『好きじゃないのに』
季節は秋。夏に比べてかなり寒くなって来た。
私、春夏冬小夜はテキトー学園の生徒副会長をしている。
今は生徒会室でプリントの整理をしている所だ。
そして今、生徒会室には我が校の生徒会長にして幼馴染の白夢煌驥が居る。
短髪の黒髪。185ほどある身長、そしてなんと言っても目つきが悪い。睨まれるとかなり怖い。勉強、運動ともにこの学校トップクラスであり、家柄もかなり良いとか。後半は羨ましい。
だが私は煌驥の事が苦手だ。
「こっちをずっと見つめてどうした。不快だからやめてくれ」
そう、これだ。確かに少し見つめていたかもしれないが流石に冷た過ぎると思う。
「見てたのは謝るけど流石にそこまで言う事は無くない?」
「ふん。」
なんだこいつ。本当になんだこいつ。
だけど、私は煌驥の事が嫌いと言う訳ではない。
さっき苦手と言ったのは嘘では無い。でも私は彼の良い所を沢山知っている。
だけど! だ、け、ど! 私は好きと言うわけでも無い。いつも言葉冷たいし。態度ムカつくし。
たまに家にお邪魔して遊んだり、こうやって2人で生徒会の仕事をしたりする。
他の生徒会役員の子達に「一緒に仕事しないの?」と聞いてみたら「いや、あの甘々な空間に入るのは無理です絶対に」と言われてしまった。
甘々? 何が? あの言葉−273度の男との空間が? 片腹どころか両腹痛い。
「おい」
声がした方向を向く。
「何?なんか用?」
「お前の仕事は終わったのか?」
「まだ。あと1時間くらいかな」
「そうか、なら30分で終わるだろう」
はい? この積み重なった紙を見て言ってます?
そう思っていたのだが、煌驥は私の近くに来ると、積み重なった紙の3分の2ほどを持っていく。
「ちょ、ちょっと待って。別に手伝わなくて良いよ。先に帰ってて。」
「何を言っている? 暗くなった外をお前1人で歩かせろと? 無理な話だ。最近は物騒だしな」
そう、こう言う所だ。普段は冷たいのに急に優しくなる。助けて欲しいと思っていると必ず助けてくれる。思わず顔が熱くなってしまう。
「あ、ありがとう」
「礼はいい。手を動かせ。すぐ終わらせて帰るぞ」
「う、うん」
そう会話をし、黙々と作業をしていく。
30分ほど経ったくらいで2人とも仕事が終わった。
「終わったー! ごめんね、手伝わせて。ありがとう。」
「気にするな。早く帰るぞ。」
「う、うん」
鞄を持ち、昇降口で靴を履き替え、帰路につく。
帰路の途中にあるコンビニの近くまで行くと、煌驥の足が止まった。
「どうしたの? 忘れ物?」
「いや、違う。小夜、コンビニに寄らないか? 肉まんでも食べよう。奢るぞ」
「なになに、急に。怖いよ」
「俺がお前と一緒に食べたいだけだ。嫌か?」
「いや、うん。わかった、寄ろう」
なんて心臓に悪い。今顔が赤くなっている自信がある。
そしてコンビニで肉まんを買い、食べながらまた家への道を歩く。
他愛もない話をしていたら家に着いていた。
「じゃあね、煌驥。おやすみ」
「ああ。体調を崩さないようにな。また明日」
そう会話をし、家に入り、自分の部屋に行く。
ほら、良い所もあるでしょ? 冷たいし、たまに怖いけど、優しいし、他人をよく見て、気遣ってくれる。
言っておくけど本当に好きじゃ無いから。本当に。
「彼女とかいるのかなぁ」
いたらどうしよう。なんか泣きたくなってくる。
「いやいや! 何を考えてるの! 別にどうでも良いじゃん!」
好きじゃない、好きじゃない。
そう思っていても、脳に刷り込もうとしていても、煌驥を目で追ってしまう。考えてしまう。
好きじゃないのに、好きじゃないはずなのに。
『二人ぼっち』
私は今まで愛と言う物を感じた事がない。
親達は私を捨てた。どうせその後に離婚しただろう。
ある人に拾われ、その人も私の事をアルバイトなどをさせるなど奴隷の様に扱い、全然家に帰ってこない。
そいつが病気で死に、そいつの親戚をたらい回しにされたがその親戚達もクソだった。
