【子猫】
実家の先代猫は小柄なキジトラだった。
玄関脇でチィチィ鳴いていた子猫を拾って育てた。
拾った当時は生後2週間くらいで、か弱そうな子で、本当に育つのか不安になった。
実家に今いる猫は白黒のハチワレ。
コンビニの駐車場の隅にいたのを保護した。
めちゃくちゃ人懐こくて、シャーと言われたのは保護した直後だけ。
ケージがなくて、一晩だけ段ボール箱で過ごしてもらったら案の定脱走し、何故か私の喉の上で寝ていた。暖かかったのか?
ちなみに私は猫アレルギーである……
長いです。うーん。なんか気に入らない…
──────────────────
【また会いましょう】
誰かと再会を約束した気がするんだ。
とても大切な約束だったはずなんだ。
「また会いましょう」って言われて、僕も「絶対だよ」って、言ったはずなんだ。
だけど、相手を思い出せない。
名前も、顔も。
どんな人だったのかも。
ぽっかりと穴が開いているみたいな、パズルのピースが大きくひとつ足りないみたいな。
大事なものが欠けているのは間違いない。
でも、誰を探せばいいのかわからない。どこに行けば会えるのかわからない。
そもそも僕の生活には余裕がなかった。
孤児院に来た貴族の温情で、奨学金を受け取れることになって、学院の寮に入っている。
成績が下がって奨学金が打ち切られたら、どこにも行くあてなんかない。
人探しをしている場合じゃないんだ。
それでも、寂しくて恋しい。
顔もわからない相手なのに会いたくて。
きっと、本当に大事なひとだったんだと思う。
寂寥感を誤魔化しながら日々を過ごした。
進級して一年生が入学してきた。
その中に留学生として獣人の王女様がいると聞いて『近付きたくないなぁ』と思った。
だけど。
彼女の顔を、立ち上がった耳を、金色に光る目を、チラッと見てしまった時、僕の頭の中で何かがパチンと音を立てた。
ああ……見つけた。間違いない。
彼女は僕の半身。
封印されていた記憶が蘇ってくる。
僕たちは幼い頃に出会った。
運命だって、ひと目でわかった。
それなのに。
僕が孤児で、平民で、丸い耳しか持たない混血だから。僕たちが無力だったから。
相応しくないと引き離されたのだ。
僕は記憶を封印された。
彼女のこともそれまでの暮らしも思い出せないように。
彼女も僕に気付いた。
金色の目がまん丸に見開かれて、ぽかんと口を開けて。その顔が可愛くて笑いかけたら。
黒狐の王女様は護衛も側近も振り払って、僕に駆け寄ってきた。
「……会いたかった!!」
止める間もなく、首に抱きつかれる。
「殿下。人前です!」
「そんなの。だって、やっと会えたのに」
泣きそうな顔で王女様が笑った。
「ずっと、ずっとあなたを探していたんです。わたくし、そのために頑張ったんですよ」
8歳の時、僕は殺されかけたらしい。
薄汚い孤児の『運命』なら、いない方が王女のためだと。
だけど王女様が泣いて縋って、助命を懇願した。まだ7歳だった彼女が自分の命を盾に僕を生かした。
僕は記憶を消されて、異国に捨てられた。
王女様も僕に関する記憶を消されていた。
誰かと約束をしたことは覚えていたという。
王女様は何年もかけて周囲の大人たちと交渉し、どうにか説得して『再会できたらもう邪魔はしない』と約束させたそうだ。
僕は獣人の国の貴族の養子になった。
王女様と釣り合う身分を手に入れるためだ。
養い親は優しい人たちで、嫌な顔はせずに僕を受け入れてくれた。
僕の頭はそこそこ優秀である。
孤児が奨学金をもらって貴族も通う学院に入学できたくらいだ。
僕は必死になって貴族として必要な知識を身につけていった。
国際情勢や外交についても勉強している。
獣人と人間の混血であり、獣の特徴をほとんど持たない僕は、どうやら人間たちにとっては親しみやすいらしい。
この外見をうまく使えば、交渉がしやすくなる場面もあるだろう。
あの王女様の隣に居るためなら、僕は努力を惜しまない。
力をつけたい。味方を作りたい。
もう誰にも邪魔をされないように。
20年ほど経って。
人間にしか見えない混血が獣人の国の宰相になった。
人間の国で学んでいたこともある宰相閣下は、伴侶である黒狐の姫をそれはもう大切にしていたという。
【ススキ】
ススキというと『幽霊の正体見たり枯れ尾花』なんて言葉がありますね。
意外と大したことなかった、みたいな意味でしたっけ。
枯れたススキ、なんとなくうら寂しくて不気味だったんでしょうか。それとも、ありふれたものの例えなのかな。
まあ、私はホラーの類が大の苦手なので、恨めしげだったり不気味だったりする幽霊の話を書くことは、たぶんないでしょうね。
長いです。1,500字超。
──────────────────
【脳裏】
もう、無理だと思った。
剣士の相棒は満身創痍で、私の魔力は枯渇寸前。
どうにか結界を張ったけど、周囲を魔狼の群れに囲まれて身動きが取れなくなってしまった。
「ごめん。あまり長くは持たないと思う」
私が謝罪すると相棒が首を横に振った。
「ううん。私が深追いしすぎたのよ……」
息を殺すようにしていたら、突然、狼たちの視線が警戒するように一方向に向けられた。
なんだ?
