俺が主人公の物語があるとするのなら既にバットエンドで締められているだろう。
あかり――学年一の美少女に監禁されて早一か月が経とうとしていた。
この一か月は思い出したくもない悪夢のようだった。
手首には常に手錠が掛けられていて自由がなく、身の回りの生活全て奴にされることになった。
食事はともかく排泄までも。
赤の他人に身体の隅々まで見られる羞恥を知らないだろ?
この一か月で自尊心をことごとく折られ最近まで命を絶とうか真面目に考えた。
だが、今日ようやく希望の光が差した。
奴が熱中症で寝込んでいるのだ。
今もベッドの上でうなされながら眠っている。
いつも、俺を強く抱きしめて寝ているのだが俺がベッドから離れても起きない。
今日、今、この瞬間。
ここしかないと断言できる。
俺は今から脱獄をする。
―――――――――――――――――――――――――――
脱獄と言っても普通の部屋で檻があるわけではない。
本当にただのマンションの一室。
部屋のあらゆるところに監視カメラがあることを除けば。
このカメラは常時やつのスマホから見ることができる。
そのため今まで脱獄できなかったんだ。
ちなみに脱獄がバレれば手錠から電流らしい。
だが、やつは寝込んでいてカメラを見れない。
つまり電流の心配もない。
はあ、長かった。
さよなら、あかりちゃん。
俺は物音を立てないように、されど急ぎ足で玄関まで足を運ぶ。
難なく玄関まで辿り着けた。
家に帰ったら、親になんて言おう。
全力で頼んで遠くに引っ越してもらおう。
ダメなら俺だけでも遠くに逃げよう。
思いのほか呆気なさを感じながら俺はドアノブに手をかけた。
「――――――――ゆうくんっ」
「ッッッ!?!?!?」
悲鳴を必死に抑えた俺を褒めてほしい。
やつにバレた。わけでもなく悪夢にうなされているらしい。
今のは寝言だ。静かな家の中だから玄関まで響いたんだ。
「……こんなことしてごめんね?嫌いにならないで?優君に嫌われたら私生きていけない。大好き。大好きだからずっと一緒にいて?私のそばからいなくならないで……」
「あかりちゃんをそうさせてしまった原因は俺にもあるのかもね。あの日、安易に話しかけるべきじゃなかった。そうすればあかりちゃんも俺なんかに依存しなくてすんだのに。……今更言っても仕方ないか。さよなら」
―――――――――――――――――――――――――――
バッドエンドを迎えたと思っていたけれど、実はそうでもなかったらしい。
あのあと、吐きそうになりながらも家へ駆け、両親へ今までのことを説明した。
ひさしぶりに会った一人息子は手錠をつけた変態と化していた。そのときの親の顔は今でも忘れない。嬉しさと戸惑いが混じった顔だった。
が、俺の必死な表情にだんたんと親の顔にも必死さが移っていった。
すぐに俺を車で片道六時間の親戚の家へ送ってくれた。
そして現在――
「らっしゃっせー」
夜勤のコンビニバイトをしていた。
今は地元から遠く離れたとこの大学に通っている。
二年生の夏休み真っ最中だ。
あのときの自分では想像できないほどの幸せの日々だ。
友達と夜遅くまで遊んだり、旅行したり。
それから、彼女ができたり。
あのとき勇気を持って逃げ出して良かった。
俺が主人公の物語はバッドエンドかと思いきやハッピーエンドだったみたいだ。
なんて、深夜のため暇すぎて回想に入っていたが、一時間ぶりにお客さんが来た。
「らっしゃ――――――――――ぇ?」
瞳孔が開く、血走る。口が急速に乾いて、手足の先が小刻みに震えだす。鼓動がだんだんだんだんと速くなり飛び出さんと勢いよく叩き付ける。
「ごめんね」
【夢が醒める前に】
※少し前に前編的なのあるんで気になっていただければぜひ読んでみてください。一番下までスクロールして頂いたら出てきます。
「もうすぐでクリスマスだね」
「そうだな」
はあ、と息を吐けば白く色づく。
街なんかは明るく照らされ浮かれている。
だというのに隣を歩く少女は憂欝な表情を浮かべていた。
「ねえ……いやごめん、何でもない」
なんだろう。やっぱり変だ。いつもおどおどしてはいるが、それでもちゃんと口にはしてた。
「どうしたんだ?」
仕方がないから俺が聞くことに。
すると彼女はだいぶ躊躇った末に口を開いた。
「……怜はクリスマス予定ある?」
まさかのお誘いだった。
予想外なことすぎて驚きが隠せない。表にはきっと出ていないだろうけど。
