BLです。苦手な方は回避願います。
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【勝ち負けなんて】
一緒に居るのがただただ楽しかった。でも、勝ち負けなんてどうでもいいと言えるほど、俺は大人じゃなかった。
リバーシもトランプもテレビゲームも、勝てば嬉しくて負ければ悔しくて、二人でできるものは色々とプレイしたと思う。
勝ち誇る俺に親友は呆れて、負けた時に睨めばにやにやと笑われた。「ガキか」と言われて「お前もだろ」と言い返し。意味ありげな顔をされたのが、気になってはいた。
「……ごめん。今、なんて?」
聞いてしまった声を頭が理解することを拒んで、そう尋ねたら、親友は悔しそうに黙り込んだ。親友と話していた別の知り合いは何も言わずに逃げていった。
「え。お前、俺のこと好きなの」
「ちゃんと聞こえてたんじゃないか」
勝負がつく前に全部諦めたみたいな自嘲気味な顔が癪に障った。すぐに視線を逸らされたのも気に入らない。
「待て。逃げんな」
立ち上がろうとした親友……親友だと思っていた男を、引き止めて、睨む。
「俺まだ何も言ってないけど?」
後はもうトドメを刺されるだけ、そんな悲痛な表情、ここまで深刻そうな様子は、流石に今まで見たことがなかった。
「……あのさ、男同士で付き合うって、今までとどう違うの」
「は?」
「二人で出掛けて。一緒にメシ食って、ゲームして。それとデートはどう違うんだよ」
「そんなの……俺の下心、とか」
「今までなかったのか?」
「それは」
気まずそうに俯かれる。
「表には出してなかっただろ。デートなら欲が出る」
「ふうん……じゃあ、友達からで」
「……何言って」
「お前のこと、そういう対象と思って見たことなかったから、そういう対象にできるか、考えさせて」
ぽかんとした顔で見上げられた。
「すぐに同じ気持ちは、たぶん無理だから、友達から。駄目か?」
「意味わかって言ってる?」
「もちろん。だって、お前の隣が一番居心地良いし」
失いたくないと思うなら、きっと、俺がこいつを好きになるしかないのだろう。
「あ、でも。俺そういうの慣れてないから、ゆっくり、な?」
「…………十分だ」
くしゃりと泣きそうに笑った顔を見て。俺たちはきっとこの先もうまくやっていける、そんな気がした。
【まだ続く物語】
勇者として突然異世界に召喚されて。泣いても喚いても逃げられなかった。たとえ魔物でも生き物は殺したくないという俺の心の叫びは、人々の嘆く声にかき消され、押し殺されていった。
魔王さえ倒せば終われる。魔王さえ倒せば解放される。魔王さえ倒せば自由だ。魔王さえ倒せば……そう思って一心不乱に戦い続けた。
俺はどうにか使命を果たした。
魔王を倒した、その途端。目の前が真っ白になって、俺は自分の部屋に居た。地球の、日本の、魔法も魔物も存在しない、この世界に。
勝手に召喚された俺は勝手に元の場所に戻されたのだ。全部夢だったみたいに、半日しか時間は過ぎていなかった。
平和になった世界を見ることができなかった。いつも険しい顔をしていた仲間たちの幸せそうな姿も見てみたかった。
でも、それはもうきっと……叶わないことなのだろう。
一年以上も命のやり取りをしていた俺が、平和な学校生活に戻されても、以前のようには振る舞えなかった。やっと解放されたのだ。そう思うのに。
後ろに立たれるのが怖い。急に触られると投げ飛ばしたくなる。自分の身体のひ弱さが恐ろしくて、必要もないのに必死に鍛えた。
自分が日本で働く未来がどうしても想像できなくて、受験勉強にも身が入らず、大学に落ちた俺は親に頼み込んで浪人させてもらった。
そして。高校の卒業式から帰って、自分の部屋のドアを開けた時。また、目の前が真っ白になった。
俺が気付いたのは、馬車の中。混乱する俺に仲間たちが説明してくれた。俺は魔王を倒した直後に気を失っていたのだと。こちらでも、半日ほどしか経っていなかったのだ。
俺はまた異世界に戻ってきた。戻ってこられた。これからこの世界は平和になって、各国が復興に向けて動くだろう。人々は笑顔が増えるだろう。俺の仲間たちも笑えるようになるだろう。
俺はここでまだ続く物語のその先を見ることができるはずだ。
どうかもう、勝手に戻されませんように。
【渡り鳥】
「こりゃあ、この町は駄目かもしれないなぁ」
時計塔の上を見上げて男が言った。
何かあったのかと尋ねたら「渡り鳥だよ」という返事。何がどうなれば渡り鳥のせいで町が駄目になるんだ?
見れば、時計塔の上には何やら木が生えているようだ。いや……なんか、不自然だな?
「あれは? 木の根が見えているけれど」
「だから渡り鳥だって。あんた、他所から来たのかい?」
「ああ。この辺りのことはあまり知らないんだ」
「悪いことは言わないから、この町からは早く離れな」
男は「自分も避難する」と言って立ち去った。一体なんだと言うんだ。
「渡り鳥か……まさか時計塔に巣を作るとは」
別の男たちの声が聞こえた。
「早くここを出た方がいいな」
「だなぁ。いつもなら向こうの森に行くのに、今年は運が悪い」
「まあ、仕方ねぇさ。ここはそういう土地だからよ」
町の住人たちが話しているのをなんとなく聞いていると、急に大きな影が太陽を遮った。雲にしては移動が速い。なんだ……?
バサバサと羽ばたきの音がして。時計塔に止まったのは巨大な鳥。
「渡り鳥だ。逃げろ。何が落ちてくるかわからんぞ!」
は?
