【糸】
この街には今、世界各地から『加護持ち』が集まっている。加護持ちというのはその名の通り、神様に加護を授かった人間のことだ。とても珍しい存在で、本来ならかなりの大都市でもひとりいるかいないかと言ったところである。
それが何故集まっているかと言えば、この街には今、召喚された『勇者』がいるからだ。加護持ちであれば魔王討伐の仲間にふさわしいだろうと、勇者の同行者を探すために召集されたわけだ。
魔族による被害は北の国々ではかなり深刻らしい。けれど、この国はまだ比較的安全で、だから勇者が旅の準備をする場所としてここが選ばれたという。
私にも加護がある。おまけに転生者だ。ただ、加護持ちなら誰でも前世の記憶を持っているというわけじゃない。だから、転生については隠しているんだけど……
初めて顔を合わせた勇者は、どう見ても日本人だった。高校生くらいの男の子。名前はハヤトというらしい。やはり日本人だろう。
私の前世も日本人だった。でも、懐かしいとかなんとか言う以前に、勇者の態度が最悪だ。頼られ力を得て、自分は偉いと思っているのだろう。完全に私を見下している。
「糸の女神の加護? なんだよそれ。何か俺の役に立つの?」
苛立たしげに勇者ハヤトが言う。
「俺はさ、魔法の神の加護があるとか、戦の神の加護があるとか、そういうやつが欲しいわけ」
「ですが勇者様」
そばに控えていた神官が勇者をなだめる。
「この方は今回の旅にはとても大切な……」
「戦えないなら要らないだろ」
しっしと追い払うように手を振った勇者に、一瞬、本当に立ち去ってやろうかと考えて、思いとどまる。
相手は子供。そう、子供だ。家族からも友人からも引き離されて慣れない暮らしをしている子供。ここで私が見捨てれば、無駄に苦労をすることが決まっている子供である。
「勇者様がどう思われようと、私が旅のサポートをします。あまり我儘はおっしゃいませんように」
「けどさぁ、糸の女神って。縫ったり編んだりとかそういうのだろ? 俺は魔王倒しに行くんだけど」
ため息を押し殺す。流石にこれ以上はまずいと思ったのか、神官が他の方にも挨拶をとかなんとか言って、勇者を連れて去っていった。
さてさて。哀れな子供である勇者だけれど、だからこそ、大人がちゃんと駄目なものは駄目だと教えてやるべきだろう。私に対し、失礼な態度を取ったことを後悔させてやる。
糸の女神に祈りを捧げる。私の魔力から紡いだ糸で鞄を縫っていく。これはただの鞄じゃない。空間拡張が施されて、見た目よりずっと多くのものが入る鞄になる。
もちろん鞄だけじゃない。靴下には長く歩いても疲れにくい効果、マントには雨を避け、暑さ寒さを和らげる効果、鎧の下に着る服は、丈夫に汚れにくく致命傷を防ぐようにと願う。寝袋には安眠の効果を持たせる。テントまで縫わされた。軽く頑丈に、魔獣を遠ざけ、中の人間を守るものを作る。
これらの私の作品は、もし破けたりしたら私にしか直せない。なければ困るだろうし、あれば確実に役に立つ。だからこそ、私は勇者ハヤトに同行することが確定している。
それに。あの勇者は日本人だ。たぶん男子高校生。それなら……きっと、日本の食事が恋しいだろう。
薄切りの芋を揚げて塩を振る。下味をつけた鶏肉も揚げていく。どちらも自作の魔法鞄に入れておけば劣化しない。ハンバーグやミートボールのようなひき肉料理は、この国では庶民の食べ物。勇者様には出されていないはずだ。ミートソースのパスタなんてものもどうかな?
さあ、私が作った装備品とこの料理を前にしても、勇者ハヤトはあの生意気な態度を崩さずにいられるだろうか。
「謝らせてやる。絶対に」
でもまあ……まさか、号泣されるとは思ってなかったよねぇ。流石にちょっと大人気なかったかな?
6/18/2025, 5:10:34 PM