というのも、俺は感情を表す機能を忘れてしまっている。
隣の奴のせいでな。ま、恨んではない。この件についてはもうとっくの前に解決した。
ただコイツが未だに罪悪感を持ち続けているだけ。
んで、まあそんな彼女からクリスマスデートのお誘いを受けたわけだが、どういうつもりだろう。
コイツが俺に恋心を抱いてるなんてことはない。
なら、おそらく同情。
クリぼっちの俺を憐れんで、そして罪悪感を晴らすため。
ま、そんなとこか。
「ごめん。その日はもう予定があるんだ」
これは本当だった。その日はすでにデートの約束が入っていた。
仮にそれが入っていなければ彼女の誘いに乗っていただろう。
「……え、だ、だれ?」
彼女にとってそれは予想外だったのか目を丸くしていた。
「関係あるか?」
「……っ、ご、ごめんなさい。関係ないです」
……別にそういうつもりで言ったんじゃないんだけどな。こういうときは感情を表に出せなくて困る。
こうして微妙な空気のなか俺と彼女は帰路についた。
俺と彼女の関係。
元・いじめられっ子と元・いじめっ子。
今は分からない。
お互い高校一年生。
俺は、誰もいないとこを選んだつもりだったが同じ教室に彼女がいた。
彼女も驚いていたから追いかけて来たわけではなさそう。
彼女と偶然の再会を果たしてから話すまではすぐだった。
俺と彼女は教室で浮いていた。
みんなが誰かしらと仲良くする中、お互い誰とも接しようとせずボッチだったから。
そして、同じ地元のため帰り道が同じで帰りが一緒になることが多かったから。
俺たちは次第に一緒に帰るようになった。
彼女のことは許した。恨んでもないし嫌いでもない。好きでもないが。
だから友達ではない。いわば隣人。
それ以上もそれ以下でもない。
―――――――――――――――――――――――――――
クリスマス当日。
「ごめんなさい!お待たせしました!」
待ち合わせ場所に予定より少し遅れて走ってきたのは今日俺をデートに誘った張本人。
長い黒髪をハーフアップに結び薄くお化粧し、さらにおしゃれまでしてきた彼女はそこら辺を歩く男の視線を集めていた。
「いえ、俺もちょうど着いたとこです」
その言葉に少し安心して、彼女は優しく微笑んだ。
「行こっか」
「はい」
こうして、静かに俺と先輩とのデートは始まった。
―――――――――――――――――――――――――――
夕食を終えてイルミネーションを一通り見れば解散の時間。
「今日はありがとう。楽しかった」
この時間ですっかり緊張がほぐれたようで綺麗な笑顔を見せてくれる先輩。
「こちらこそありがとうございます。とても楽しかったです」
「本当かな?怜くんずっと表情変わらないから楽しくないのかと。でも楽しんでくれたのならよかった」
ほっとした表情をする先輩に俺もほっとする。
誤解は生んでなさそうだ。
「ね、よかったらさ、またデートしてくれる?」
ドキッとした。
「お、俺なんかでよければまた」
「あ、いま絶対照れてるでしょ~」
先輩にニヤニヤされながら指摘される。
今度は違う意味でドキッとした。
感情が表に出た?
い、いやそんなまさか。
で、でももしそうだとすれば……っ
俺は面白おかしく、そんなことないですよ!やめてくださいよー、と言った。
「そんなことないですよ。やめてくださいよ」
「あ……う、うん、ご、ごめんね?」
「…………」
「……あ、じゃ、じゃあ私もう帰るね!今日は楽しかったよ、またね!」
「は、はい。お気をつけて」
少しだけ微妙な空気になってデートは終わった。
俺は独りになってもその場に立ち尽くしたままだった。
―――――――――――――――――――――――――――
なにを、してんだろ。
私にそんな資格はない。
彼から表情を奪ったのは私。
そんな私が一丁前に涙を流していいわけがない。
ほんとなにしてんだろ。
勝手にデート尾行して、良い感じの雰囲気に嫉妬して涙しそうになった。
そしていまは、私が表情を奪ったせいで最悪な形でデートが終わりその罪悪感に涙しそうになっている。
やめて。引っ込んでっ。
一番涙をしたいのは、怜だろ!
さっき彼は期待してた。表情が出せるんじゃないかって。
でも、結局あんなかんじになっちゃった。
全部私のせい。
命絶つことで彼の表情が戻るのなら喜んでナイフを自分の胸に突き立てる。
でも、私は許されてしまった。
その事実が罪悪感をさらに大きくする。
ねえ、私の顔はなんでまだ泣きそうになってるの?
