るね

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8/5/2024, 10:52:33 PM

【鐘の音】


カーン、カーンと高く鳴る鐘。町に響くその音は、魔物の襲撃を知らせるもの。
椅子をガタリと鳴らして、私は立ち上がる。

「行くのですか?」
聞かれて、頷いた。
「放ってはおけないでしょ」
「あなたが犠牲にならなければ滅びる国など、早く滅びてしまえばいいのに」
「町の人たちに罪はないじゃない?」
金髪の元騎士は苦笑して「ならば私も行きましょう」と立ち上がった。

長年魔物の被害に悩まされてきたこの国に、召喚された勇者が私だった。こんな細い手足の華奢な小娘が勇者だなんて、と国の偉い人たちは酷くがっかりしたらしい。

それでも勇者なのだからと戦場に出されて、私は吐いた。生き物を殺すなんてこと、慣れていなかったのだから仕方がない。
食べ物も合わなくて、ホームシックに陥って。ここまでひ弱では役に立たない、と城から放り出された。
ただひとり、この金髪の青年だけが、騎士を辞めてまで私を助けようとしてくれた。

鐘の音がカンカンカンと切迫感を増す。さっきより魔物が近付いてきたんだ。
逃げようとする人の間をすり抜けて、私と元騎士の青年は魔物のいる場所を目指した。

左手に弓を。右手に矢を。魔法で作り出して、それを構える。引き絞って放てば、聖なる光が弧を描く。まだ遠く黒い影のような魔物の姿が、同時にいくつも倒れて動かなくなった。
私は勇者だった。細くても小娘でも勇者としての能力は与えられていた。

魔物の数が多い。これは放っておいたら町がなくなっていたかもしれないな。そんなことを思いながら、幾度となく矢を放った。討ち漏らした魔物は元騎士の青年が斬り捨てて、私を守ってくれている。

いつからだろう。魔物の前に立っても震えなくなったのは。
私は随分変わってしまった。今更元の世界に戻れたとしても、かつてと同じ生活はできない気がする。

いつの間にか、鐘の音がしなくなっていた。私の視界に動く魔物はもういない。
「逃げますよ!」
元騎士が魔法の使い過ぎで疲弊した私を抱え上げる。この町の貴族にでも見つかれば、私は城に連れ戻されてしまう。あんな嫌な思い出しかない場所に戻りたくなんかない。きっと、この青年とも引き離されるだろう。

「この町にも居られなくなっちゃったね!」
元騎士は呆れたように苦笑する。
「あなたがお人好しだからですよ」
「ねぇ。次はどこに行こうか?」
「南はどうです? 果物が美味しい」
「いいね。じゃあ南へ!」

今の私ではまだ魔王なんて倒せない。雑魚戦で疲れ切ってしまうのだから。でもいつか、ちゃんと強くなって、世界を平和にしたいと思う。

勝手に拉致しておいて放り出した国のことなんか知らない、どうでもいい。だけど、私を抱えて走るこの青年が、落ち着いて暮らせる世界を作りたい。
ただ。そんなこと今すぐになんて無理だから。
逃亡勇者は元騎士と二人、ひとまず美味しいものを食べに行くのだ。



──────────
【鐘の音】なら鎮魂や黙祷だろうとは思いつつ、つい。


8/4/2024, 2:39:12 PM

【つまらないことでも】


「どんなにつまらないことでも、変化があったら全部知らせて」
師匠はそう言って、僕に鉢植えを寄越した。
「その植物は貴重なものなの。これからはあなたが育てなさい」

渡された鉢植えは元気がなかった。枯らしてしまったらどうしようって、心配になるくらいに。

師匠は魔女で、僕は魔女の弟子。村の人たちは、家族がいない僕を魔女のご機嫌取りのために差し出した。
だけど、師匠は優しい。美味しい物を食べさせてくれて、新しい服も暖かい毛布もくれた。

鉢植えはどんどん元気になって、すくすくと育っていった。僕は葉っぱが増えたとか、少し伸びたとか、細かく師匠に報告した。

「師匠。花が咲きましたよ」
「本当に?」
師匠はとても驚いて、花びらの色は何色かと聞いてきた。
「桃色の花です。とても大きくて、綺麗な」
師匠は何故か赤い顔をしていた。

後で知ったのだけれど。
その植物には僕の状態が反映される魔法がかけられていたらしい。鉢植えが枯れそうだったのは僕が弱っていたからで、鉢植えが元気になったのは僕が元気になったから。
そして、桃色の花は……

──X年後──

「師匠。そろそろ僕と結婚しましょう?」
僕は愛しい魔女に微笑みかける。鉢植えは大きく育った。今も沢山の桃色の花が咲いている。

「僕のこと『つまらないことでも知りたい』なんて言ってくれたじゃないですか」
あの鉢植えについて知ることは僕について知ることだ。僕の状態が表れるんだから。
「あれは、あなたが健康か把握するためで」
師匠は僕から顔を逸らすけど、耳が赤いのは誤魔化せていない。

