【夜明け前】
今日もまた、眠れない。
僕は夢遊病でいつも人を傷つけ迷惑をかけてしまう。
それがきっかけで眠る事が怖くて怖くて、
眠るという事が難しくなってしまった。
だが、その日はいつの間にか眠ってしまっていた。
そして夜明け前、僕は目が覚めた。
僕は眠れたことに安堵を覚えた。
だが、それも一瞬だった。何故なら、
右手に、血の付着した出刃包丁が握られていたから。
隣には、母の遺体。
夢なら幸せなのに。どうか数時間前に戻してくれ。
頭の中の整理がつかず、1人で部屋をくるくる回り
必死に考えていた。僕はこの瞬間から人殺しなんだ。
だが、この時の僕は知らなかった。
全てが母の手の内ということを。
これを愛と呼ぶべきか、僕への執着と呼ぶべきか。
僕は永遠に母に囚われ生きるしかないんだ。
【カレンダー】
_死は生の逆じゃない。延長線なんだ。
故に、死に意味を求めるな。
「幼馴染の英智のそんな考えに僕は励まされました。
僕達は数年前、一人の女性を巡り絶縁したのです。
その女性が亡くなった英知の妻、ソラでした。
ソラの死を機に僕達は時々会うようになりました。
英知の部屋のカレンダーにはソラとの予定や記念日、
写真が貼られていて、本当に胸が痛みました。
ソラは、英知を選んで幸せだったということに。
はい。それが動機です。2人を許せなかったんです。」
僕は絶対に許さない。
英知を殴って、殴って、殴ってやりたい。
だけど、2人には愛する子がいる。だから、
僕が英知の受ける罰もついでに受けてやる。
英知にソラを託したのは間違いだったけど、
間違いでもソラは幸せだったんだよ。
僕はカレンダーから剥がした2人の写真を握りしめた。
【胸の鼓動】
絵里ちゃんは打ち明けてくれた。
養子である自分に何も言わず医療費を出してくれる
家族に感謝している、と。
だけど絵里ちゃんはいつも家族に申し訳なさそうだ。
そんな絵里ちゃんは死神の僕にも優しい。
僕を友達だと言ってくれた。微笑んでくれた。
だから、
残された時間を出来るだけ幸せにしてやりたかった。
だけど現実は残酷だった。
病院に立てこもった男の囮として
家族は絵里ちゃんを見殺した。
更には彼女の死を悲しむ善良な家族を装った。
優しい彼女の最期を見守ったのは死神の僕だけだ。
彼女の胸の鼓動が沈む時、
無いはずの僕の胸の鼓動がふつふつと昇る気がした。
【踊るように】
その女は踊るように交差点を駆け回っていた
青白い顔で、目を開いて笑いながら…
僕はどうしようもなく女が気になり話しかけてみた
「君!何故そんなに楽しそうなんだ?」
女は目を細め、汗を垂らしながら語り始めた
「私の方が上なのに!あの子が私より先に結婚なんて
許せないから結婚式めちゃくちゃにしてやったの!」
女は興奮のあまり、その後は意味不明な言葉を
発するだけで詳細は聞くことが出来なかった
しかし、これだけは分かる
女は見落としている
「君はえらく自分本位な生き物なんだね。
だけど、こうは思はないかい?その女性、
自分を見下して来た人をわざわざ結婚式に呼ぶかな?
ちゃんと女性の顔は確認したの?」
それを聞くと女は、一瞬驚いた顔をした
すると今度は僕の周りを行ったり来たりして、
遂には大きな声で泣き出し始めた
「君、落ち着いた方がいいよ。その様子だと、
結婚はもちろん、君に幸せなんて来ないよ。」
僕はそう言うと青白い顔で目を開いて笑いながら
踊るように去っていった
【時を告げる】
私は時計と話せる、いわゆる変わり者だ
今日、時計の友達を何処かに落としてしまった
私は鼻の下に汗の水滴を貯め、1時間程探していた
安い時計に時間と労力をかけるなんてバカだと
分かっているが、私はこの時計に固執していた
だが、あまりの暑さに私は疲れ果てたその時、
母から電話がかかってきた
「時計、家だよ。どうせ今まで探してたんでしょ?」
そうだよ…あぁ、良かった…だけど、
だけど、それ以上に、複雑な気持ちがあると気付いた
「持っていこうか?」
優しい母はそう言ってくれた でも、
「もういいや。今ならまだバイト間に合うし」
当たり前だけど電話越しの母は心底驚いていた
だけど、
本当はもうずっとこうしたかったんだ
多分私は、いつの間にか大人になってしまってたんだ
時計の友達に、別れの時を告げよう
それと、本当は君の声なんて聞こえないんだ