唸り声が聞こえた。
巨大な黒いモノが魔狼に喰らいついた。
猫だった。
見上げるほど大きな黒猫が魔狼を蹴散らし、蹂躙していく。
魔獣の仲間割れ?
魔狼の獲物を横取りしようとしているのか。
数体の狼が倒され、残りも逃げて行った。
狼がいなくなって、黒猫だけが残った。
相棒が怯えたように後退る。
私はただ茫然とその黒猫を見上げた。
猫は鮮やかな青い目をしていた。
その目が私たちを見て、すぐに逸らされた。
どういうこと?
せっかく手に入れた獲物に興味がない……?
猫が立ち去ろうとする。
私はほとんど無意識に結界を解除した。
「ちょっと、何を……!?」
相棒が抗議の声を上げた。
私はそれを無視して猫に近付いた。
艷やかな黒と鮮やかな青。
全く同じ色の持ち主の顔が脳裏に浮かんだ。
「ハル。ねぇ、ハルだよね?」
私が声を掛けると、猫は嫌そうな顔をした。
「何言ってるの、そんなわけ……」
相棒が呆れたように言う。
「ハルって。あの落ちこぼれでしょ?」
ハルはパーティも組まずにひとりで活動している冒険者。
いつまでもランクが低いままで、冒険者ギルドのマスターに目を掛けられていなければ、路頭に迷いそうな青年だった。
黒猫は魔法で空中に水球を浮かべると、それに頭を突っ込んだ。
水が濁る。ああ、口をすすいだのか。
魔狼の血が気持ち悪かったようだ。
汚れた水を捨て、黒猫はぶるっと震えた。
青い目が私を見る。
やはりその青はハルの目と同じ色だ。
巨大な猫の体が揺らいだ。
煙のようなものが黒猫を覆う。
「なんでわかったんですか」
煙の中から男性の声がした。
猫がいた場所には、黒髪に青い目をした青年が立っていた。
ハルがため息をついた。
「二人だけで魔狼の巣に近付くなんて」
「……ありがとう、助かった」
回復薬を分けてもらった。
渡されたのは普段私が使っているものよりも効果が高い高級品だった。
この人、落ちこぼれなんかじゃない。
「僕が魔獣に化けるなんてこと、言いふらさないでくださいよ?」
私は「もちろん」と頷いた。
「命の恩人の頼みは守るよ」
「信じますからね」
相棒は魔狼から受けた怪我が原因で僅かに後遺症が残り、引退を決めた。
ひとりになった私はソロではまともに稼げず、すぐには次の仲間が見つからなかった。
数日後、ギルドマスターに呼び出された。
「お前、ハルに気に入られたらしいな?」
「え?」
「怯えた顔をしないのが良いってさ」
ああ。確かにあの黒猫を見たら、普通は怖がるだろうな……
「ハルがお前と組みたがっている」
「組む? 私とパーティを?」
「そうだ」
私は魔法士から従魔術士になった。
従魔の名前はハル。
鮮やかな青い目をした黒猫である。
「ハルはどうして落ちこぼれのふりしてたの」
「人間の姿だと弱いんですよ、僕」
「……そもそも、人間なんだよね?」
「それ、実は自分でもあまり自信なくて」
その後、私はハルのせいで、あれこれと面倒ごとに巻き込まれた。
でも猫の姿のハルが「にゃあん」と鳴いて擦り寄ってくると、つい何でも許してしまう。
体の大きさを変えられるなんて狡い。
柔らかな毛並みに逆らえない。
「君、僕の人間の顔も嫌いじゃないでしょ」
私の顔は真っ赤になった。
猫の魔獣と知人の目の色が同じだと気付くなんて、要はそれだけ見ていたということだ。
「これからもよろしくお願いしますよ、相棒。末永く、ね」
ハルが笑う。
もしかしたら私はとんでもないものに捕まったのかもしれなかった。
【意味がないこと】
意味がないこと。無駄なこと。
そういうものこそ大事にしたい。
意味があってやらなきゃいけないようなことばかりじゃ疲れるしつまらないじゃない?
大抵は無駄なことの方が楽しいと思わない?
白いラインだけを踏んで、はみ出さずに歩く、みたいな。
決して外に出されることのない、自分だけの妄想、みたいな。
意味なんてあるかどうかも考えないようなことが、かけがえのないものだったりもするんじゃないかな。