BLです。ご注意ください。
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【君と歩いた道】
呪いだと言われた。
ある日突然、可愛らしい姿になってしまった相棒を、大事に抱えて魔法医に診てもらったら、ウチでは何もできないと匙を投げられた。
いつどこで何に呪われたのかわからない。けれど、成人男性だったはずの相棒の、今の姿はねずみである。焦げ茶の毛並みに真っ黒な目をした手のひらに乗る森鼠だ。
幸い、意思疎通には問題なかった。人間のような発声はできないものの、僕の頭の中に直接語りかけることができるらしい。
僕は宿を引き払い、到着したばかりの町を出た。肩にしがみついた森鼠が話し掛けてくる。
『おい、どこに行く気だ?』
「どこって。来た道を戻るんだよ」
『なんのために』
「今まで君と歩いた道のどこかに君を呪ったやつが居るかもしれないだろう?」
本当に呪いなら、術者に解呪を頼めばいい。拒否されるようなら……相手にもよるけれど、普通は術者が死ねば呪いは消えるものだ。
「とにかく。君をそんな姿にしておけないよ」
『そんなことしなくていい。大体、お前に人を殺させるわけにはいかないだろ』
「駄目だよ。君は人間なんだから、ちゃんと人として生きなくちゃ」
宿でひとり部屋を借りてすやすやと眠る相棒の様子をうかがう。この部屋に寝る場所はひとつしかないが、ねずみの姿の俺を潰しそうだからと、同じベッドで寝ることは拒否された。
参ったな、思ったよりも大事になってしまった。ちょっと驚かそうとしただけだなんて、今更どんな顔して言えばいいんだ。
俺が呪われたのは子供の頃だ。俺の親に対する嫌がらせで、術者には逃げられたらしい。
時間が経つうちに、俺は呪いを制御できるようになった。今では好きな時にねずみになったり人間になったりできるのだ。
俺はただ、今まで隠していたそれを説明しようと、ついでに相棒が驚く顔を見たいと、そう思っただけだった。まさかあんなに慌てて、診療所に連れて行かれるなんて。
でも……この姿でいれば、いつもより気遣ってもらえる。触れてもらえる。可愛いと言われる。何より、俺のために必死になってくれていた。それが心地良くて嬉しくて。
いつでも人間に戻れるのだと、術者を探す必要はないと、そう言い出すのが惜しくなった。
ねずみの姿でなかったら、こいつの体温や鼓動をあんなに近くで感じることはできなかった。俺にはとても幸せな時間だった。
だけど、悲しませたいわけじゃない。
明日になったら、人の姿に戻ろう。ちゃんと謝罪をして、それから……もう相棒ではいられなくなるかもしれないけど、俺の気持ちを打ち明けよう。
「びっくりさせてごめん。お前が好きだよ」
【夢見る少女のように】
『夢見る少女のように』なんて言われても。そもそも『夢見る少女』がどんなものなのかがピンとこないの。うーん、おかしいなぁ。私には少女だった時代も夢を見たこともあるはずなんだけどね。
それって『好きなものについて語るオタクみたいに』っていうのとは、やっぱり違うものかしら?
え、違う?
そっちなら、私にも少しはわかる気がするんだけど……
【さあ行こう】
僕は冒険者になりたかった。自分に強い魔力があるとわかった時には嬉しくて、どんな魔法が使えるようになるのかとわくわくした。
だけど、僕には攻撃魔法が使えなかった。
僕にできたのは防御の結界を張ること、収納用の亜空間を構築して物を運ぶこと、それに相手を眠らせることと、触手を使って拘束すること。
触手の魔法なんて見た目も不気味で、そんなものが使えることを僕は隠した。
それでもやっぱり冒険者になりたくて。魔獣を眠らせて拘束してから、ナイフか何かでトドメを刺せば、倒せるんじゃないかと考えた。
甘かった。
迷宮の魔獣は怖くて、どうにか逃げ回りながらも拘束したものの、非力な僕ではトドメを刺すのにとても苦労した。
鍛えないと。でも、僕は鍛えようとしなかったわけじゃない。運動をしても筋肉がつかないんだ。
やっぱり冒険者なんて無謀だったのかな。そう思いつつ、携帯用魔導コンロに鍋を乗せ、スープを作った。
うん、作りすぎた。
まあいいか。残ったスープは鍋ごと収納用亜空間に入れておけばまた後で食べられる。そう思ったんだけど。
「すまない……その、とても美味しそうな匂いがするのだが」
男の人がひとり、僕に近付いて来た。迷宮にいるのだから、冒険者なのだろう。剣も持ってるし。でも、やけに綺麗な顔をした人だった。
僕の目の前で、その綺麗な顔の男の人のお腹がぐうと鳴った。
「えっと……スープ、食べる?」
「いいのか!?」
すごく喜ばれた。迷宮の中でこんな食事ができるなんてと驚かれ、本当に美味しいと大絶賛された。
「君はポーターなのか?」
「……ポーターって?」
「ポーターを知らないのか」
綺麗な顔の男の人が教えてくれた。冒険者はポーターという荷物を預かり運ぶサポート職の人たちを雇うことがあるのだと。
「収納魔法が使えて結界が張れる。それならポーターが向いていると思うのだが。料理もできるなら喜ばれるだろう」
そうなのか。知らなかった。冒険者じゃなくても、そんな風に冒険をすることができるなんて。
「僕、ポーターになれるかなぁ」
「なれるだろう。ギルドでポーター認定証を作ってもらえばいい」
男の人はよく食べて鍋を空にしてしまった。食事代を払ってくれると言うので、お金の代わりに迷宮を出るまでの護衛を頼んだ。
「俺はクレムという」
「僕はメル」
「さあ行こう、メル。町まで案内する」
クレムは僕を迷宮の外まで守ってくれた。炎の魔法が使えて、剣も使えて、強かった。僕もこうなりたかったなぁ。
町に戻ってからもクレムがついて来た。冒険者ギルドで僕がポーターの認定手続きをするのを手伝ってくれた。
「メル。君には仲間がいないだろう?」
「そうだね。探さないと……」
ポーターは普通、ひとりで迷宮には入らないらしい。戦えないポーターは多いので、冒険者が仲間にいないと危険なのだ。
「メル。良かったら俺の専属にならないか?」
「クレムが仲間になってくれるの?」
「君は収納の容量も大きいし、何よりスープが美味しかった」
「えっと……じゃあ。しばらく、お試しで」
「ああ、それでいい」
こうして僕はクレムと組むことになった。
「メル、君は女性だったのか!?」
クレムが悲鳴に近い声でそう言ったのは宿で二人部屋を取った後で。どうやら僕の名前をメルヴィンかメルヴィルの愛称だと思っていたらしい。
「何か問題? 僕はクレムなら同じ部屋で過ごしてもいいと思っているけど」
クレムの綺麗な顔が真っ赤になっていく様子は、見ていてとても面白かった。
【水たまりに映る空】
「水たまりに映る空って、好きだなぁ」
私も好きだよ
「なんか綺麗だよね」
うん。すごく、綺麗だね
「世界を切り取って閉じ込めたみたい」
そうだね、閉じ込めてしまいたい
「……もう。ちゃんと聞いてる?」
ごめん、君の横顔しか見てなかった
好きだよ
とっても綺麗で
世界から切り取って、切り離して
閉じ込めてしまいたいくらいに
【恋か、愛か、それとも】
この感情が恋か、愛か、それとも……
なんて考えてみたところで、長く続く恋はいずれ愛になっていくのだろう。
もちろん、友情も。