もっと短くしたかったんですが800字弱です
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【宝物】
同じ小学校に通っていた友人とたまたま高校で再会した。
彼が引っ越したのは両親の離婚が原因だと聞いていた。少し心配だったんだけど、思ったより元気そうでホッとした。
懐かしいねと話をして、どちらからともなく同じ部活に入ろうかなんて言い出した。
「調理部なんてどうかなぁ」
俺はかなり緊張しながら言った。男子がほとんどいない部活だということはわかっている。
「俺さ、弟が生まれたんだよ。信じられるか? 12歳も年が離れてるんだぞ」
流石に驚いている様子の友人に、調理実習で作ったスイートポテトを持ち帰ったら弟がすごく喜んだのだと話した。
「だからさ、他にも手作りのおやつとか、作ってやれないかなあって。料理できる兄ちゃんとか、ちょっといいだろ?」
まだ幼稚園児の弟は俺の宝物である。あの笑顔を見るためなら『男の癖に』なんて言われても構わない。
「でもさ、男ひとりはやっぱり肩身が狭いじゃん?」
だから付き合ってよ、と拝むようにすれば、友人が苦笑して言った。
「……仕方ねぇなあ。一緒に調理部見学しに行くか」
「ほんと? ありがと、恩に着る」
この友人は父親に引き取られたと聞いている。その父親は再婚したりはしていないらしい。
つまりこいつには母親がいない。
忙しい彼の父親は子供に料理を教えてくれるだろうか。無理じゃないかな、と俺は思う。
今時、料理なんてネットで調べればレシピも動画も簡単に出てくる。
それでも、わからないことはあるだろう。誰かに聞きたいことなんかも。
俺と一緒に調理部に入ったら、この友人の今後の『生きやすさ』に少しは良い影響があるかもしれない……なんて。
そんなの俺のエゴでしかないけど。
それでも、せっかく再会できたこいつとの友情も、俺にとっては宝物になっていく気がしたから。恩着せがましくない程度に、力になれたらと思うのだ。
もちろん、その分俺も頼らせてもらうけどね。
【キャンドル】
まいったな。
私は『キャンドル』よりも『蝋燭』という言い方が好みなんだ。
ああ、『アロマキャンドル』は別かな。ひと続きの単語だと思うから。
うん、何が言いたいかってね、今日のお題は私にはとても書きづらいってことなんだ。
それはともかく、私の友人はアロマキャンドルやお香が好きでね。だけど食事とかお茶とか、他のものの匂いを邪魔するから難しいって言ってたな。
何より、のんびりする時間がなかなか取れないらしい。火を使うから目を離すのも怖いって。
もっと皆が余裕のある暮らしを送れるといいよね。
【たくさんの思い出】
私もそれなりの年月を生きてきた。たくさんの思い出があるはずだった。
それなのに、思い出せないことがすごく多い。
幼稚園……先生に関する記憶は一切ない。友達は居たような気がするけど、名前も顔も……
小学校。一年生の時の初めての友達は『あゆみちゃん』だったはず。名字と顔は忘れてしまった。
思い出せるのは断片的なエピソードだけ。
担任の先生の名前は覚えていない。六年間全員覚えていない。担任以外も覚えていない。
中学校。先生の名前はかろうじて二人思い出せるかどうか。クラスメイトは特別仲が良かった数人が記憶に残っているか……
人間に興味がないのかもしれない。
そこそこ親しいと思っていた相手でも、縁が切れて数カ月から数年で、半分以上は名前を忘れてしまう。忘れたくて忘れているわけではないのに。
再会することが滅多にないから、あまり支障はないんだけど。
みんなこんなものなのか?
