【まだ続く物語】
勇者として突然異世界に召喚されて。泣いても喚いても逃げられなかった。たとえ魔物でも生き物は殺したくないという俺の心の叫びは、人々の嘆く声にかき消され、押し殺されていった。
魔王さえ倒せば終われる。魔王さえ倒せば解放される。魔王さえ倒せば自由だ。魔王さえ倒せば……そう思って一心不乱に戦い続けた。
俺はどうにか使命を果たした。
魔王を倒した、その途端。目の前が真っ白になって、俺は自分の部屋に居た。地球の、日本の、魔法も魔物も存在しない、この世界に。
勝手に召喚された俺は勝手に元の場所に戻されたのだ。全部夢だったみたいに、半日しか時間は過ぎていなかった。
平和になった世界を見ることができなかった。いつも険しい顔をしていた仲間たちの幸せそうな姿も見てみたかった。
でも、それはもうきっと……叶わないことなのだろう。
一年以上も命のやり取りをしていた俺が、平和な学校生活に戻されても、以前のようには振る舞えなかった。やっと解放されたのだ。そう思うのに。
後ろに立たれるのが怖い。急に触られると投げ飛ばしたくなる。自分の身体のひ弱さが恐ろしくて、必要もないのに必死に鍛えた。
自分が日本で働く未来がどうしても想像できなくて、受験勉強にも身が入らず、大学に落ちた俺は親に頼み込んで浪人させてもらった。
そして。高校の卒業式から帰って、自分の部屋のドアを開けた時。また、目の前が真っ白になった。
俺が気付いたのは、馬車の中。混乱する俺に仲間たちが説明してくれた。俺は魔王を倒した直後に気を失っていたのだと。こちらでも、半日ほどしか経っていなかったのだ。
俺はまた異世界に戻ってきた。戻ってこられた。これからこの世界は平和になって、各国が復興に向けて動くだろう。人々は笑顔が増えるだろう。俺の仲間たちも笑えるようになるだろう。
俺はここでまだ続く物語のその先を見ることができるはずだ。
どうかもう、勝手に戻されませんように。
5/30/2025, 1:23:24 PM