【美しい】
どんなものを美しいと思うかは、人によってかなり違うと思う。しかもそれが『恋人にしたい相手に求める美しさ』となると、美醜の基準はあっても、千差万別なのではないだろうか。
親に言われて渋々参加した夜会に、彼女がいた。初めて見た時に『なんて美しい人なのか』と私は思った。けれど、それを本人に伝えることを躊躇った。
自分の美意識が少し他人とはずれていることを自覚していたからだ。
この国の貴族たちは、特に若い令嬢たちであれば尚更、細く棒きれのように痩せているのが美しいとされている。脂肪は怠惰、筋肉は野蛮というわけだ。
けれど私はどうしても、細いばかりの女性たちが美しいとは思えなかった。顔色も悪く不健康であるし、か弱くて触れるのが怖くなる。いっそ不気味にすら見えるのだ。
彼女は違った。ふっくらとした丸い頬、骨を感じない手足。過剰に丸いというわけではない。適度に柔らかそうなのだ。
けれど、もし、私がうっかりその肉付きを褒めたりすれば、彼女は『侮辱された』と思うだろう。
私は友人を捕まえて彼女の名前や身分を聞き出した。あの美しい人を手元に置きたくて、隣で笑って欲しくて、慎重に話を進めた。
幸い、私の方が彼女より身分が上だった。両親に頼み込んで縁談の申込みをしてもらった。
見合いの席で会った彼女もとても美しく愛らしかった。ただ、彼女は周囲と自分を比べて自信を失くしているようで、何故自分なのかと戸惑っていた。
「恥ずかしながら、一目惚れなのです」
「わたくしに……ですか?」
彼女は「揶揄わないでくださいませ」と言って目を伏せた。
「お願いします。私を信じてもらえませんか」
「無理ですわ……わたくしはこんなですのに」
「とても魅力的だと、私は思います」
「そんな……」
「ご実家の支援もさせていただきます。どうか、私と婚約していただけないでしょうか」
私はどうしても彼女が良かった。他の折れそうに細い令嬢を押し付けられるのは御免だ。
身分と経済力が私に味方し、彼女は私の婚約者になった。
私は会うたびに彼女を褒めた。言葉も態度も惜しむことはしなかった。ただ笑って欲しくて、手紙を書き、会う時間を作り、贈り物をして、口説き続けた。
ようやく私に笑いかけてくれるようになった頃、王家主催の舞踏会が開催された。
「舞踏会だなんて……わたくしが隣に居ては、きっとあなたまで笑われてしまうわ」
「私のことは構いません。あなたの魅力がわからない者に何を言われても痛くはありませんよ」
彼女は今まで、肌を隠す服ばかり着ていた。けれど、私が舞踏会のために贈ったドレスは、胸元と背中は下品にならないくらいに開いていて、袖も二の腕を隠す程度、スカートはたっぷりと膨らませ、彼女の美しさを際立たせるデザインだった。
「すみません。コルセットだけは、少し頑張っていただけますか」
「ええ、もちろん……ですが、本当にわたくしにこれが似合うかしら」
「私を信じてください」
舞踏会の会場に立った彼女は誰より美しかった。これまで彼女を貶していた男たちが見惚れるほどに。
「あの……なんだか、とても見られている気がするのですが」
「ええ。あなたが美しいからですよ」
私が見立てたドレスが似合うのも当然だけれど、よく笑うようになった彼女は、それはもう愛らしかった。しかもそれは私にだけ向けられるのだから……ああ、私はなんて幸せなのだろうか。
──────────────────
ふっくら、ぽっちゃりした女の子(男子でも)が『痩せて美人になって幸せに』っていう話じゃなくて。
『そのままでも幸せになりました』っていう話が、私は! 好きだ!!
6/10/2025, 12:07:43 PM