『明日世界が終わるなら』
ずっと想ってきた。
あの優しい所に。ドジで、鈍感だけど、人をよく見ていて、体調が悪かったりしたらすぐ声をかけてくれる所とか。
でも、この気持ちは言えない。
あの人にはもう、心に決めた人がいるから。そして、あの人の隣を歩けるのは私じゃ無いから。
私にもっと勇気があれば。あの時声をかけていれば。
そんな後悔が出てくるが、もう遅い。全て終わった事なんだ。
貴方を愛した1人として、貴方の幸せを願わせて。
その隣は、私じゃ無くても良いから。
……もし、明日世界が終わるなら。
私は、貴方にこの気持ちを伝えたのかな?
『耳を澄ますと』
「たまには高い所も良い物だな」
今、俺は昔通って居た中学校の屋上に居た。不法侵入とは言わないでくれ。許して。
まあ俺は耳が良いから誰か来たとしても気づくけどな。
ところで。君達、俺に質問したい事があるだろう? ああ、皆まで言うな。何故屋上にいるのか、だろう?
その答えは簡単。最近ハマっている趣味を楽しむ為だ。
その趣味と言うのは——
「今日も聞こえるな」
この町に居る人達の会話などを聞く事だ。
おっと、きもいとかやばいやつとか言わないでくれよ? 悲しくなるから。いや、マジで。
何が楽しいかと言うと、やはり1人1人で違うと言う事だな。
楽しい話、悲しい話、怒った話。そして話すときの癖、抑揚などなど。人によって様々だ。
君達も是非やってみてくれ。中々面白いぞ。
『2人だけの秘密』
俺の住んでいる町の少し標高がある山の頂上の大きな桜の木の下。そこで、俺達は秘密を作る。
「あと10年くらい経ったらみよう! これは、2人だけの秘密ね!」
「うん、わかった!」
幼き日の俺、煌驥と小夜の、2人だけの秘密。
その少し後に小夜は転校し、離れ離れになった。
それから会っていない。会えるのかもわからない。今、どこにいるのだろう。何をしているのだろう。
あの秘密の約束から10年。俺は桜の木の下に1人立っていた。
隣に、小夜はいない。本当は一緒に見たい。でも——
「私が遠くにいっても、あの秘密を果たして。一緒には見れないかもしれないけど、貴方に見てほしいの」
遠くに行く前に、小夜が寂しそうな笑顔で言ったから。
だから俺は、その約束を果たす。小夜の為に。
埋めた場所を思い返しながら、地面を掘る。どこに埋めたのか忘れたので時間がかかるかも……。
結局、見つけたのは50分ほど経った時だった。結構時間がかかってしまったな……。
出て来たのは小さな箱。小夜が子供の頃に両親に買って貰ったと言う、お気に入りの箱だった。
箱の蓋に手をかける。そして、そのまま力を込めた時——
「ちゃんと約束、守ろうとしてくれたんだね」
「は?」
聞こえるはずのない声。今は遠くに居るはずの、幼き日によく聞いた懐かしくも優しい声。
「なんで……」
振り向くとそこには、あの頃よりも成長し、大人になった小夜が居た。
「久しぶりだね、煌驥」
脳の処理が追いつかない。何故ここに居るんだ?
