【通り雨】
男は復讐心で燃えていた
ある女を憎しみ、殺害を目論んでいた
男は雨の中、女の自宅へと向かっていた
コンビニに寄り道し、わざとゆっくり歩いている
その様子はまるで時間稼ぎをしているようだった
そうこうしている内に雨は止んだ
男は歩く速度を早め、女の自宅へ直行した
女の自宅のインターホンを鳴らすと、
女は叫ぶようにこう言った
「また嫌がらせですか?警察呼びますよ!」
男はそれを聞くとフッと笑い、礼をして立ち去った
男は雨が止み、インターホンから自分の顔が
はっきり見えるようになるのを待っていたのだ
男は復讐心で燃えていた
だが、復讐心に愛されてはいなかった
男は復讐心に身も心も委ねる事はできなかったのだ
だが男はそんな自分を十分理解していた
男は復讐心に全てを捧げる事ができるような
選ばれた人間でないことに安心したかったのだ
何者にもなれないその男は、哀れそのものだった
あぁ、堕ちるところまで堕ちることができたら
男にとってどんなに幸せなのだろう
「形の無いもの」
私はマカロニサラダの妖精
何の秀でたものもない、
むしろ全てにおいて不器用な大学生
今日のバイト中、私の腕に蚊がとまった
普段なら容赦なく叩いているが、
今年はあまり蚊を見なかったなーと思い、
そのまま血を吸わせた
夏中、私の周りに姿を見せなかった蚊が、
暑さに負けず、私の血を吸いに来たことに
何故か感動した
自分でもよく分からん
こういう形の無いものの感動を伝えるのは難しい
自分でも具体的に何に感動したのか分からない
バイト中で疲れて頭がおかしかったのかもしれないし
蚊を久しぶりに見て何故か嬉しかったのかもしれない
だけど、その後の痒みも
今日はそんなに嫌だと思わなかった
【ジャングルジム】
幼女の相手は疲れる
この初対面の幼女は強引に私をジャングルジムに誘う
幼女は、とうかと名乗った
「お姉ちゃん早く!あはははは!」
とうかは子供らしく大笑いしていて微笑ましくなった
ジャングルジム、懐かしいな
昔はよく妹と遊んだ
あ、とうか早いなぁ 追い付いてやるぞ
私はいつの間にか、とうかと夢中で遊んでいた
子供の頃のように…
「お姉ちゃん、ありがとう!また遊んでくれて」
とうかはそう言うとスキップしながら帰って行った
また?前にとうかと会ったこと、あったかな?
私は記憶を思い返した。
思い当たるとしたら…彼女は透花なのか?
あの無邪気な笑い声、私のお下がりのワンピース
有り得ないが、思い返せば返す程、彼女は透花だ
12年前、ジャングルジムから落ちて亡くなった妹だ
透花は、ただ私と遊びたくて戻ってきたのだ
でも、透花は知ってたのかな
「私が透花を落としたって知ったら殺されてたかな」
知らなかったんだろうな
キーーーッ
「そこのあんた!危ない!!」
___あ、
【秋恋】
彼女は困っていた。
その原因は彼女の親友の舞香が教師に
裏門でキスをされているのを見たことである。
舞香は何も相談をして来なかった為、
次第に心配になり彼女は教師に直接聞くことにした。
秋に入り、教室は受験モード一色でピリついている中
彼女は違う意味でピリ付き、教師を睨み付けていた。
「先生、舞香とどういう関係なんですか?私、見たんですから。皆にバラしてやります。」
彼女は精一杯睨みながらそう聞いた。
教師はというと、黙り込んでひとつ大きな溜息をつき
「頼むから、それだけは辞めてくれ。お願いだ。これはあいつの為でもある。詳しくは後でちゃんと話すから。この通りだ。」
と、頭を下げて頼み込んで来たのだ。
彼女は怒りながらも「分かった」と返事した。
だが、彼女はクラスの人にそのことを漏らしたのだ。
結果、噂は直ぐに広まったがそれは事実でなかった。
事実は、舞香が教師にキスをしたのだった。
舞香は自白し、学校中から白い目で見られ始めた。
そして、舞香は彼女を避けるようになってしまった。
舞香は本気で教師が好きだったのだ。
そして教師は舞香を教師として守ろうとしたのだ。
舞香の恋はこんな形で終わった。そして、
彼女はこんな筈じゃ無かったと涙を流した。
彼女はただ、舞香を教師から守りたかった。
もし堕ちるなら、2人で堕ちたかった。
卒業まで半年を切る中、
もう1つの恋はこんな形で終わった。
【時間よ止まれ】
亡くなった弟は、人知れず恋をしていた
弟の日記にはあるひとへの溢れ出す愛しく苦しい
気持ちが弟のミミズのような字で表されていた
そんな恋心ばかりの日記の中に気になる文があった
おそらく、暗号文である
「もう長くないようだ 日に日に悪化する症状、
ちを吐くこともあった 辛くて仕方ない
らいげつまで生きられるかどうかも分からない」
実に、同情を誘う暗号文だが、僕は笑った
弟はなんて馬鹿なのだろう 僕が解けない訳が無い
不自然な平仮名の各行の1文字目をひらがな表で考え、
その対になる文字、例えば「あ」なら「わ」
この文章では「とみか」
僕が2年前、騙すように弟から奪った僕の婚約者だ
弟よ、恨むなよ
両親から愛され、才能に溢れたお前がずっとずっと
どうしようもなく妬ましかった お前の出番はもうない
僕はニヤリと笑い、 ページを捲った
その瞬間、僕は全身の血の気が引くのを感じた
「もう遅いかな?ごめんなさい
とわに貴方に着いて行く
ひとりにしないで」
つまり、「共に」
とみかの字だ
…!「共に」という事はまさか!
僕は日記を投げ捨て走り出した
時間よ止まってくれ!とみかだけは、どうか!
弟は僕と彼女が暗号を解けることも分かって
僕への今までの報いとして最後に復讐をしかけたのだ
神よ!弟よ!どうか僕を許してくれ!
僕は弟と違って、とみか以外何も無いんだ!