るね

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8/7/2024, 1:59:02 PM

【最初から決まってた】


師匠は魔女だ。年を取らない。弟子とはいえ僕はただの人間で、師匠とは寿命に差がある。僕の年齢はもう、師匠の見た目に追いついてしまった。僕が師匠を置いて逝ってしまうことは最初から決まってた。

そんなのだめだ。受け入れられない。
師匠は寂しがり屋。だから贄なんて欲しがってたわけでもないのに、人間たちから差し出された僕を拒めなかった。側に居させてくれた。
あの人を今更独りにしたくない。

僕は自分の寿命をどうにかできないかと調べてきた。そしてひとつの可能性を見つけた。
僕が師匠の使い魔になれば、ずっと師匠の隣に居られる。

「蛙でも鴉でも鼠でもいい。僕を使い魔にしてください」
「だめよ、そんなの。あなたは人間なのに」
毎日頼んでも、師匠は断り続ける。

「大体あなた、私と結婚したいんじゃなかったの? 流石に蛙と結婚する趣味はないわよ」
「じゃあ、僕が人間のままでいたら結婚してくれますか?」
「それもだめ」
師匠はなかなか折れてくれない。

だけど。
僕たちの平穏な暮らしは、寿命以外の原因で壊された。
師匠を『悪しき魔女』だと決めつけた人間に、僕たちの家が襲撃されたんだ。

「師匠!」
魔女を庇った僕は人間に刺された。痛くて熱くて動けなくて。これはもう助からないなとぼんやり思った。

ほとんど出ない声で、師匠に「逃げて」と言った。師匠は僕を抱きしめて、はらはらと涙を零した。
「馬鹿な子。本当に愚かね」

師匠の周囲で闇が蠢いた。いつもは穏やかな師匠の目が、冷たく、恐ろしく光った。
「いいわ。契約を交わしましょう。お前は私のもの。新しい姿を授けるわ。永劫の時を共に過ごしなさい」

僕の身体に、師匠の魔力が刻まれていく。痛みが消え、灼熱感が消えて。僕の心は歓喜に満たされた。ああ、これで僕はこの人とずっと……

僕の前では植物の魔法ばかり使っていた師匠だけど。本当は炎の魔法も使えたらしい。僕が手を出すまでもなく、あっさりと人間を返り討ちにしてしまった。
ただ……

『どうします、これ』
僕と師匠の家は玄関を中心とした一部が焼け焦げていた。
「だから炎の魔法は使いたくないのよ……」
とはいえ、この人は植物の魔女。
「どうにかするわ。木材なら扱えるもの。けど、今日はもう疲れちゃった」

師匠はぽすっと僕の腹に寄り掛かる。僕の新しい身体は蝙蝠の羽がある巨大な猫。なろうと思えば人の姿にもなれるけど。もちろん、魔女のベッドになるのもやぶさかでない。
ちょっと焦げ臭い部屋の中、主人を守るように身を丸めて、僕はゴロゴロと喉を鳴らした。



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【つまらないことでも】の魔女と弟子でも、別の二人と思っていただいても構いません

8/6/2024, 1:16:48 PM

【太陽】


勇者を召喚するという大掛かりな魔法で喚び出されたのは、まだ幼げな少女だった。
国王陛下も宰相閣下も屈強な男を期待したのだろう。不安そうな表情の少女を見て、召喚は失敗だと落胆していた。

それでも。何かの間違いで強い力の持ち主である可能性が捨てきれない。少女は戦場に連れていかれることになった。
「アルヴィン。お前は明日からあの『勇者様』の護衛だ」
そう指示されて、正直面倒だなと思った。

か弱そうな少女だった。肌は白く、身体は華奢で、武器など持ったこともないだろう。案の定、木剣を持たされた姿は見ていられるものではなかった。

結局、戦い方など身につかないまま、少女は戦場に立った。
ただ、魔法を使うことならできたらしい。少女は震えながら魔物を屠り、直後に泣きながら吐いた。私はその背中を擦ってやり、口をすすがせた。肉の薄い、細く頼りない身体だった。