「小夜……いつ帰って来たんだ……?」
「う〜ん、実は親に言ってないんだよね。だから親も知らないよ」
「は? なんで言わなかったんだよ。親御さんが心配するだろ?」
「だって——」
小夜はあの頃の面影が残った優しい笑みで、こう言った。
「2人だけの秘密、だからね」
『優しくしないで』
校舎の3階、2年1組の教室に、1人の女子高生が泣いていた。
その女子高生の名前は小夜。そう、私です。
何故泣いているのか。それは——
「お〜い、小夜!」
この男だ。名前は煌驥。私の幼馴染にして私が恋心を抱いている人。
「どうした、小夜? 帰ろうぜ」
「何を言っているの? 貴方、付き合っている人が居るんでしょう?」
「それは……なんと言うか……」
付き合っている人が居るのに何故私を誘うのか。浮気になるじゃない。
「だから、私には関わらないで。貴方はあの子と幸せになれば良い」
「おい、ちょっと待てよ小夜!」
煌驥が私の腕を掴み、私の歩みを止めて来る。
「何? まだなんか用?」
「お前、何かあったか?」
「は? 何も無いけど。それだけ? ならもう行くから」
「何も無いならなんでお前、泣いてるんだよ」
「え……?」
右手で頬に手を当ててみる。すると、指に涙が付いた。意図せず出てしまったのか。我慢出来ていると思っていたのに。
「貴方には関係ないから気にしないで」
「気にするだろ。俺はお前の幼馴染なんだから」
「私に優しくしないでって言ってるの!」
思わず、声を荒げてしまう。私が諦めようとしているのに、何故この男はそれをわからないのか。
「貴方にはもうあの子が居るんでしょう?! だから私は諦めようとしているのに! なんで私に話しかけるの! 優しくするの!」
「それは……」
煌驥がきまづそうに目を逸らす。煌驥に良くある癖だ。
「あの子が居るのに私に話しかけるなんて! 貴方はそんな人じゃないでしょう? 貴方は好きになった人を一途に愛する人だった! なのに何故変わったの!」
「変わってない!」
煌驥のその真剣な雰囲気に、言葉に、顔に、びっくりした。そう、その顔。その顔をあの子に向けてあげて。それが、今の貴方のやるべき事なんだから」
「わかった。言おう。あの子の事だからあまり言いたくなかったけど、好きな人に嫌われてまで秘密に出来るほど俺は優しくない」
「え……?」
意味がわからない。煌驥が私の事を好き? じゃああの子は? どう言う事?
「よく聞け。あのな、俺とあいつは付き合ってない。偽装だ。俺が好きなのはあいつじゃない。」
「俺が好きなのは——!」
『楽園』
『楽園(ラストライト)』。
それは、俺達天使族の中でもごく少数の人が行く、悲しく、美しい領域。
『楽園』は、苦しみ、悲しみ、絶望し、全てを諦め、心が壊れた、また、壊れそうな天使族の中でも選ばれた者が行く場所。
天使族は、心が壊れると消える。事実上の死だ。寿命もあると言えばあるが、数100年は余裕で生きれる。天使が死ぬとしたら寿命か、心が壊れる事だろう。
楽園に行けば、救われると言われている。どのように救われるのか、どう言う場所なのか、それはわからない。
「何故、俺なんですか?」
最初に出た言葉は、質問だった。喜びでも、他の感情でも無い。ただ、純粋な疑問。
「俺より優秀で、そして俺より心に傷を負っている人は沢山います。なのに何故、俺を楽園に?」
「本当に言っているのですか?」
天使族の王、女神様が俺に呆れたような目を向けて来る。
俺も詳しくは知らないが、女神様が楽園へ連れて行くという噂だ。だからだろうか、俺は今ここに呼ばれている。
「それは、どう言う意味でしょうか?」
「そのままの意味です。貴方の心はもう崩壊寸前、いや、かなり崩壊していっています。そして、他の人を楽園に送ったら貴方はこの先も苦しむことになります」
確かにそうだ。ここで提案を受け入れなければ俺はまだここで生きて行くことになる。でも——
「まだ、俺には余裕があります。崩壊しているとは言ってもまだ時間があります」
「貴方はそんな事を言えるような状態ではありません。貴方、もう何も感じないのでしょう? 味覚も、嗅覚も、聴覚も、何も」
女神様の言っている通りだ。俺は何も感じない。楽園に連れて行ってやると言われた時も、何も感じなかった。
「それは、貴方の心が枯れて、壊れて行っている証拠です」
真剣な顔をして、女神様は言う。何故俺にそこまで言ってくださるのかはわからない。でも。
「私以外の人を楽園に連れて行ってあげてください」
「まだ言いますか!」
女神様が声を荒げる。それは、今まで見た事がない、初めて見る姿だった。
「貴方は心優しい天使です! 私や、同じ種族の天使達も貴方に助けられました! 貴方は苦しまなくて良いのです!」
「それでも、俺は行きません。他の人を連れて行ってあげてください。俺は大丈夫なので」
なんと言われようと、俺の覚悟は決まっている。揺るぎはしない。
「貴方の心はもう限界です! 残っているのは3割ほどでしょう?! こら、待ちなさい!」
女神様の声を無視し、その場を離れる。それと同時に、乾いた笑みが出て来た。
女神様は3割と言ったが、もっと少ないだろう。このままだと、あと少しで俺は壊れる。でも、やる事があるから。
「な、小夜。俺は約束したもんな。一緒に人間を見に行こうって」
この選択をした事で、もう俺は助からないだろう。次に楽園が開かれた時、俺はもういない。
あの女神様からの誘いは、俺にとっての最後の光だったのかもしれないな。