そんなはずないよなぁ……
どうして覚えていられないんだろう。
長くなりました。1,600字超です。
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【冬になったら】
「師匠、今年こそ温泉行きましょう。いい街があるんです。どうです、冬になったら雪見風呂でも」
僕の言葉に、師匠は柳眉を寄せた。
「そんな暇がどこにある? どうせ冬場はまた風邪薬の調合で忙殺されるだろ」
師匠がアイスブルーの目を細めると、その表情は実に冷ややかに見える。でも見た目だけだ。肌が白く髪の色も淡い師匠は、色合いのせいか冷たそうな印象を持つ。本当はそこまで嫌がっていないということを僕は知っている。この人は不機嫌な時には喋らなくなるので、返事があるなら大丈夫。
「今のうちに風邪薬を沢山作って預けておきましょうよ」
「余っても足りなくても困るだろう」
「それはそうですけど……」
僕は師匠を、屋敷の主である天才薬師を、ここから連れ出したいのだ。この引き篭もり、放って置くと食料がある限り外に出やしない。その食料だって買い出しに行くのは僕である。
師匠が街を歩くなんてことは滅多にない。あるとしたら往診が必要な時だけど、大抵は患者の方がここに運ばれてくる。国一番の薬師である師匠を呼びつけるなんて王族くらいだ。
だけど僕としては、この世捨て人に綺麗な景色を見せたり、美味しいものを食べさせたり、少しでも良い時間を経験させたい。この世界にはまだ生きる価値があるのだと思って欲しい。
長く生き過ぎたと本人は言う。
昔作った薬を自分自身で実験した時の副作用で、師匠は普通に年を取れない。二十代半ばに見える師匠の本当の年齢を僕は知らない。
幾つであっても、僕にとっては恩人で保護者で先生で大事な人だ。
俺はもういつ死んでもいいんだ、なんて、言わせたくない。
「温泉が駄目なら、滝を見に行きませんか? ナジェルの街の近くにある滝は、寒くなると完全に凍結して、とても美しいそうですよ」
「雪景色ならここでも見れる」
「でも。きっと綺麗ですよ」
「風邪を引くぞ」
僕はつい、ムスッとして恨みがましい目を師匠に向けた。
「どうした」
「だって……冬は僕が生まれた季節なんです」
だから、師匠にも冬を好きになってもらいたいなんて、我儘かもしれないけど……
「君は今年で幾つになる?」
「十八歳です。もう成人ですよ」
師匠は「ふむ」と唸って、顎を撫でた。
「行くか、旅行」
「……え?」
「成人の祝いだ」
「いいんですか!?」
「ただし、しばらく忙しくなるぞ」
「はい。僕、風邪薬いっぱい作ります」
「解熱剤や傷薬もな」
「はい!」
それから僕は頑張った。師匠じゃなくても作れる薬は率先して作り、他の薬師や治癒士に留守を頼み、薬を受け取りに来た城の騎士に旅行の予定を説明した。
そして、僕は温泉街で誕生日を迎えた。国の要人である師匠なので、温泉は贅沢に貸し切りの予定だ。
その日の夕方。師匠が真面目な顔をして、僕の前に一本の小瓶を置いた。
「……薬?」
「薬というより呪いだな、これは」
「呪い……? 誕生祝いに呪いって。中身は何なんですか」
「俺が今のこの体になった、その原因になった薬を再現して、少し弱めたものだよ」
僕は驚いて師匠を見た。
「それって」
「君もいつかは俺を置いて逝くだろう」
今更独りになるのはな、と師匠は呟いた。
「これを飲んだら、僕も年を取らなくなるんですか」
「ああ」
「師匠とずっと一緒に居られるんですね」
「まあ、俺ほど長命にはならないかもしれないし、無理にとは……」
「わかりました。飲みません」
師匠はちょっと傷付いた顔をして、薬の瓶を引っ込めようとした。その手を掴む。
「待ってください。薬はもらいます。でも僕はまだ十八ですよ? せめてあと四年くらい経たなきゃあなたと釣り合わない」
アイスブルーの目が見開かれる。
「二人きりで長く生きるんでしょう。それなら僕は……」
ただの弟子でいるつもりはないので。
蚊の鳴くような僕の声は、しっかり伝わったらしかった。
師匠の白い頰に朱が差した。初めて見る表情だった。僕の顔も真っ赤になっているに違いない。
あ。これ……一緒に露天風呂、入るのか?
これから? この雰囲気で?
僕は内心、頭を抱えた。顔の熱はなかなか冷めそうになかった。
すんなりネタが出てきません
書けそうな気がするのに……
後日何かしら上げるかもです
→書いてみました
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【はなればなれ】
はなればなれになってもまだ友だちでいられるなんて、小学生のわたしにはそんなふうには思えなくて、引っ越したら連絡なんか全然取らなくなっちゃって。
それなのに、高校に入学したら君の名前があった。同姓同名の別人かと思えば、印象的な目元のほくろが間違いなく君だった。
「あたしのこと覚えてる?」
大人っぽくなった君が笑う。もちろんだとも。
「覚えてるよー。あの時のにゃんこ元気?」
「元気元気。でも獣医さんにダイエットした方が良いって言われちゃった」
同じ部活に入れるといいね。なんてどちらが言い出したのか。
年の離れた弟が生まれたという君は「調理部なんていいな」と笑う。
「調理実習のクッキーとか、弟に持って帰ったら喜んでたし」
「手作りおやつかー、確かに喜ぶだろうね」
そんなことを言いながら、わたしの脳裏に浮かんだひとつの野望。
調理部に入れば多少は料理ができるようになるだろう。お菓子作りもするだろう。君が大好きなガトーショコラも作れるようになるはずだ。
君の次の誕生日……はちょっとまだ無理かもしれないけど。来年のバレンタインには、うんと美味しい手作りのガトーショコラをプレゼントしたい。しっとりしてほろ苦くて、甘すぎない君の好みに合うものを。綺麗に粉砂糖をふって。ちゃんと箱に入れて。
「一緒に調理部入ろうよ」
「そうしよう」
それからわたしたちは離れていた数年間を取り戻すみたいにべったりくっついて仲良く過ごした。
ただ、わたしが彼女にプレゼントするよりも、彼女がわたしの誕生日にチーズケーキを焼いてくれる方が早くて。
先を越されたみたいで、ちょっと悔しかったから、何でもない日にお弁当を作って行ったら、すごく驚かれて。
「君は負けず嫌いだなぁ。それに、あたしのこと大好きだよね」
なんて言われて。
再会した時の世界がまるで色を取り戻したみたいな感覚を覚えていたわたしは、ただ黙って赤面した。