怜にあげてよ。
泣きたくても泣けずに苦しんでる彼に。
【泣かないよ】
本が好きだ。
読めば心が落ち着く。
だから、いつも放課後図書室に足を運ぶ。
ひとりしかいない図書室に俺のページをめくる音だけが響く。
放課後に図書室に来る人など皆無。故に俺はこの場所を気に入っていた。
どれほど時間が経っただろう。
気づけば明るかった空はすっかり赤く染まっていた。
本を閉じて鞄にしまう。
———ペラ……ペラ……
ここでようやく気付いた。
図書室にいたのが俺だけじゃなかったことに。
夕陽のせいか赤みがかかる黒髪を肩に触れる高さで切り揃えた少女だった。
知的に見えるのはその眼鏡のせいか、伸ばした背筋のせいか。その両方だろう。
まあ、ここは俺だけの場所ではない。
だけど。俺だけの部屋だと思ってた場所に第三者が来るのは思っていた以上に苦痛に感じた。
さて、もう帰ろう。
最後にチラッと一瞥する。
と、目が釘付けにされた。
どうしても離せなかった。
「なんですか?」
俺の視線に気づいた少女が顔を上げて不快に染めた。
そりぁ見ず知らずの人にまじまじと見られればそんな顔にもなるだろう。
だが、注視した理由はちゃんとある。
「あ、あの……本が逆さに」
そう。彼女の読んでる本が上下逆だったのだ。
これまたベタな、と思った? 俺もだ。
俺の言葉を聞いた彼女は訝し気に自分の持つ本を見る。
すると、みるみるうちに顔が赤くなっていき、
「こ、これは……っ、み、見て!中はちゃんとした向きだから!」
酷く取り乱しながら俺に本の中身を見せてくる。
「たしかに……」
なんで表紙だけ……
そんな疑問は心の中に留めた。
「……あっ」
彼女はようやく思い出したようだ。
俺たちが他人だと言うことを。
「ご、ごめんなさい」
彼女はそう言って平静を繕って席に戻った。
表情は先ほどと同じく知的だったが、耳が夕陽でも誤魔化せないほどにも赤くその内心は容易く想像できた。
――――――――――――――――
あれから一か月が過ぎた。
彼女はあれからもずっと図書室に通っていた。
そのため、彼女とは次第に仲良くなったりしなかった。
――ペラ……ペラ……
お互い無言で本を読むだけ。
たまにおすすめの本を紹介したり、されたり。
そして感想を簡潔に述べたり。
それ以上のコミュニケーションは一切なかった。
が、そんなもんでよかった。それが心地よかった。
俺は彼女のことを何も知らない。名前さえも。
なんてこともなかった。
彼女はちと有名すぎた。
同じ二年生で学年一位の頭脳を持っている秀才でありながら、クラスメイトに虐められていた。
そういう名前の子がいたのは知っていたがまさか彼女とは思わなかった。
だが、知ったからと言って何も変わらない。
これ以上探りをいれたりしない。どうせ俺には何もできないし、彼女もそれを望んでいない。
今日も俺はただ本を読むだけ。
――――――――――――――――
いっとき。と、言っても3日だが図書室に行けなかった。
久しぶりの図書室は何も変わっていなかった。
いや、ひとつだけ変わったところがあった。
そこに彼女の姿はなかった。
変わったというより戻っただな。
俺は気にせず本を開く。
ちょうどその時だった。
「やってくれましたね」
背後から声がかかる。
この声は彼女のものだ。
いきなり喧嘩腰か。
俺が何をしたと。
しかし、俺が口を開く隙を与える間もなく彼女は答え合わせをする。
俺の目の前の席に腰かけて。
「主犯の子が教えてくれました。身体の大きく目つきが悪い人に『くだらないことはやめろ』そう言われたことを」
「お節介な人もいたもんですね」
「誤魔化さないで!どうして助けてくれたんですか?」
彼女の眼には困惑が浮かんでいた。
俺はひとつ溜息を吐く。
「人違いです。だからその人が助けた理由なんてわかりません。ただ助けた理由なんて案外しょうもないかもですよ?例えば、ちょっとずつ知っていく中で見て見ぬフリができなくなったとか」
あくまで例えば、ですがと付け加えた。
すると彼女は諦めたように笑った。
「……ありがとうございます」
「……だから俺に言っても……」
「さて、あなたは『ちょっとずつ知っていく中で』と言いましたね?」
「はあ、まあ例えばですけど」
「でも私はあなたのこと何もしりません。せいぜい名前と、身体が大きく目つきが鋭く、故にみんなから恐れられている。そのくらいです」
「充分でしょ。俺もあなたのことそのくらいしか知りません」
俺たちは友達ではないのだからそのくらいの理解度で問題ないだろう。
「なら、知ってください。いろいろ教えます。それから、いろいろ教えてください」
「……どうしてですか?」
「友達になりましょう」
俺に?友達?
