長くなりました。短くまとめられなかった。
────────────────────
【もしも君が】
「もしも君が人類の敵になっても、僕だけは君の味方でいるよ」
と、彼は言った。
「もしあんたが人類の敵になったら、誰より先にぶん殴りに行くからね」
と、私は言った。
ここではない世界から一緒に転生してきた私たちは、前世では年の差二歳の姉弟だった。今は私が妹だ。とはいえほんの少しの差である。双子なので。
転生者というものは危険なのだと女神は言った。ごく稀に紛れ込む異世界の魂は力が強い。もし上手く環境に適応できずに傷付き絶望すれば、この世界を憎み、神々を恨んで、強すぎる力を持て余した挙句、魔王になってしまうかもしれないらしい。
私は別に世界を滅ぼしたいとか、人類を根絶やしにしたいとかは思っていない。
弟……いや、兄も同じだ。ただ普通に穏やかな生活ができればそれで十分である。
でも、周囲が私たちを放っておいてくれない。多すぎる魔力、本来ならできないはずの『適性のない属性』の魔法を使えること。私たちの闇堕ちを監視するための女神の加護もある。注目を集めるのは当然だった。
私がうっかり習得した収納魔法は伝説の賢者様にしか使えなかった魔法らしい。知らなかったよそんなこと。そもそも覚えられる人がいないなんて聞いてない。
兄はと言えば、闇属性があるのに聖属性の治癒魔法が使えるせいでやはり騒がれている。おまけに闇魔法も強力だ。毒とか幻影とかはわかるけど精神操作は流石にまずい。
人間という生き物は臆病だ。異質なものを排除しようとするし、自分たちより強い相手には『いつか攻撃されるのでは』と警戒する。
気付けば私たちは住む場所を失っていた。二人で家を追い出されたのだ。兄は徴兵を拒んだから。私は政略結婚を断ったから。
しょうもない理由だと思う。けど、私たちが言うことを聞かないという状況を国は放っておけなかったのだ。従わないというだけで『敵意あり』と判断したのだろう。
私たちは幻影の闇魔法で髪の色を変えて、宿に部屋を借りた。けれど、いつまでも隠れていられるかどうか。処刑まではされないと思いたいけど。
「参ったねぇ。これからどうする?」
「そうね……とりあえずこの国からは出た方が良いとは思うけど、身分証がないと国境を越えられないでしょう?」
「それなら僕、たぶん偽装できるよ」
「え……」
「偽装って言うか、偽造?」
双子の兄はにっこりと笑った。
「幻影と精神操作の魔法でただの紙切れを身分証だと思わせることができると思う」
「え、それは。まあ……仕方ないか……」
不正はしたくないとか言っている場合じゃない。すでに私たちに関する良くない噂が流されている。もちろん根も葉もない話ばかりだ。元が貴族で有名だったから、噂も流しやすかったのだろう。
「でも、どこにいくの? 他の国でも同じことにならない?」
「それなんだけどさ。ちょっと考えがあって」
私たちはある人に会った。私はほとんど知らない相手である。兄が言うには、その青年は優秀な冒険者で魔法士として有名らしい。
「急にすみません。お時間ありがとうございます」
そう言ってよそ行きの笑顔を浮かべた兄に、相手は警戒している様子だった。
「私に何かご用ですか? 依頼ならギルドを通していただかないと」
「単刀直入にお聞きします。あなたはエルフですよね?」
青年の顔が強張った。
「何の冗談……」
「僕には幻影や偽装が効きません」
彼は私にはただの人間に見えた。けれど、兄が言ったことは事実だったらしい。
「何が望みですか。まさか、言いふらすつもりじゃ……」
青年が青ざめたのも当然で、エルフは人間から迫害された過去がある。
「僕たちを保護して欲しいんです。エルフの森で」
「何故?」
「どうやら僕たちは人間の国では暮らしにくいようなので、他の種族の国ならどうなのかなぁと」
人間のふりをしたエルフはため息をついた。
「私には森を出てきた理由があります。そう簡単には帰れない」
「なら、案内だけでも構いません。ああ、護衛は結構。僕たちは強いですから」
「あなたたちは……まさか、最近噂になっている、伯爵家の双子ですか」
今度は私たちが警戒する番だった。まあ、顔には出さないけれど。
「そうだとしたら、何か?」
「いえ……わかりました。案内、引き受けましょう。ただし、私への指名依頼として」