少女の魔法は珍しいものではあった。けれど、そこまで強力ではないと見做され、やはり『勇者』ではないと結論が出された。

城に戻ってからの少女は塞ぎ込んでいた。
毎日「帰りたい」「友達に会いたい」と嘆き、食も進まない様子。
あまりに気の毒で放っておけなかった。
私は家族に手紙を書いた。私のことは死んだと思って絶縁して欲しい、と。

少女を攫って逃げるつもりだった。それがどんな罪に問われるかわからない。家族には迷惑をかけるだろう。
しかし、実際には少女が城を追われる方が早かった。私はその場で騎士を辞め、少女のあとを追った。

「私にあなたを守らせてください」
私がそう言うと、少女は理解できないという顔でこちらを見た。
「……なんのために?」
「わかりません。ただ、あなたのような人が無理やり戦わされることを是とする職場に嫌気が差しました」

少女は一瞬きょとんとして、それから声を上げて笑った。初めて見た彼女の笑顔は太陽のように眩しかった。

「私はアルヴィン。アルと呼んでください」
「私はヒナタ。よろしくね、アル」
陽のあたる場所という意味だと聞いて、相応しい名前だと思った。

二人で過ごすうちに、ヒナタが神の加護を持った正式な勇者であることを知った。彼女の魔力量は増え続けているらしく、段々化物じみてきている。収納魔法まで使えるおかげで、旅は快適だ。

しばらくして、やはり彼女こそ『勇者』だったと、城の連中が手のひらを返した。
勇者を追い出したというのは外聞が悪いのだろう。今では私がヒナタを誘拐したということになっている。

「またアルの手配書だよ。相変わらず似てないなぁ」
ヒナタが剥がしてきた紙には、どこの蛮族かと思うような凶悪な顔が描かれていた。これが私だと言われるのは複雑だが、結果的に逃げ切れているので、これでいい。

「そろそろ移動しようか」
「この町には飽きましたか?」
「そうじゃないけど。東の遺跡に『聖剣』があるって噂を聞いて」

あんな仕打ちを受けたのに、ヒナタは勇者であることを辞めようとはしない。いずれは魔王を倒すつもりでいるようだ。
やはり眩しいと私は思う。




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前回のお題【鐘の音】の逃亡勇者と元騎士、元騎士視点

8/5/2024, 10:52:33 PM

【鐘の音】


カーン、カーンと高く鳴る鐘。町に響くその音は、魔物の襲撃を知らせるもの。
椅子をガタリと鳴らして、私は立ち上がる。

「行くのですか?」
聞かれて、頷いた。
「放ってはおけないでしょ」
「あなたが犠牲にならなければ滅びる国など、早く滅びてしまえばいいのに」
「町の人たちに罪はないじゃない?」
金髪の元騎士は苦笑して「ならば私も行きましょう」と立ち上がった。

長年魔物の被害に悩まされてきたこの国に、召喚された勇者が私だった。こんな細い手足の華奢な小娘が勇者だなんて、と国の偉い人たちは酷くがっかりしたらしい。

それでも勇者なのだからと戦場に出されて、私は吐いた。生き物を殺すなんてこと、慣れていなかったのだから仕方がない。
食べ物も合わなくて、ホームシックに陥って。ここまでひ弱では役に立たない、と城から放り出された。
ただひとり、この金髪の青年だけが、騎士を辞めてまで私を助けようとしてくれた。

鐘の音がカンカンカンと切迫感を増す。さっきより魔物が近付いてきたんだ。
逃げようとする人の間をすり抜けて、私と元騎士の青年は魔物のいる場所を目指した。

左手に弓を。右手に矢を。魔法で作り出して、それを構える。引き絞って放てば、聖なる光が弧を描く。まだ遠く黒い影のような魔物の姿が、同時にいくつも倒れて動かなくなった。
私は勇者だった。細くても小娘でも勇者としての能力は与えられていた。

魔物の数が多い。これは放っておいたら町がなくなっていたかもしれないな。そんなことを思いながら、幾度となく矢を放った。討ち漏らした魔物は元騎士の青年が斬り捨てて、私を守ってくれている。

