るね

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【最初から決まってた】


師匠は魔女だ。年を取らない。弟子とはいえ僕はただの人間で、師匠とは寿命に差がある。僕の年齢はもう、師匠の見た目に追いついてしまった。僕が師匠を置いて逝ってしまうことは最初から決まってた。

そんなのだめだ。受け入れられない。
師匠は寂しがり屋。だから贄なんて欲しがってたわけでもないのに、人間たちから差し出された僕を拒めなかった。側に居させてくれた。
あの人を今更独りにしたくない。

僕は自分の寿命をどうにかできないかと調べてきた。そしてひとつの可能性を見つけた。
僕が師匠の使い魔になれば、ずっと師匠の隣に居られる。

「蛙でも鴉でも鼠でもいい。僕を使い魔にしてください」
「だめよ、そんなの。あなたは人間なのに」
毎日頼んでも、師匠は断り続ける。

「大体あなた、私と結婚したいんじゃなかったの? 流石に蛙と結婚する趣味はないわよ」
「じゃあ、僕が人間のままでいたら結婚してくれますか?」
「それもだめ」
師匠はなかなか折れてくれない。

だけど。
僕たちの平穏な暮らしは、寿命以外の原因で壊された。
師匠を『悪しき魔女』だと決めつけた人間に、僕たちの家が襲撃されたんだ。

「師匠!」
魔女を庇った僕は人間に刺された。痛くて熱くて動けなくて。これはもう助からないなとぼんやり思った。

ほとんど出ない声で、師匠に「逃げて」と言った。師匠は僕を抱きしめて、はらはらと涙を零した。
「馬鹿な子。本当に愚かね」

師匠の周囲で闇が蠢いた。いつもは穏やかな師匠の目が、冷たく、恐ろしく光った。
「いいわ。契約を交わしましょう。お前は私のもの。新しい姿を授けるわ。永劫の時を共に過ごしなさい」

僕の身体に、師匠の魔力が刻まれていく。痛みが消え、灼熱感が消えて。僕の心は歓喜に満たされた。ああ、これで僕はこの人とずっと……

僕の前では植物の魔法ばかり使っていた師匠だけど。本当は炎の魔法も使えたらしい。僕が手を出すまでもなく、あっさりと人間を返り討ちにしてしまった。
ただ……

『どうします、これ』
僕と師匠の家は玄関を中心とした一部が焼け焦げていた。
「だから炎の魔法は使いたくないのよ……」
とはいえ、この人は植物の魔女。
「どうにかするわ。木材なら扱えるもの。けど、今日はもう疲れちゃった」

師匠はぽすっと僕の腹に寄り掛かる。僕の新しい身体は蝙蝠の羽がある巨大な猫。なろうと思えば人の姿にもなれるけど。もちろん、魔女のベッドになるのもやぶさかでない。
ちょっと焦げ臭い部屋の中、主人を守るように身を丸めて、僕はゴロゴロと喉を鳴らした。



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【つまらないことでも】の魔女と弟子でも、別の二人と思っていただいても構いません

8/7/2024, 1:59:02 PM