「ギルドを通して、それなりの報酬を支払う、ということかしら?」
「ええ、お願いします」
エルフは私たちを受け入れてくれた。ただ保護してくれただけじゃない。大歓迎だった。
「もちろんずっとここで暮していいんだよ。でも、代わりにちょっとだけ働いてくれるかい?」
要求されたのは、森に張り巡らされた結界を維持する手伝いや怪我人の治療、水の浄化、魔石への魔力の充填……と私たちには難しくないことばかり。それと、転生する前の異世界での暮しについて話して欲しいと懇願された。
長く生きるエルフたちは、何かと暇を持て余し、新しい刺激を必要としていた。私たちの中途半端な科学の知識や、前世にあった色々な物のことを聞くのが楽しくて仕方がないようだ。
案内をしてくれた例のエルフは、元々は森から追放されていたらしい。けれどそれも許されたようで、今では私たちの世話係のようになっている。
このままこの暮しが続くなら、私も兄も魔王になんてならないだろう。きっと『もしも』は起きない。あとはせめて、居場所をくれたエルフたちの役に立ちたいと思う。
【I love】
フィリピンに行った時のこと。
同行者の一人がマンゴーよりパパイヤより、パイナップルに大喜びして『大好きなの〜』と言っていたんです。
『I like』ではなく『I love』なのだと。
大げさだなぁと思いました。だってパイナップルだもの。私、マンゴーの方が好きだもの。
でもね、実際食べてわかりました。
あ、これはLoveだわ、と。
めちゃくちゃ美味しいんですよ、安いのに。
日本で食べたパイナップルとは別物だったんですよね。まあ、沖縄とかで高級国産パインが入手できれば、同じくらい美味しいのかもしれませんが。
あ、ちなみに、現地の人から『フルーツは好きか、コレも食え!』と勧められたマンゴーはめちゃくちゃ酸っぱくて、顔がきゅうっとなりました。グアバはよくわかんない味がしました。
以来、私もパイナップルはLoveです。
ただし産地で食べたいです。
【雨音に包まれて】
家賃の安さだけで選んだ木造アパートは、壁が薄いのか雨音がよく聞こえる。大きな車が通ると揺れることがあり、風が強いと窓がガタガタうるさくて不安になる。早く引っ越したいものである。古いからか間取りが独特で、家賃の割に広いのは気に入っている。
昨夜は久々に遊びに来た友人が泊まっていった。彼は今、少しばかりブラックな働き方をしているらしく、目の下のくまが濃くて心配になった。
せっかくの連休。二人でゲームをするのも、買い物に出かけるのもいいけれど、最近よく眠れていなかったらしい友人が、健やかな寝息をたてているのは、どうにも起こしにくい。
そういえば『よく眠れる動画』なんていうやつがオススメに出てくることがあるけれど……焚き火や波の音と共に、雨音というのも定番だったはず。
もしかして、このアパートの薄い壁は、友人の安眠に繋がったのかもしれない。そう思うと、なんだか悪くもない気がしてくる。
ひとり雨音に包まれて、コーヒーの用意をしながら、ぼんやりと、引っ越しはもう少し先でもいいかなぁ、なんてことを思った。
【美しい】
どんなものを美しいと思うかは、人によってかなり違うと思う。しかもそれが『恋人にしたい相手に求める美しさ』となると、美醜の基準はあっても、千差万別なのではないだろうか。
親に言われて渋々参加した夜会に、彼女がいた。初めて見た時に『なんて美しい人なのか』と私は思った。けれど、それを本人に伝えることを躊躇った。
自分の美意識が少し他人とはずれていることを自覚していたからだ。
この国の貴族たちは、特に若い令嬢たちであれば尚更、細く棒きれのように痩せているのが美しいとされている。脂肪は怠惰、筋肉は野蛮というわけだ。
けれど私はどうしても、細いばかりの女性たちが美しいとは思えなかった。顔色も悪く不健康であるし、か弱くて触れるのが怖くなる。いっそ不気味にすら見えるのだ。
彼女は違った。ふっくらとした丸い頬、骨を感じない手足。過剰に丸いというわけではない。適度に柔らかそうなのだ。
けれど、もし、私がうっかりその肉付きを褒めたりすれば、彼女は『侮辱された』と思うだろう。
私は友人を捕まえて彼女の名前や身分を聞き出した。あの美しい人を手元に置きたくて、隣で笑って欲しくて、慎重に話を進めた。