中3になり、来年は高校生になった時も、まだそいつらと居た。
すぐにでもこの家を出たいと思っていた。でも、出来ない。勇気が出ないから。お金も無いし出た後の家もない。
でも一つだけ、たった一つだけ、光があった。
小学校3年生くらいの時の話だ。
私はその時よく家から出て、近所の公園でぼーっとしていた。
そしてその公園にはある少年がいた。私が実の親達と住んでいた時、その時の家の近所にその少年の家があり、よくその近所の公園で見かけていた。
遊んだ訳じゃ無い。話した事は本当に少ししか無い。
でもその少年は純粋で、優しくて、よく笑い、人を笑顔に出来る人だと感じた。
私には少年が眩しく見えた。。凄くキラキラしていて、手が届かない空にある星の様な、そんな風に。
その少年を、近くで見かけた。
多分見間違いでは無かったと思う。隣に居る友達(だと思う)と笑っている顔を見た時、あの時と同じ光が見えたから。
そして、正直私は疲れていた。実の親に捨てられ、ある人に拾われた後ももこき使われ、そいつの親戚にも嫌がらせをされ続け。
だから私は準備して来た。あの時からずっと、この時の為に。そして、少年を手に入れる為に。
丑三つ時と言われる時刻。ある場所まで行き、そこにある家のドアのインターホンを鳴らす。
そして、昔に比べてかなり暗い雰囲気を纏った少年が出て来た。
『はい。なんですか、こんな時間に。』
少年がこの時間に起きてるのも、一回のリビングにあるソファに座ってアニメ鑑賞をしているのも調べてある。警戒心が薄く、ドアを開けてくれるだろうことも読めている。
私は少年を外に引っ張り出す。
『おわっ』
と少年の声がし、ドアを閉めた後に少年の背中をドアにつける。
『な、なんだよ。誰だよあんた。』
『久しぶりだな、少年。……どうしたんだ、そんなにやつれて。昔より雰囲気も暗いし。全く、お前の親は何をしているんだ。』
『もしかして、、、公園のお姉さん?』
『今の言葉だけで気づくか、普通?』
『面影があっただけです。それで、どうしました? こんな時間に? 何かありましたか?』
『今日はお前に提案があって来たんだ』
そう返答した後、私は少年に言う。
『私と一緒に来ないか、少年? 汚れなんて無い、綺麗な、そして私たち二人の理想が叶えられる場所に行こう。』
『は?』
そう間抜けな声が返って来た。まあ想定の範囲内だ。
『意味がわかりません。急すぎます。それにお金は? 住居は? 私たちの理想が叶えられる場所って? 親達にはどう説明するんです?』
『急で悪かったな、抑えきれなかったんだ。まあ落ち着け。前のニつは問題ない。問題は理想が叶えられる場所、そして親への説明だな。すぐ解決するだろう。まず聞くが、提案を受け入れると仮定して、少年は親に説明をしようと思うか?』
『…………』
ここで黙る事も読めている。想定通り更に畳み掛ける事にしよう。
『毎日喧嘩をし、ストレス発散に少年に暴力を振るう。学校では虐められ、かなり苦しいだろう。』
『…………』
『親は助けない。先生も見て見ぬふり。助けを求められる友達や親戚なんていない。もう嫌になりそうなんじゃないか? 親や学校のやつらと話したく無い、そして会いたく無いんじゃないか? それが今のお前の理想なんじゃないか?』
『…………』
少年は何も言わない。いや、何も言えない。だって真実だから。それが現実だから。
『理想の場所と言うのももうわかっただろう。私と来ないか? こんな腐った世界から逃げよう』
『…………本当にお金や場所は大丈夫なんでしょうね?』
『ああ、勿論だ。全て用意してある。場所はお前も気にいるだろう。』
『…………もしもお金足りないとかなったら許しませんよ?』
『ははっ! 私を舐めるな。一生遊んで暮らせるさ。』
『…………そのお金の集め方も、場所の探し方も、お姉さんが頭が良いって事で一旦無理矢理納得しときます。今準備しますので待っててください。』
『ああ、わかった。』
