【どこにも行かないで】
とても書きやすそうなお題なのですが、休ませていただきます。
今、浮かんでいるアイデアに逃げられたくないんです。
他のことを考えていたらどこかに行ってしまいそうで、そちらを優先したくて。
あぁ、待って。ちゃんと形になるまで……
長いです。すみません……
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【君の背中を追って】
僕は赤ん坊の頃に崩れかけた神殿に置き去りにされていたらしい。よく生きていたものだと養い親は言う。僕を見つけたのは偶然で、その神殿には僕以外、誰もいなかったそうだ。
僕を拾ったのはかつての英雄。グリフィスと名付けられた僕は勇者と聖女と賢者と弓使いに育てられた。
魔王を倒した彼らはどうやら人間の寿命のようなものを超越してしまったようで、二十代半ばくらいで外見が変わらなくなっていた。そのため普通に街で暮らすことが難しい、らしい。彼らは人里から離れた森の中に家を持っていて、僕もそこで育った。
年を取らない周囲の大人が『おかしい』ということは、本人たちが『これは普通じゃない』と言っていたのでなんとなくわかる。普通の子供には普通の親がいて、街で暮らしているんだと教わった。たぶん僕自身、普通じゃないんだろう。
ある日。勇者トーマがちょっと心配そうな様子で言った。
「ねぇ。誰かグリフィスに『普通』とか『常識』とか、ちゃんと教えた?」
ちょっと口が悪い賢者クリスが「え?」と首を傾げる。
「そういうのはトーマの役目じゃねぇのか」
「それが。僕の『常識』もだいぶ『非常識』だったみたいで……この間、こっそり冒険者ギルドに行ったら、ひとりでダイアウルフを倒せる魔法士なんていないって言われて」
弓使いのニナが「そうなんですか?」と驚く。
「でも。グリフィスが初めてダイアウルフを狩ってきたのって、12歳くらいの時じゃありません?」
「そうなんだよ! それがそもそもおかしいらしくてさ」
「おかしいって言われてもな……この森で生きるならそれくらいできねぇと」
「だから。この森で子供がひとり歩きできること自体が『普通』じゃなかったんだって」
三人の目が僕に向いた。
「俺たち、感覚が麻痺してたんだな……」
賢者クリスが呟き、
「どうするんですか。この子、ここから迂闊に出せませんよ」
弓使いニナが囁き、
「何がどうおかしいか、確認して教えた方が良いかもしれない」
勇者トーマがため息交じりに言った。
今更そんなこと言われても。僕がおかしいのだとしたら、そんなの僕のせいじゃない。周りにおかしな大人しかいないのだ。
「どうしたの。何かあった?」
聖女ロゼットが帰ってきた。片手に聖杖を持ち、肩には大きなウサギの魔獣を担いでいる。僕は思わず聖女に駆け寄った。
「ホーンラビットだ。ご馳走だね、ロゼット。何を作るの。シチュー? それともパイ?」
もちろんグリルしただけでも美味しいけど。
「あー、グリフィス。とりあえず夕飯はもうちょっと後でね?」
僕の養い親たちの中では、勇者トーマが主に調理担当である。
「ロゼット。それ、ひとりで狩ってきたのか?」
クリスは呆れたような声を出した。
「また杖でぶん殴ったんだろ。お前は治癒士なんだから、あんまり無理はするなって」
「あら。これくらい余裕よ」
「あのな。普通、聖女様は殴ったり蹴ったりしねぇの。聖杖は鈍器じゃねぇの。回復専門なの。わかるか?」
「いいじゃない。できるんだから」
トーマがため息をついた。
「どうやら良くない見本がここにいたね」
「なんの話よ」
「グリフィスには常識が身についていないだろうという話ですよ」
ロゼットが瞬きして、とりあえず、ホーンラビットを床に降ろした。
「何よ。今更そんな話?」
「今更って、お前な」
クリスが顔を顰めた。
「いつまでもこんな森に閉じ込めてはおけねぇだろ。だからって、常識もわからないまま外に出せるか」
「でもねぇ……仕方がないんじゃないかしら。グリフィスは『英雄の子』で、特にクリス、君の背中を追って育ったんだもの。そりゃあ最強にだってなるわよ」
確かに僕は剣より魔法が得意だったから、クリスに教わったことは多いと思う。言葉遣いは真似するなとロゼットが言うので、そこは気を付けているけど。
「なんだよ、俺のせいかよ」
「悪いことではないんじゃない。強いんだから」
「それで街に行って変に目立ったら可哀想だろうがよ」
「んー、それなら……」
ロゼットが顎に指を当てて考えてから、
「魔法学校で学ばせてみる? グリフィスは魔法士だし、学校なら同年代の友達もできるかも」
「えっ、僕、学校行くの!?」
と言うか。街に行けるの。行っていいの?