幸い、私の方が彼女より身分が上だった。両親に頼み込んで縁談の申込みをしてもらった。
見合いの席で会った彼女もとても美しく愛らしかった。ただ、彼女は周囲と自分を比べて自信を失くしているようで、何故自分なのかと戸惑っていた。
「恥ずかしながら、一目惚れなのです」
「わたくしに……ですか?」
彼女は「揶揄わないでくださいませ」と言って目を伏せた。
「お願いします。私を信じてもらえませんか」
「無理ですわ……わたくしはこんなですのに」
「とても魅力的だと、私は思います」
「そんな……」
「ご実家の支援もさせていただきます。どうか、私と婚約していただけないでしょうか」
私はどうしても彼女が良かった。他の折れそうに細い令嬢を押し付けられるのは御免だ。
身分と経済力が私に味方し、彼女は私の婚約者になった。
私は会うたびに彼女を褒めた。言葉も態度も惜しむことはしなかった。ただ笑って欲しくて、手紙を書き、会う時間を作り、贈り物をして、口説き続けた。
ようやく私に笑いかけてくれるようになった頃、王家主催の舞踏会が開催された。
「舞踏会だなんて……わたくしが隣に居ては、きっとあなたまで笑われてしまうわ」
「私のことは構いません。あなたの魅力がわからない者に何を言われても痛くはありませんよ」
彼女は今まで、肌を隠す服ばかり着ていた。けれど、私が舞踏会のために贈ったドレスは、胸元と背中は下品にならないくらいに開いていて、袖も二の腕を隠す程度、スカートはたっぷりと膨らませ、彼女の美しさを際立たせるデザインだった。
「すみません。コルセットだけは、少し頑張っていただけますか」
「ええ、もちろん……ですが、本当にわたくしにこれが似合うかしら」
「私を信じてください」
舞踏会の会場に立った彼女は誰より美しかった。これまで彼女を貶していた男たちが見惚れるほどに。
「あの……なんだか、とても見られている気がするのですが」
「ええ。あなたが美しいからですよ」
私が見立てたドレスが似合うのも当然だけれど、よく笑うようになった彼女は、それはもう愛らしかった。しかもそれは私にだけ向けられるのだから……ああ、私はなんて幸せなのだろうか。
──────────────────
ふっくら、ぽっちゃりした女の子(男子でも)が『痩せて美人になって幸せに』っていう話じゃなくて。
『そのままでも幸せになりました』っていう話が、私は! 好きだ!!
長くなりました。過去最長かも。
──────────────────
【どうしてこの世界は】
どうして、この世界はこんなにも綺麗なのだろう。
森の中の滝も、そこに咲く花も、毎日の夕日も満天の星空も。素晴らしく美しくて僕を感動させる。
それなのに。
どうしてこの世界はこんなにも優しくないのだろう。
最初の人生はここではない世界で普通の人間として生きた。もしかしたらそれより前の生があったのかもしれないけど、思い出せない。
二度目はこちらの世界で、わけもわからず転生させられた。貧しい農家の子供で、あまり長く生きられなかった。
三度目は獣人として生まれた。人間たちからは『亜人』と呼ばれて迫害された。
そして、四度目の今世。僕はとても強かった。どうやらヒトではないらしい……と思っていたら、魔族だったようだ。自分が魔王であることをたった今知った。
「観念しろ魔王! この勇者ルキウスがお前を成敗してやる!」
うん、なんかよくわからないけど、勇者が僕を倒すと息巻いているので、僕は魔王ということで合っているのだろう。
金髪碧眼、きらきらの王子様みたいなルキウスは、立派な剣を僕に突き付けている。
「ああ……ええと。ちょっと待って」
「待つわけがないだろうが!」
そう怒鳴ったルキウスだけれど、すぐに襲い掛かってくる様子はない。
なんだ。待ってくれてるじゃないか。
「あのね、僕はヒトの言葉を聞くのも話すのもすごく久しぶりなんだけど、発音がおかしかったりしないかな、聞き取れる?」
ルキウスは僕の言葉を理解してるみたいだったけど、無視して言った。
「配下もなくこんな洞窟暮らしとは、落ちぶれたものだな、魔王!」
いや、僕は配下なんて持ったことがないし、今世はずっとこの洞窟に住んでるし、なんならこの森から出たことがないんだけど……
