【ココロオドル】
文房具が好きな私の最近特にハマっているものが万年筆。
そして、万年筆そのものと同じか、それ以上に楽しいのが万年筆用のインクたち。
もちろんつけペンでも良い。
ガラスペンも素晴らしい。
新しいインクを買って、手持ちの紙を並べて。
試し書きをするのは実にココロオドル時間。
小さな瓶が入った小さな箱を丁寧に開ける。
箱のデザインもラベルも瓶の形も多岐にわたり、可愛らしく美しくあるいはクールだ。
インクを含んだペン先をそっと紙に走らせる。
現れる色は必ずしも見本通りとは限らない。
液色からは想像もつかない色が出ることもある。
紙質によって大きく発色が異なることもある。
美しい濃淡。
ボールペンではなかなかこうはいかない。
僅かなインク溜まりに全く違う色が光ることもあるし、乾くと色が変わるインクなんてものもあったりする。
楽しい。美しい。素晴らしい。
もっと欲しい。あの色もこの色も。
ただ、使い切れないことと己の字の汚さが如何ともし難い。
【束の間の休息】
勇者の剣である聖剣は、自浄機能も自己修復機能もあって、砥石なんて要らない。
だけど仲間の武器はそうもいかないから、鍛冶屋に修理を頼んだりする。
魔物との戦闘の合間。比較的安全な町に寄って束の間の休息だ。
武器や鎧を預けている間に、ブーツの泥を落とし破れたマントを繕い、洗濯をし、消耗品や食料を補給する。
風呂に入ってベッドで眠り、店で食事をして、自分が殺戮兵器からヒトに戻ったような気分になった。
町を歩けば「勇者様ー!」と声援が聞こえてくる。血塗れの英雄の、綺麗な部分しか知らない人たちだ。
実際に俺が戦う姿を見たら、黄色い声なんて上げられないだろう。勇者パーティを支援するために国からついて来た騎士でさえ、顔を強張らせるんだから。
魔王を倒したら。
世界が平和になったら。
安全な場所で待っていた人たちは……
俺たちをちゃんと迎え入れてくれるのか?
用済みになった俺に居場所はあるのか?
…………だめだな。
休息は束の間で十分。
早く次の敵を屠りに行こう。
これ以上余計なことを考えてしまう前に。
【力を込めて】
倒れないように支えて、力を込めて。
真上からぐっと押し込む……
おっと。
支えきれず、思いきれず。
ガツンと音を立てて。
中途半端に押された薄緑色の硝子瓶がバランスを崩す。
倒れそうになったそれを、横から別の手が支えた。
その手の持ち主がくすくす笑う。
「ラムネすら開けられないとか。
…………ほんと可愛い」
だって、噴き出しそうで怖いじゃないか。
【過ぎた日を思う】
いつか過ぎた日を思うのなら。未来にとって過去である今を思い返すことがあるなら。
『あの頃は幸せだった』と思いたいものだ。
特にドラマチックなことも起きない日々を『平和で穏やかで悪くなかった』なんて、感じられたらいいと思う。
そのためには……
まずは、自身の健康かなぁ。
【星座】
星座なんて、私にはオリオン座くらいしかわからない。
そもそも近眼が酷くて、たとえ眼鏡をしていても、はっきり見えるのは明るい星だけ。
だけど星が好きだと君が言うから。
一緒に夜空を眺める。
見えないなりに目を凝らす。
「ほらあれが」と指差す君の声を聞く。
この街は空が狭くて、地上が明るすぎて、星が見えにくい。
だからと言うわけでもないけれど。
楽しそうに語る君のキラキラした顔。
それが星空よりも美しく見える。