そう言って少年は家に戻る。準備しに戻るのも読めている。
お金を集めるのなんて簡単だ。誰も居ない場所なんて私にかかればすぐ見つけられる。なければ作れば良い。そこに住人が居るのならそこら辺に埋めれば問題は無い。
全て想定通りだ。少年の親や学校のやつらの行動も私が全て操った。少年を孤立させ、私が希望に見えるようにするのも簡単だ。
5分10秒経ち、ドアが開いて少年が出て来た。
『310秒。やはりな』
『数えてたんですか。それに出てくる時間を知っていたかの様な、、、まあ良いです。行きましょうか。』
『ああ、そうしよう』
そう会話し、歩き出す。二人だけで暮らせる、二人の求める理想の場所へと。
『夢が醒める前に』
『う、ん』
目を開けると、見慣れた景色が視界に入った。
もう何回目かもわからない。それくらいここで目覚めた。
またいつも通りの日常だ。なんて変わり映えのない。
『さて、早く準備しないと。』
そう言ってパパっと準備し、外に出る。
外は快晴で、雲一つ無く太陽が輝いていた。
『よし! 今日も頑張ろう!』
ちゃんと今回もやる事をやろう。この夢醒める前に
『胸が高鳴る』
『あの人』を初めてみた時、俺は胸が高鳴った。
俺、煌驥は徒歩で通学している。
俺のいつも登校する時の道には横断歩道がある。
その時に、ある美少女が居る。
名前は知らない。知っているのは顔、性別、あとは……俺とは違う結構偏差値の高い女子校に通っている、と言うくらいか。
あまりにも知っている事が少な過ぎる気がするがまあただバレない様にちょっとだけみてるだけだから良いか。
なんて考えていたら件の横断歩道に着いた。
あの子が居ないな。珍しい。体調不良か?
そんな風にあの子を心配していると、不意に後ろから声をかけられた。
『あの、煌驥さんですか?』
誰だよと思い振り向く。そしたらあの子が居た。
俺が横断歩道でチラチラ見てる美少女。話しかけられるとは思っていなかった。
『あ、はい。そうですけど。』
と返事をするとあの子からよくわからない言葉が来た。
『言いたい事があって。これからよろしくお願いしますね? 仲良くしてください。』
そう言ってあの子は去っていった。
さっきの言葉、どう言う意味だ? これから? 横断歩道で? 意味がわからない。
そして今何時だとスマホを見る。
遅刻寸前だ。走らなければ間に合わない。
『やっべ!! 遅刻する!!』
そう言い本気で走る。このペースなら間に合うはず。
その時の俺は、知らなかった。この後俺の人生は思わぬ未来に進む事を。そして俺が走って行った後に『まずは一歩前進です。ふふ、逃しませんよ、煌驥さん?』と学校に行くと見せかけて近くの電柱に隠れて言っていた事を。
教室に行き、時計を見る。セーフだ。
荷物を自分の席に置き、今朝の事を考える。
まさか話しかけて貰えるとは。凄く嬉しい。
でも1つ疑問が出て来た。
なんであの子は俺の名前を知ってるんだ?
その答えも、なんで俺が電柱に隠れて言っていた事を知ってるのかも、秘密だ。
『不条理』
不条理。
それはこの世界に幾らでもあるだろう。
人間関係や社会、もっと主語を大きくするなら世界や更に上の領域へ行く。
それを完全に根絶する事は出来ない。
生きている以上、不条理は必ず私達の前に立ちはだかる。
悲しい物だ。いつか来るとわかっているのに。一年後、一か月後、もしかしたら明日来るかもしれない。今もこの世界にあるものもある。
なのに私達は不条理を全て完璧に対策する事は難しいだろう。
その不条理がどう言う分野の、どう言う不条理なのか完全に把握する術がないからだ。
個人の事ならもしかしたら何とかなるかもしれない。社会や環境などの大きい主語にしても予測出来る物もあるかもしれない。
だが人間には到底勝てない不条理がある。これからも出て来るだろう。予測出来たとしても対策する事が出来ないかもしれない。
私達はその時を待ち、その全貌が見えた後にその時1人1人が最善だと思う行動をするしか無いのだ。