「そうか……きっと、何を言っても無駄なんだろうね」
人間が僕を魔王だと決めつけたのなら、たぶん僕は魔王にされてしまうのだ。
「でもちょっと待ってくれる? 昨日採ってきた木苺があるから、これ食べさせて」
僕は丸太で作ったテーブルに手を伸ばし、赤い実をひとつ取って口に入れた。うん、美味しい。この時期のこの木苺はとても素敵な味がする。
「……お前。木苺が好きなのか」
「甘いものが好きだよ。本当はクッキーとかチョコレートとか食べたかったなぁ」
ルキウスが何やら考えている。
「魔族はチョコレートを食べるのか」
「さあ。僕は他の魔族を知らないから」
「知らない……?」
木の葉の上の木苺が全てなくなった。
「さて、勇者様。君は僕を倒しに来たんでしょう」
「その通りだ!」
「じゃあ、この鎖骨の間、ちょっと下。ここに僕の魔核があるから、ひと思いにやってくれる?」
僕は魔力で作ってある服を少し緩めて胸元を指差した。
「…………は?」
ルキウスは目を丸くしている。
「君は僕を倒さないと帰れないんでしょう。流石に無駄に苦しめられるのは嫌なんだけど」
「そんなことをするわけないだろうが!」
「そう? でも人間って平気で酷いことをする生き物だからなぁ」
「何を言う! お前たち魔族の方が……!」
「そう言われてもねぇ」
僕は首を傾げた。
「僕は何かしたの?」
「魔族や魔物をけしかけて、人間の街を襲わせただろう!」
「それ、本当に僕だと思う?」
「何を言って」
「だって僕、他の魔族とは会ったこともないし、この森からは出たことがないし、魔物を操る力なんてないよ」
「戯言を!」
「そう思うなら殺せば。ほら、僕はさっきから動いてないよ」
ルキウスが持つ剣が震えた。
「お前は……本当に、何もしていないのか?」
僕は静かに笑った。
「駄目だよ、勇者様。ここで役目を果たさなければ、今度は君が人類の敵にされてしまう」
「しかし……」
ルキウスは剣を納めた。
「俺にはお前が悪いものだとは思えない」
ああ、どうしてこの世界はこんなに残酷なのだろう。
「お前が違うと言うのなら、他に魔王がいるのだろう。俺はそれを倒さねば」
「いなかったら?」
「何?」
「魔王なんていなかったらどうするの」
ルキウスはかなり長く考えて、唸るように言った。
「…………わからない。しかし、魔物の被害はどうにかしたいと思う」
「そう」
「魔王……ではないんだよな。お前、名前は」
「ないよ」
「そうなのか」
「ああ、でも……大昔、どこかでリョウって呼ばれていた気がする」
「リョー?」
「リョウ、だよ」
「わかった。リョウだな」
ルキウスは腰に着けたポーチを探って、何かを取り出した。
「手を出せ、リョウ。甘いものが好きなのだろう?」
ルキウスは僕の手のひらに紙のようなもので包まれた何かを乗せた。
「キャラメルだ。食べてみるといい。俺を信用できるならな」
「キャラメル……! ありがとう、嬉しい」
僕はなんのためらいもなく、そのキャラメルを口に入れた。強烈な甘さ、ミルクの風味、バターの味もする。
「美味しい!」
「お前な……毒を警戒しなくていいのか」
「だって、君に倒されるならそれでもいいと思って」
「どうして……お前は何もしていないのだろう」
「人間が『こいつは敵だ』って決めたのなら、逃げられないでしょう。しつこいし数が多いし面倒だし」
「面倒って……お前な」
ルキウスが顔を顰めている。そして、深くため息をついた。
「お前。気配を抑えることはできないのか」
「気配を抑える?」
「こう、ぐっと魔力を隠して、自分を弱く見せるんだ」
「そんなのやったことがないけど……」
「やってみろ。教えてやる」
ルキウスに教わって、僕は自分の魔力を隠せるようになった。
「それでいい。これからはずっとそうしていろ」
「あ。もしかして……こうやって僕の気配がなくなったら、君は『魔王を倒した』ってことにして、帰れるのか」
「ああ、そうだ」
なんだ……それは良かった。
「なあ、また来てもいいか?」
「え、なんで?」
「今度はチョコレートを持ってきてやる」
「本当に!?」
「ああ、だから……」
ルキウスは少し顔を赤くして言った。
「その、友達……になれないか?」
「なるよ、もちろん!」
この世界も意外と捨てたものではないのかもしれない。