「僕の気持ちは知ってるでしょう?」
桃色の花が表すのは恋心。咲き乱れる大輪の花は僕の師匠への気持ちに他ならない。
師匠はため息をついて呟いた。
「育て方、間違ったかしら……」
そんなこと言っても逃しませんからね。


【副題:#魔女集会で会いましょう】

8/3/2024, 11:36:48 AM

【目が覚めるまでに】

魔法がある世界に君と二人。《召喚》されてそれなりに頑張ってきたけど。目を覚まさなくなってしまった君。
《呪い》だってさ。困っちゃったね。

眠り続けるお姫様は王子様のキスで目覚めるものでしょう?
だけど目覚めてくれないのが王子様の方だったら、一体どうすればいいんだろうね?

偉い魔法使い様が手を尽くしてくれて、だけど結局、君は起きなくて。
「このままでは衰弱してしまいます」って。
酷い話じゃない?

だから(本当にキスでもしてみる?)って。
半分冗談、半分ヤケで。
まさかそれで君が身動ぎするなんて。

神様、お願い。
この王子様の目が覚めるまでに。
目が合う前に。
真っ赤になってしまった顔を元に戻して。

8/2/2024, 11:00:42 AM

【病室】

 白く無機質な部屋でベッドに横たわる君は、なんだかいつもより小さく見えた。このまま消えてしまいそうで、私は怖くて仕方がなかった。
「大袈裟。ただの過労だって」
 君はそう言って力なく笑った。
「だから無理するなって言ったじゃん」
 そうだね、あはは、じゃないよ。すごく心配したのに。

「君にはブレーキが無いの? 止まらなきゃいけない所で更にアクセルを踏み込むから倒れたりするんだよ」
「反省してるってば」
「その反省は信用できない」
 どうせ、喉元を過ぎたらすぐにまた無理をするだろう。

「つい、期待に応えようとしちゃうんだよ。人に頼むより自分でやった方が早いし……」
 手を抜けない完璧主義に、それを支えてしまえる能力の高さ。ただ体力の無さだけが君の欠けた所。
 きっと、そんな風に思っているだろう。周りも、君自身も。でも私に言わせれば、自己管理ができていないだけ。

「君に必要なのは『重石』だよ。もし身体が丈夫になっても、絶対、それを上回る無茶をするでしょう? ペットでも飼ったら? 世話をしなきゃいけないと思えば倒れるわけにはいかなくなるし」

「どうせなら、ペットじゃなくて、あなたの世話をしたいな」
 一瞬、何を言われたかわからなかった。
「隣で見張っていて。無理をしそうなら止めて。ずっと一緒に居てくれたらいいじゃない?」
 君は私を見ていたずらっぽく笑った。


 それが君なりのプロポーズなのだと気が付いて、しっかり空調が効いた病室が、一気に暑くなった気がした。

8/2/2024, 4:00:39 AM

【明日、もし晴れたら】

 天気予報はちゃんと見ていた。
 降水確率はそれほど高くなくて、本当に降るかどうか微妙なところ。少し迷って、傘は持たなかった。
 結果、賭けは惨敗。午後の授業の途中から降り始めた雨は下校時には土砂降りだった。

「あれ、篠崎。もしかして傘持ってないの」
 校舎から出られなくて途方に暮れていたら、後ろから来たクラスメイトの須藤に声をかけられた。
「うん……ここまで降るとは思わなくて」

「これ使って」
 須藤が鞄から折り畳み傘を出して、押し付けてきた。
「でも、これ借りちゃったら」
「置き傘あるから大丈夫!」
 そう言って、須藤はニコッと笑った。

 借りた傘はありがたく使わせてもらって、ちゃんと一晩乾かした。翌日の朝、須藤に返そうと、丁寧に畳んで鞄に入れた。

「まさか、今日も雨とか……」
 須藤の傘を返すことしか頭になくて、自分の傘を持ち忘れていた。
「いいよ。もう一日くらい。それ使ってよ」
 須藤の笑顔は今日も眩しい。

 その次の日も雨だった。須藤に謝り倒して、返すはずの傘をまた借りた。自分の傘をわざと忘れたわけじゃなかった。でも。
 これを返してしまったら、君と話す理由がなくなっちゃう。

 明日、もし晴れたら。
 流石に傘を返さないわけにもいかない。
 だから、本当にもし晴れたら。
 ちゃんと「友達になろう」って言おう。

 君は優しいから、きっと「もう友達でしょ」って言って、また笑顔を見せてくれるだろう。




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