「学校って……それこそ悪目立ちしない?」
トーマは心配そうだ。
「実は私、魔法学校の教師にならないかって言われてるの。神殿からの誘いって言うか、要請で」
「お前が?」
「ロゼットがですか!?」
「何よ。そんなに驚かなくてもいいじゃない」
ニナが「いや、だって……」とモゴモゴ言う。
「聖杖で何でもぶん殴る聖女様がちゃんと魔法を教えられるんですか……?」
「失礼ねぇ。私これでも治癒の腕は確かよ。知ってるでしょ」
「そりゃあ、散々お世話になりましたけど」
「年を取らない件はどうするの。何年も同じ場所で仕事をしていたら、気付かれるよ」
「そこはもう『聖女の奇跡』で押し通すわよ」
ロゼットは腰に片手を当てて「大体ね」と他の三人を見た。
「コソコソ隠れ住んでいた結果が今の状況なのよ。グリフィスが規格外なのも非常識なのも周りに私たちしかいないせいよ。腹を括って街に出るべきだわ」
「でも……」
トーマもニナも躊躇っている。クリスも苦い顔だ。
「人間は異質なものを嫌うぞ。下手をすれば迫害される。わかってるだろ」
「そんなの。やってみて駄目だと思ったら逃げればいいじゃない。私たちがこの子を守るの。今までもそうしてきたでしょ」
僕は結局、学校に通うことになり。養い親たちも街に住処を移した。同年代の子供が沢山居る環境はなんだか騒がしくて慣れないことが多い。
「普通の子供は魔獣と戦った経験もないんだって。ロゼットは知ってた?」
「こら、グリフィス。呼び捨てにしない。学校では『先生』でしょ」
「そうだった。ごめんなさい」
街には見慣れないものが沢山あった。か弱い同級生と何を話したらいいのかわからなかったのは最初だけで、今では休みの日に一緒にカフェでケーキを食べたりもする。近いうちに仲の良い何人かで冒険者登録をしに行く予定だ。
ひとつわかったことがある。
今更僕が『普通』を学び『常識』を身につけたところで、僕自身は『普通』にはなれないということだ。
でも。僕は英雄たちに森で育てられたことを今でも誇りに思っている。
【好き、嫌い、】
好き、嫌い、
嫌いの後に『、』なんて
花占いしか浮かばなかった
けどきっと、それを書く人多いから
好き、嫌い、好き……さて、どうしよう
ベタなネタ、読むの嫌いじゃない癖に
自分が書くのは嫌なのよねぇ
【雨の香り、涙の跡】
僕が感じ取ったのは空気に混ざる雨の香り、見つけたのは涙の跡を頬に残した子供。その子は森の中の少し開けた場所で体を丸めて眠っていた。
どうしてこんな森の中にひとりでいるのかは知らないけれど、このままにもしておけない。こんな場所で雨に降られてはたまらないだろう。
起こすのは少し可哀想だったが、肩を揺すって呼びかけた。
「ねぇ、君。もうすぐ雨になるよ。ここで寝てたらずぶ濡れになる」
子供の睫毛が震える。髪は髪は黒いのに、あらわれた瞳は鮮やかな緑色だった。年は10歳くらいだろうか。男の子だ。
少年が僕を見てぼんやりと呟く。
「……あなたは……?」
「僕は冒険者。近くの町から害獣駆除を頼まれて来てるんだけど」
「冒険者……」
「そうだよ。わかる?」
「……ええと。ここは日本では」
「ニフォン?」
残念ながらニフォンという地名は知らない。
「あ……いえ、そうでした……地球じゃ、ないんだ」
少年が何を言っているのかわからなくて、首を傾げた。けど、あまりもたもたしてはいられない。
「とにかく。これから雨が降るから、濡れない所に行こう」
少年を連れて大きな木の根元に移動した。案の定、すぐに雨が降り始めた。