いつからだろう。魔物の前に立っても震えなくなったのは。
私は随分変わってしまった。今更元の世界に戻れたとしても、かつてと同じ生活はできない気がする。

いつの間にか、鐘の音がしなくなっていた。私の視界に動く魔物はもういない。
「逃げますよ!」
元騎士が魔法の使い過ぎで疲弊した私を抱え上げる。この町の貴族にでも見つかれば、私は城に連れ戻されてしまう。あんな嫌な思い出しかない場所に戻りたくなんかない。きっと、この青年とも引き離されるだろう。

「この町にも居られなくなっちゃったね!」
元騎士は呆れたように苦笑する。
「あなたがお人好しだからですよ」
「ねぇ。次はどこに行こうか?」
「南はどうです? 果物が美味しい」
「いいね。じゃあ南へ!」

今の私ではまだ魔王なんて倒せない。雑魚戦で疲れ切ってしまうのだから。でもいつか、ちゃんと強くなって、世界を平和にしたいと思う。

勝手に拉致しておいて放り出した国のことなんか知らない、どうでもいい。だけど、私を抱えて走るこの青年が、落ち着いて暮らせる世界を作りたい。
ただ。そんなこと今すぐになんて無理だから。
逃亡勇者は元騎士と二人、ひとまず美味しいものを食べに行くのだ。



──────────
【鐘の音】なら鎮魂や黙祷だろうとは思いつつ、つい。


8/4/2024, 2:39:12 PM

【つまらないことでも】


「どんなにつまらないことでも、変化があったら全部知らせて」
師匠はそう言って、僕に鉢植えを寄越した。
「その植物は貴重なものなの。これからはあなたが育てなさい」

渡された鉢植えは元気がなかった。枯らしてしまったらどうしようって、心配になるくらいに。

師匠は魔女で、僕は魔女の弟子。村の人たちは、家族がいない僕を魔女のご機嫌取りのために差し出した。
だけど、師匠は優しい。美味しい物を食べさせてくれて、新しい服も暖かい毛布もくれた。

鉢植えはどんどん元気になって、すくすくと育っていった。僕は葉っぱが増えたとか、少し伸びたとか、細かく師匠に報告した。

「師匠。花が咲きましたよ」
「本当に?」
師匠はとても驚いて、花びらの色は何色かと聞いてきた。
「桃色の花です。とても大きくて、綺麗な」
師匠は何故か赤い顔をしていた。

後で知ったのだけれど。
その植物には僕の状態が反映される魔法がかけられていたらしい。鉢植えが枯れそうだったのは僕が弱っていたからで、鉢植えが元気になったのは僕が元気になったから。
そして、桃色の花は……

──X年後──

「師匠。そろそろ僕と結婚しましょう?」
僕は愛しい魔女に微笑みかける。鉢植えは大きく育った。今も沢山の桃色の花が咲いている。

「僕のこと『つまらないことでも知りたい』なんて言ってくれたじゃないですか」
あの鉢植えについて知ることは僕について知ることだ。僕の状態が表れるんだから。
「あれは、あなたが健康か把握するためで」
師匠は僕から顔を逸らすけど、耳が赤いのは誤魔化せていない。

「僕の気持ちは知ってるでしょう?」
桃色の花が表すのは恋心。咲き乱れる大輪の花は僕の師匠への気持ちに他ならない。
師匠はため息をついて呟いた。
「育て方、間違ったかしら……」
そんなこと言っても逃しませんからね。


【副題:#魔女集会で会いましょう】

8/3/2024, 11:36:48 AM

【目が覚めるまでに】

魔法がある世界に君と二人。《召喚》されてそれなりに頑張ってきたけど。目を覚まさなくなってしまった君。
《呪い》だってさ。困っちゃったね。

眠り続けるお姫様は王子様のキスで目覚めるものでしょう?
だけど目覚めてくれないのが王子様の方だったら、一体どうすればいいんだろうね?

偉い魔法使い様が手を尽くしてくれて、だけど結局、君は起きなくて。
「このままでは衰弱してしまいます」って。
酷い話じゃない?

だから(本当にキスでもしてみる?)って。
半分冗談、半分ヤケで。
まさかそれで君が身動ぎするなんて。

神様、お願い。
この王子様の目が覚めるまでに。
目が合う前に。
真っ赤になってしまった顔を元に戻して。

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