【鐘の音】
カーン、カーンと高く鳴る鐘。町に響くその音は、魔物の襲撃を知らせるもの。
椅子をガタリと鳴らして、私は立ち上がる。
「行くのですか?」
聞かれて、頷いた。
「放ってはおけないでしょ」
「あなたが犠牲にならなければ滅びる国など、早く滅びてしまえばいいのに」
「町の人たちに罪はないじゃない?」
金髪の元騎士は苦笑して「ならば私も行きましょう」と立ち上がった。
長年魔物の被害に悩まされてきたこの国に、召喚された勇者が私だった。こんな細い手足の華奢な小娘が勇者だなんて、と国の偉い人たちは酷くがっかりしたらしい。
それでも勇者なのだからと戦場に出されて、私は吐いた。生き物を殺すなんてこと、慣れていなかったのだから仕方がない。
食べ物も合わなくて、ホームシックに陥って。ここまでひ弱では役に立たない、と城から放り出された。
ただひとり、この金髪の青年だけが、騎士を辞めてまで私を助けようとしてくれた。
鐘の音がカンカンカンと切迫感を増す。さっきより魔物が近付いてきたんだ。
逃げようとする人の間をすり抜けて、私と元騎士の青年は魔物のいる場所を目指した。
左手に弓を。右手に矢を。魔法で作り出して、それを構える。引き絞って放てば、聖なる光が弧を描く。まだ遠く黒い影のような魔物の姿が、同時にいくつも倒れて動かなくなった。
私は勇者だった。細くても小娘でも勇者としての能力は与えられていた。
魔物の数が多い。これは放っておいたら町がなくなっていたかもしれないな。そんなことを思いながら、幾度となく矢を放った。討ち漏らした魔物は元騎士の青年が斬り捨てて、私を守ってくれている。
いつからだろう。魔物の前に立っても震えなくなったのは。
私は随分変わってしまった。今更元の世界に戻れたとしても、かつてと同じ生活はできない気がする。
いつの間にか、鐘の音がしなくなっていた。私の視界に動く魔物はもういない。
「逃げますよ!」
元騎士が魔法の使い過ぎで疲弊した私を抱え上げる。この町の貴族にでも見つかれば、私は城に連れ戻されてしまう。あんな嫌な思い出しかない場所に戻りたくなんかない。きっと、この青年とも引き離されるだろう。
「この町にも居られなくなっちゃったね!」
元騎士は呆れたように苦笑する。
「あなたがお人好しだからですよ」
「ねぇ。次はどこに行こうか?」
「南はどうです? 果物が美味しい」
「いいね。じゃあ南へ!」
今の私ではまだ魔王なんて倒せない。雑魚戦で疲れ切ってしまうのだから。でもいつか、ちゃんと強くなって、世界を平和にしたいと思う。
勝手に拉致しておいて放り出した国のことなんか知らない、どうでもいい。だけど、私を抱えて走るこの青年が、落ち着いて暮らせる世界を作りたい。
ただ。そんなこと今すぐになんて無理だから。
逃亡勇者は元騎士と二人、ひとまず美味しいものを食べに行くのだ。
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【鐘の音】なら鎮魂や黙祷だろうとは思いつつ、つい。
8/5/2024, 10:52:33 PM