アレが渡り鳥?
ロック鳥の間違いではなく?
大の大人が三人は背に乗れそうな『渡り鳥』は時計塔のてっぺんに新たな木を差し込んで、盛大にその枝葉を落下させながら、巣を作っているらしかった。めきめきバキバキとすごい音がする。
大慌てで宿に戻り、荷物をまとめ、避難する住人たちと共に町を離れた。「困った時はお互い様だよ」と、農家の荷馬車に乗せてもらえたのはありがたかった。
「この辺りでは毎年こうなのか?」
「まさか。いつもはもっと人里から離れた場所に巣を作るのさ。けど、今年は時計塔が気に入ったんだろうな」
「私の気のせいでなければ、アレはロック鳥という怪鳥だと思うのだが……」
「そうなのかい? 他所でなんて呼んでるかなんて知らないよ。ここでは『渡り鳥』って言えばアレのことさ」
住人たちは親戚がいる隣町や、別の村に避難してしばらく暮らすという。『渡り鳥』の子育て中は凶暴化して危険だというのだ。
「旅人さん。この時期にこの辺りを通ったのはまずかったね。来年は気を付けなよ」
私は、来年と言わず、この付近にはもう近付かないようにしようと決めた。
【さらさら】
砂時計が好きだ。
理由は自分でもわからない。
けれど、さらさらと落ちていく砂を見ていると気持ちが落ち着く。
数分なんてあっという間に過ぎてしまう。
さらさら、さらさら
可視化された時間が積み上がっていく。
さあ、もう良い頃合いだ。
美味しいお茶を飲もうじゃないか。
【これで最後】
この子と会うのはこれで最後。そう思って送り出したはずだった。
可愛い弟子だ。本当は手放したくなんてない。もっとたくさんいろんなことを教えてやりたかった。けれど、もう限界だ。これ以上一緒に居れば、私が普通ではないことに気付かれる。
まだ若い愛弟子が、どうか良い人と出会って、楽しく暮らせますように。私はそう祈っていたのに。
「……なんで戻ってきてるの」
朝食後、畑に出たら弟子がいた。
「あ、師匠。おはようございます」
「おはようじゃないのよ。どうしてあなたがここに居るの」
「え、だって。僕が居ないと誰が師匠の面倒を見るんですか?」
「自分のことは自分でできるわよ!」
「できてないですよね?」
三日前に旅立ったはずの弟子は、ずいっと私に顔を近付けてきた。
「寝癖直せてませんよ。と言うか、直そうという努力しました? そもそも、ブラッシングしてます?」
「そんなことどうでもいいのよ」
「良くないですよ! 師匠の髪、こんな綺麗な髪は滅多にないのに! 全然、自分で管理できないじゃないですか!」
世話好きな弟子は私の腕を掴むと家の中に連行した。
「あー! 皿洗ってない。いつのですかコレ」
「今朝よ、今朝。後でやろうと思ったの」
「ちょっとそこ座っててください」
私を椅子に座らせると、皿を洗い始めた弟子。後でいいと言っても聞きやしない。
「食料は? ちゃんとありますか。今朝は何を食べたんです?」
「……昨日採ったトマトとパンとチーズ」
「それ、全部そのまま囓っただけでしょう。料理って知ってます?」
「知ってるわよ、失礼ね!」
「じゃあ、スープを作るとか肉を焼くとかしましょうよー」
弟子は家の収納を勝手にあちこち開けた。
「うわ、生肉どころか、ベーコンもソーセージも卵も無い!」
「明日か明後日には行商人が来るわよ」
「あと二日も野菜とパンで過ごすつもりだったんですか!? いや、これ、パンも足りなくなるでしょう……」
「あのねぇ。あなたはここを出て行ったはずなのよ?」
「出て行けるわけがないでしょう。そういうことはまともな生活ができるようになってから言ってください」
じとっとした目を向けられ、ちょっと怯んだ。でも、ここで譲るわけにはいかないのだ。
「だめよ。お願い。もう出て行って。私はひとりになりたいの」
「それって、師匠が年を取らないからですか」
気付かれていた。いつから。私の顔からは血の気が引いて、座っていなければふらついていたかもしれなかった。
「すみません。そんな顔をさせたかったわけじゃないんです」
弟子は私の近くまで来ると、屈んで視線を合わせてきた。
「師匠。あなたが何者か、聞くなと言うなら聞きません。でも、どうかそばに居させてください。僕は短命な人間かもしれない。けど、師匠の近くに居たいんです」
「絶対、後悔するわ」
「僕はしません」
「普通の人間の女の子を好きになるかもしれないじゃない」
「僕が好きなのは師匠ですから」
真っ直ぐな目でそんなことを言われて、流石に照れる。
「……馬鹿な子」
「馬鹿で構いません。そばに置いてください」
つうっと頬を涙が流れ落ちた。
「師匠!?」
「ごめんなさい、泣くつもりじゃ」
本当は寂しかった。昔の魔法の事故で年を取れなくなった私は、いつまで生きるかもわからない。人恋しくて弟子を取り、魔法を教え、けれど長くは一緒に居られない。寂しくて、悲しくて。
「師匠。僕がここに居るの、そんなに迷惑ですか?」
「……違う。違うの。本当は……」
私は泣きじゃくりながら、自分の事情を話した。
「じゃあ、僕の寿命を延ばすか、師匠が年を取れるようになれば解決ですね! 僕、頑張って研究します!」
「なんでそんなに前向きなのよ」
「だって。話してくれたってことは、僕はここに居てもいいんでしょう?」
誰もそんなことは言っていない。言っていないけれど。もうこれ以上、独りは嫌だ。そう思った。