「あの……起こしていただきありがとうございます。助かりました」
「お。ちゃんとお礼を言えて偉いね」
「俺……見た目通りの年じゃないんで」
それから少年がぽつりぽつりと語り出した話は、とても信じられるものではなかった。別の世界で生きた人間がその記憶を持ったまま生まれ変わった挙句、普通の子供ではないことを理由に捨てられたというのである。
「これからどうしたらいいんでしょうか。孤児院……みたいな場所、ありますか?」
「なくはないけど、おすすめはしないなぁ」
教会付属の孤児院は、あまり良い噂を聞かない。子供はちゃんと食べることも難しく、たとえ仕事が見つからなくても早々に追い出されるという。
「君の年なら孤児院にはあまり長く居られないだろうし」
「そうですか……でも俺、行き場がないんですよね」
僕は少し考えた。馬鹿なことをしようとしていると思う。けれど、あんな涙の跡を見てしまったら、この子が憐れで放っておけなかった。
「僕と一緒に来る? 冒険者になるのには特に年齢制限はないから……」
ひとり立ちできるまであれこれ教えようかと言えば、少年が目を輝かせた。
「いいんですか!? 冒険者になるの、夢だったんです!」
僕は少年を弟子にした。彼はびっくりするほど優秀だった。魔力が多く、魔法を覚えるのも早くて、料理も得意。珍しい収納魔法の使い手で、僕の荷物も運んでくれる。
どうやらこの弟子、収納の容量が大きいらしい。食料や予備の装備だけでなく、お菓子にお茶に料理の道具、椅子やテーブル、ベッドまで出し入れできるのだ。
あっという間に力をつけて、危なげなく戦えるようになってきた弟子の姿に、つい、ため息が出た。
どうしよう。手放せない。今更地面に寝袋は辛い。できたての温かい料理も、甘いものも、迷宮の中でそんなものが出てくるのは、この子がいるからこそなのだ。
「師匠? どうしました?」
僕のため息に気付いて、弟子が心配そうな顔をしている。
「ああ……いや、何でもない。ただ、君が独立したら、不便になるなぁと」
なんだ、と弟子が笑った。
「それなら一緒に居ればいいじゃないですか。俺は別に構いませんよ。師匠、氷魔法が得意だから、冷たいものが作れるし」
弟子は「今度シャーベット作りましょう」なんて呑気に言う。
「でも、僕の都合で君を縛り付けるわけには」
「縛り付けてはいないでしょう。俺は嫌がってないんだし」
けれど、この子は同年代の他の冒険者と組むこともできる。僕より強い誰かと一緒に行動しても、きっと重宝されるだろう。
「師匠」
鮮やかな緑色の目がじっと僕を見た。
「俺の荒唐無稽な話を信じてくれたのも、魔法を教えてくれたのも、迷宮の歩き方を教えてくれたのも、師匠なんですよ?」
「それは、そうだけど」
「俺の親は『嘘を言うな』とか『気味が悪い』とか言って俺を捨てたんです。拾ってくれた師匠には、返しきれない恩があるんです」
「もう十分返してもらったよ」
「いいえ。それを決めるのは俺です。俺の気が済むまでは師匠と一緒に居ます」
「いいの、本当に?」
「もちろんです」
そう言って笑った弟子の顔はすっきりと晴れやかだった。あの泣き疲れて寝ていた子供は、いつの間にかこんな表情ができるようになっていたのだな。
【糸】
この街には今、世界各地から『加護持ち』が集まっている。加護持ちというのはその名の通り、神様に加護を授かった人間のことだ。とても珍しい存在で、本来ならかなりの大都市でもひとりいるかいないかと言ったところである。
