るね

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10/4/2024, 11:41:08 AM

【踊りませんか?】


建国記念の夜会。
幼馴染で学友の侯爵令息が僕の前で一礼して言った。
「パーシヴァル殿下。よろしければ私と踊りませんか?」

僕は引き攣りそうな顔を必死に取り繕った。
何を考えているんだ、この馬鹿は。

そこは『踊っていただけますか?』だろう。
いや、そういう問題でもないが。

僕は兄上の練習相手をしているから、女性のステップも確かに踊れる。
けど、男同士だ。
こんな公の場で同性を誘うとは。

僕は第五王子で。
後ろ盾が弱く。
陰口ばかり言われていて。
つい最近、婚約者に逃げられた。

そしてこいつは宰相の三男で。
女性には良い思い出がなく。
次々に舞い込む縁談から逃げ回っている。

「いいじゃないか、パーシー。俺たち、利害は一致しているだろう? 君は逃げた婚約者のことを有耶無耶にしたい。俺は政略結婚なんかしたくない」
小声でそう囁かれた。

「アドレー。お前……別に僕のことが好きなわけでもない癖に」
「偽装結婚できそうなくらいには好きだよ」

そう、偽装だ。あくまでも。
法律で同性婚が認められたばかりの、このタイミングで。宰相の息子が第五王子に偽りの愛を囁く。
さぞかし噂になることだろう。

僕の婚約者を攫って逃げたのは、僕の専属の護衛騎士だった。
二人が思い合っていることを知っていた僕は、大事な友人たちのために駆け落ちの手引きをしたのだ。
彼らから人の目を逸らすことができるなら確かにそれはありがたい。

「ほら、王子様。お手をどうぞ?」
差し出された手はおそらく、僕を地獄へ引き摺り込むだろう。それを承知で寄り添った。
これは偽装だ。あくまでも。


…………こいつにとっては。


10/2/2024, 2:06:26 PM

【奇跡をもう一度】


奇跡なんていうものは一度で十分。
『あの奇跡をもう一度』なんて願うからろくでもないことになるんだ。




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何かもう少しこの続きを、と思ったのですが、上手く書けないのでまた今度。


10/1/2024, 11:02:28 PM

【たそがれ】


たそがれ、黄昏。どんな状況だろう。
語源を考えたら、顔の判別がつきにくいくらいに暗くなった頃、でも完全な夜になる前を指すのだろうが……

今の私の生活環境だと、そんな曖昧な時間帯はほぼ無い。
昼の明るさの後は夜の暗さ。
ともすると夜の暗さも明るさに上書きされる。

たそがれ、というのはなんだか情緒があって、良い言葉だと思うのだけれど……
その言葉の意味に合った状況が身近になくなってしまっているのは、ちょっと寂しい。



9/30/2024, 2:08:12 PM

【きっと明日も】


「おら、走れ走れ」
容赦のない先輩魔術士に脅されて、必死に前に進む。息が上がり、喉がひりつく。手足が縺れて転びそうになった。

「おれ、まじゅつ、し、なのに。なんで」
どうして走り込みなんてさせられてるんだ。

「そんな体力なくて遠征なんか行けるかよ」
「おいこら、歩くな。走れって言ったろ」
「魔獣は待ってくれねぇぞ」
「止まるな、死にたいのか」

もう無理、動けない。
口から心臓出そう。
まさかこんなのが栄誉ある王国魔術士団の本性だなんて知らなかった。

魔術士の集団って、もっとこう、本とか読んで研究して、不健康そうだけど頭は良くて、塔に引き篭もって出てこない、みたいな感じじゃないのか。
なんで走り込みと筋トレが日課なんだ。

辞めてやる辞めてやると毎日思っている。
昨日も思ったし、きっと明日も思うだろう。

だけどその度に。
先輩の無駄のない美しい魔術を見せつけられ。
英雄と呼ばれた人の逸話を聞かされ。
憧れの団長が顔を見せてくれたり。
よくやってるよ、なんて褒められて。

やっぱり辞めたくない。
そう思うんだよなぁ。


9/29/2024, 12:18:38 PM

もう一度耳鼻科に行くべきか……
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【静寂に包まれた部屋】


『静寂』なんて言葉と縁がなくなってからどのくらい経つだろう。

耳鼻科で異常はないと言われ。薬で一度は落ち着いたものの、すぐにまた再発した耳鳴り。
昼間はまだいい。
何かをしていれば気も紛れる。

寝ようとする頃には、部屋が静かであればあるほどその耳鳴りが気になって仕方がない。
静寂に包まれた部屋が、私には喧しくて仕方がないのだ。本当に、煩わしくて、不快で。

仕方なく、音楽を流す。誰かの声を聞く。

耳鳴りに集中してしまうのをやめることで。
やっと、どうにか。
今の私にとっての『静寂』が訪れる。




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