【カーテン】
子供達にお化け屋敷と呼ばれている家があった
その家は汚れてくすんでおり、木々が生い茂っていた
カーテンはいつも閉められていて誰が住んでいるのか
知る者はいなかった
茉莉はいつもその家を通って出勤していた
ある日、茉莉はあることに気付いた
カーテンの隙間から誰かが茉莉を覗いているのだ
茉莉は恐怖で固まり、動けなくなった
すると窓が開き、中から青白い男の顔が出てきた
「いつもここを通ってますよね。この場所でずっと見ていたんです。気づいてくれて嬉しいなぁ。」
男は照れたよう笑いながら、窓を潜って出てきた。
男は悪びれる様子もなく、茉莉を家に招こうとした
だが、危険を感じた茉莉は逃げ出そうとした
すると男は豹変した
男は細く弱々しい体から出るものとは思えない力で
茉莉の腕を掴み、家に引きずり込んだのだ
茉莉は暴れるように抵抗し、逃げようとした
しかし、努力も虚しく彼女は部屋に閉じ込められ、
その生涯を終えるまで部屋から出ることは無かった
男は茉莉を愛し続けた
茉莉はいつしか男に依存するようになっていた
結局茉莉は最初から最期まで男の思い通りだった
最も男は、茉莉がカーテンの隙間から
密かに助けを求めていたことは知らなかったが…
【力を込めて】
もう書く力も湧かんが私の人生をここに残そう
何度も悪事を働いた私は生涯孤独で当然だ
だが、懺悔の為に私の罪を認める必要があるのだ
今から私の罪を端的に言っていこう
1.私という極悪な思考の人間が生まれたこと
2.心優しき友を辱め、自殺に追い込んだこと
3.社会を呪い、革命家になったつもりでいたこと
4.人の思想を自分の考えた思想のように振舞ったこと
5.ある女が私を好きになるよう誘惑し、洗脳したこと
6.その女に身体的、精神的暴力を振るい続けたこと
7.娘を見えない牢獄に意図的に閉じ込め続けたこと
8.懐かしき友人への復讐を見事にやり遂げだこと
9.殺人を犯し、孤独の道を選んだこと
10.それらの一切の罪が誰からも裁かれていないこと
10つも書いたら腕がもう疲れてきた
しかし、私はこれだけは書かねばならない
最後の腕の力を込めようではないか
私は報復から、罰から逃れ続けてきた
何故急に懺悔など書き出したかというと、地獄が怖い
それだけの理由で逃れてきた罪を吐いてしまうのだ
諸君らは笑うかい?蔑むかい?
だが、諸君らも罪から逃げていないと言えるのかい?
本当にかい?
諸君らとまだまだ語りたいが、もう腕の力が限界だ
【踊りませんか?】
恋とは、愛とは、そんな抽象的な事はどうでもいい
恋も愛も見えないし、皆が同じ気持ちで定義なのか
証明しようがないのに同じだと勘違いしてしまう
彼はそっと私の手を取り、
「私と踊りませんか?」
と言い、端正な顔でこちらを見ている
恋に関して冷静で、盲目的では無いつもりなのに
彼を前にすると盲目的なのかもしれないと考える
私は彼の手を握り返し、彼に身を任せた
それは、楽しくて熱くて夢のような時間だった
私は勇気を出して彼をそっと抱き締めた
彼にも抱き締めて欲しかったし夢を見せて欲しかった
だが、彼は私を抱き締めはしなかった
端正な顔を歪め、冷たい目でこちらを見ていた
彼は私に恋を囁き、愛を誓って共に踊ってくれた
だから彼の私に対する恋を、愛を、私と同じ物だと
勘違いし、自分と同じ愛を求めていた
彼はただ恋や愛に踊るような楽しさを求めていた
全てを受け入れて抱き締め合う愛というものを
彼は求めていなかったのだ
そうなると、誰かと分かり合うのは
本来は不可能なのではないだろうか
自分そのままを受け入れられる関係なんて
どちらかを曲げないと生まれないのではないだろうか
だけど本当は誰かに自分の全てを愛して欲しいな
【たそがれ】
娘は欲の無い健気な少女でした
物欲も無く、出された物を文句も言わず素直に食べ、
私の言うことに従う本当に良い子でした
しかし、14の頃でしょうか
娘は色気づいて炭水化物を減らしたいと言い出し、
美容院に行きたい、流行りの音楽を聞きたい、と
日に日にわがままで汚い娘になっていきました
もちろん、私の教育が悪かったことは分かっています
ですから、私は娘の再教育を試みました
勉学にも専念して欲しいですが、
男と会う環境は悪なので、中学を数ヶ月休ませ、
スマホは没収して部屋に閉じ込め、
食事の有難みを教えようと食事を与えませんでした
最初はスマホを返せと反抗していた娘ですが、
数日で食事を必死にせがむようになりました
欲を剥き出しにする娘に嫌気が差しましたが
親として真剣に娘に向き合い続けました
1ヶ月も経たない内には娘は瞬きもせずに
たそがれ始めました
欲を忘れ、たそがれる娘に私は安心しました
娘はきっと私に感謝し、親孝行してくれるでしょう
【通り雨】
男は復讐心で燃えていた
ある女を憎しみ、殺害を目論んでいた
男は雨の中、女の自宅へと向かっていた
コンビニに寄り道し、わざとゆっくり歩いている
その様子はまるで時間稼ぎをしているようだった
そうこうしている内に雨は止んだ
男は歩く速度を早め、女の自宅へ直行した
女の自宅のインターホンを鳴らすと、
女は叫ぶようにこう言った
「また嫌がらせですか?警察呼びますよ!」
男はそれを聞くとフッと笑い、礼をして立ち去った
男は雨が止み、インターホンから自分の顔が
はっきり見えるようになるのを待っていたのだ
男は復讐心で燃えていた
だが、復讐心に愛されてはいなかった
男は復讐心に身も心も委ねる事はできなかったのだ
だが男はそんな自分を十分理解していた
男は復讐心に全てを捧げる事ができるような
選ばれた人間でないことに安心したかったのだ
何者にもなれないその男は、哀れそのものだった
あぁ、堕ちるところまで堕ちることができたら
男にとってどんなに幸せなのだろう