るね

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長くなりました。過去最長かも。
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【どうしてこの世界は】





 どうして、この世界はこんなにも綺麗なのだろう。

 森の中の滝も、そこに咲く花も、毎日の夕日も満天の星空も。素晴らしく美しくて僕を感動させる。

 それなのに。

 どうしてこの世界はこんなにも優しくないのだろう。

 最初の人生はここではない世界で普通の人間として生きた。もしかしたらそれより前の生があったのかもしれないけど、思い出せない。

 二度目はこちらの世界で、わけもわからず転生させられた。貧しい農家の子供で、あまり長く生きられなかった。

 三度目は獣人として生まれた。人間たちからは『亜人』と呼ばれて迫害された。

 そして、四度目の今世。僕はとても強かった。どうやらヒトではないらしい……と思っていたら、魔族だったようだ。自分が魔王であることをたった今知った。

「観念しろ魔王! この勇者ルキウスがお前を成敗してやる!」

 うん、なんかよくわからないけど、勇者が僕を倒すと息巻いているので、僕は魔王ということで合っているのだろう。

 金髪碧眼、きらきらの王子様みたいなルキウスは、立派な剣を僕に突き付けている。

「ああ……ええと。ちょっと待って」
「待つわけがないだろうが!」
 そう怒鳴ったルキウスだけれど、すぐに襲い掛かってくる様子はない。

 なんだ。待ってくれてるじゃないか。

「あのね、僕はヒトの言葉を聞くのも話すのもすごく久しぶりなんだけど、発音がおかしかったりしないかな、聞き取れる?」

 ルキウスは僕の言葉を理解してるみたいだったけど、無視して言った。

「配下もなくこんな洞窟暮らしとは、落ちぶれたものだな、魔王!」

 いや、僕は配下なんて持ったことがないし、今世はずっとこの洞窟に住んでるし、なんならこの森から出たことがないんだけど……

「そうか……きっと、何を言っても無駄なんだろうね」
 人間が僕を魔王だと決めつけたのなら、たぶん僕は魔王にされてしまうのだ。

「でもちょっと待ってくれる? 昨日採ってきた木苺があるから、これ食べさせて」

 僕は丸太で作ったテーブルに手を伸ばし、赤い実をひとつ取って口に入れた。うん、美味しい。この時期のこの木苺はとても素敵な味がする。

「……お前。木苺が好きなのか」
「甘いものが好きだよ。本当はクッキーとかチョコレートとか食べたかったなぁ」

 ルキウスが何やら考えている。
「魔族はチョコレートを食べるのか」
「さあ。僕は他の魔族を知らないから」
「知らない……?」

 木の葉の上の木苺が全てなくなった。

「さて、勇者様。君は僕を倒しに来たんでしょう」
「その通りだ!」
「じゃあ、この鎖骨の間、ちょっと下。ここに僕の魔核があるから、ひと思いにやってくれる?」

 僕は魔力で作ってある服を少し緩めて胸元を指差した。
「…………は?」
 ルキウスは目を丸くしている。

「君は僕を倒さないと帰れないんでしょう。流石に無駄に苦しめられるのは嫌なんだけど」
「そんなことをするわけないだろうが!」
「そう? でも人間って平気で酷いことをする生き物だからなぁ」

「何を言う! お前たち魔族の方が……!」
「そう言われてもねぇ」
 僕は首を傾げた。
「僕は何かしたの?」

「魔族や魔物をけしかけて、人間の街を襲わせただろう!」
「それ、本当に僕だと思う?」
「何を言って」

「だって僕、他の魔族とは会ったこともないし、この森からは出たことがないし、魔物を操る力なんてないよ」

「戯言を!」
「そう思うなら殺せば。ほら、僕はさっきから動いてないよ」

 ルキウスが持つ剣が震えた。
「お前は……本当に、何もしていないのか?」
 僕は静かに笑った。

「駄目だよ、勇者様。ここで役目を果たさなければ、今度は君が人類の敵にされてしまう」
「しかし……」

 ルキウスは剣を納めた。
「俺にはお前が悪いものだとは思えない」
 ああ、どうしてこの世界はこんなに残酷なのだろう。

「お前が違うと言うのなら、他に魔王がいるのだろう。俺はそれを倒さねば」
「いなかったら?」
「何?」
「魔王なんていなかったらどうするの」

 ルキウスはかなり長く考えて、唸るように言った。
「…………わからない。しかし、魔物の被害はどうにかしたいと思う」
「そう」

「魔王……ではないんだよな。お前、名前は」
「ないよ」
「そうなのか」

「ああ、でも……大昔、どこかでリョウって呼ばれていた気がする」
「リョー?」
「リョウ、だよ」
「わかった。リョウだな」

 ルキウスは腰に着けたポーチを探って、何かを取り出した。
「手を出せ、リョウ。甘いものが好きなのだろう?」

 ルキウスは僕の手のひらに紙のようなもので包まれた何かを乗せた。
「キャラメルだ。食べてみるといい。俺を信用できるならな」
「キャラメル……! ありがとう、嬉しい」

 僕はなんのためらいもなく、そのキャラメルを口に入れた。強烈な甘さ、ミルクの風味、バターの味もする。
「美味しい!」
「お前な……毒を警戒しなくていいのか」

「だって、君に倒されるならそれでもいいと思って」
「どうして……お前は何もしていないのだろう」
「人間が『こいつは敵だ』って決めたのなら、逃げられないでしょう。しつこいし数が多いし面倒だし」

「面倒って……お前な」
 ルキウスが顔を顰めている。そして、深くため息をついた。

「お前。気配を抑えることはできないのか」
「気配を抑える?」
「こう、ぐっと魔力を隠して、自分を弱く見せるんだ」

「そんなのやったことがないけど……」
「やってみろ。教えてやる」

 ルキウスに教わって、僕は自分の魔力を隠せるようになった。
「それでいい。これからはずっとそうしていろ」

「あ。もしかして……こうやって僕の気配がなくなったら、君は『魔王を倒した』ってことにして、帰れるのか」
「ああ、そうだ」
 なんだ……それは良かった。

「なあ、また来てもいいか?」
「え、なんで?」
「今度はチョコレートを持ってきてやる」
「本当に!?」

「ああ、だから……」
 ルキウスは少し顔を赤くして言った。
「その、友達……になれないか?」

「なるよ、もちろん!」
 この世界も意外と捨てたものではないのかもしれない。




6/9/2025, 3:40:44 PM