それが何故集まっているかと言えば、この街には今、召喚された『勇者』がいるからだ。加護持ちであれば魔王討伐の仲間にふさわしいだろうと、勇者の同行者を探すために召集されたわけだ。
魔族による被害は北の国々ではかなり深刻らしい。けれど、この国はまだ比較的安全で、だから勇者が旅の準備をする場所としてここが選ばれたという。
私にも加護がある。おまけに転生者だ。ただ、加護持ちなら誰でも前世の記憶を持っているというわけじゃない。だから、転生については隠しているんだけど……
初めて顔を合わせた勇者は、どう見ても日本人だった。高校生くらいの男の子。名前はハヤトというらしい。やはり日本人だろう。
私の前世も日本人だった。でも、懐かしいとかなんとか言う以前に、勇者の態度が最悪だ。頼られ力を得て、自分は偉いと思っているのだろう。完全に私を見下している。
「糸の女神の加護? なんだよそれ。何か俺の役に立つの?」
苛立たしげに勇者ハヤトが言う。
「俺はさ、魔法の神の加護があるとか、戦の神の加護があるとか、そういうやつが欲しいわけ」
「ですが勇者様」
そばに控えていた神官が勇者をなだめる。
「この方は今回の旅にはとても大切な……」
「戦えないなら要らないだろ」
しっしと追い払うように手を振った勇者に、一瞬、本当に立ち去ってやろうかと考えて、思いとどまる。
相手は子供。そう、子供だ。家族からも友人からも引き離されて慣れない暮らしをしている子供。ここで私が見捨てれば、無駄に苦労をすることが決まっている子供である。
「勇者様がどう思われようと、私が旅のサポートをします。あまり我儘はおっしゃいませんように」
「けどさぁ、糸の女神って。縫ったり編んだりとかそういうのだろ? 俺は魔王倒しに行くんだけど」
ため息を押し殺す。流石にこれ以上はまずいと思ったのか、神官が他の方にも挨拶をとかなんとか言って、勇者を連れて去っていった。
さてさて。哀れな子供である勇者だけれど、だからこそ、大人がちゃんと駄目なものは駄目だと教えてやるべきだろう。私に対し、失礼な態度を取ったことを後悔させてやる。
糸の女神に祈りを捧げる。私の魔力から紡いだ糸で鞄を縫っていく。これはただの鞄じゃない。空間拡張が施されて、見た目よりずっと多くのものが入る鞄になる。
もちろん鞄だけじゃない。靴下には長く歩いても疲れにくい効果、マントには雨を避け、暑さ寒さを和らげる効果、鎧の下に着る服は、丈夫に汚れにくく致命傷を防ぐようにと願う。寝袋には安眠の効果を持たせる。テントまで縫わされた。軽く頑丈に、魔獣を遠ざけ、中の人間を守るものを作る。
これらの私の作品は、もし破けたりしたら私にしか直せない。なければ困るだろうし、あれば確実に役に立つ。だからこそ、私は勇者ハヤトに同行することが確定している。
それに。あの勇者は日本人だ。たぶん男子高校生。それなら……きっと、日本の食事が恋しいだろう。
薄切りの芋を揚げて塩を振る。下味をつけた鶏肉も揚げていく。どちらも自作の魔法鞄に入れておけば劣化しない。ハンバーグやミートボールのようなひき肉料理は、この国では庶民の食べ物。勇者様には出されていないはずだ。ミートソースのパスタなんてものもどうかな?
さあ、私が作った装備品とこの料理を前にしても、勇者ハヤトはあの生意気な態度を崩さずにいられるだろうか。
「謝らせてやる。絶対に」
でもまあ……まさか、号泣されるとは思ってなかったよねぇ。流石にちょっと大人気なかったかな?