暑い日だった。日が暮れても全然涼しくなんかならなくて、生ぬるい風が僅かに吹いていた。
「ちょっと風ある? 大丈夫かな?」
「平気でしょう。これくらいなら」
私はバケツに水を用意して。友人がロウソクに火をつけた。暗くなってから合流したのは、花火を満喫するためだ。
「これ、全部使いきっていいから」
友人が用意した花火は大袋の手持ち花火がひと袋と、線香花火がふた袋。
「線香花火多くない?」
「いいじゃない、線香花火。私好きなの」
しばらくきゃあきゃあと色付きの火花を楽しんだ。途中で暑さに耐えかねて、家の中に撤退し、クーラーで涼んでからまた遊んだ。
「スイカ食べていって」
母がそう言って出してきたのは小玉スイカをカットしたもの。友人が「ありがとうございます」と受け取った。
キャンプ用の椅子に座って、外でスイカを食べて麦茶を飲んで、二人とも何箇所も蚊に刺されて。後になって「痒い痒い」と大騒ぎした。
きっと、こんな時間はもうそんなに何度も過ごせるものじゃない。お互い進学したら距離ができる。就職したり結婚したり、いつまで仲良くしていられるだろう。
だからこそ。私たちは、受験勉強の合間に無理にでも時間を作って、花火をしたのだ。
6/28/2025, 10:26:41 AM