ありえない。
でも、彼女の瞳はまっすぐ俺を見つめ返してた。
「……」
心にずっと前に忘れたと思っていた感情が浮かんだ。
期待、か。
「まあ、そうですね。自己紹介から始めましょうか」
俺の言葉に彼女は笑みを浮かべた。
「はい。あなたのこともっと知りたいです」
吐いた息が白に染まる。
「……冬だ」
また、あの日が来る……といいな。
俺は一人学校へ向かう。
◇◇◇
しばらく経ったある日、登校しようと思った時ふとインターホンが音を鳴らす。
俺は誰かも確認せずに扉を開けた。
開けると近くの女子高の制服を身に包む女性がこちらを見つめていた。
真っ直ぐ下ろす黒髪が風に揺れる。大きな瞳に吸い込まれる。
美しい。同い年の異性にそう思ってしまった。
「おはよ。寒いね」
事前に連絡があった訳ではない。
でも驚きは少なかった。
彼女は幼馴染だから。彼女は毎年冬になると俺の傍にやって来る。
理由は温かいから。
単なるストーブ代わり。でも、嬉しかった。
俺は彼女が好きだから。
「おはよう。寒いな」
俺たちは他愛の無い話をしながら学校へ向かった。
「じゃあ、また放課後ここでな」
「うん、ありがとね」
幼馴染を学校まで送り俺も学校へ向かった。
◇◇◇
放課後、自宅のリビングの炬燵で彼女と勉強を始める。
「ここ教えてくれー」
「あーそこね。そこはねぇ……」
彼女の顔が近づく。
俺は思わず見惚れていた。彼女の声は音楽のメロディーだけが入ってくるようで、歌詞は入ってこない。
ふと昔のことを思い出す。
小学校までは何をするにも一緒だった。彼女のことは一番大切な親友だと思っていた。
中学校に入ってすぐ、それが恋心だと知った。気恥ずかしくなった俺は彼女を避けてしまった。何も言わずに。
彼女は何も聞いてくれなかった。
次第に距離が遠のくばかり。苦しかったが、自分の本心を伝えて拒絶されるのが怖くて逃げた。
更に距離が遠のく出来事が起こった。
彼女が告白された。
彼女は誰よりも可愛くて何でもできて優しい。
モテないはずが無かった。
対して俺は全てが平凡だった。
釣り合わない。
俺は諦めたかった。無理だった。
彼女への恋心は強く根付いてしまっていた。
でも、忘れたいから友達とバカやって我武者羅に楽しんだ。
秋が終わる頃には、恋心はだいぶ心の奥まで沈んでいた。
だが、冬に突然前触れもなく彼女は俺の家の前にやって来た。
「……寒い。一緒に学校に行ってもいい?」
恋心が再び熱を持ってしまう。
俺はイケナイと知りながら、「いいよ」と頷いてしまった。
彼女が俺と一緒にいるのは俺が温かいから。
そう直接言われて理解した。なのに、それ以外の理由を期待している俺が嫌になる。
俺は、彼女と一緒に居られる冬が好きだけど嫌いだ。
コツン、と右肩に何かが乗る。
彼女の頭だった。
穏やかな寝息を立てていた。
「バカ、炬燵で寝たら風邪引くぞ」
俺は近くからブランケットを手繰り寄せ彼女の胸に掛けた。
口角が少し上がった。
「……はあ、俺がその気だったら危なかったぞ?」
両親はまだ帰ってこない。二人きり。
まあ、何もしないが。
こんな関係、彼女に恋人が……いや、好きな人が出来た瞬間に消滅する。
来年、明日にはなくなるかもしれない。それを態々自分の手で壊したくなかった。
ズキッ
「情けねぇな」
彼女が他の女になると思っただけで痛い。
なのに、俺は今を変えることを恐れてしまっている。
ああ、いっそフってくれねぇかな。
そんな最低な願いさえ浮かんでくる。
「悠人、あそぼうよ……」
「え?」
突然名前を呼ばれ驚き彼女の顔を見る。
彼女は眠っていた。寝言のようだ。
だけど、寂しげな表情をしていた。
そうさせたのは、きっと俺。
もしかして、俺が距離を取ってしまって悲しかった?
……そりゃそうか。親友だったからな。
「好きだよ、凛」
俺は寝ている彼女の耳元にそう告げる。
どうして今更伝えようと思ったのか分からない。でも、彼女の表情を見て伝えないと、伝えたいと思ってしまった。
心臓がバクバクする。
今はこれが限界。
されど、大きな一歩だって自分を称賛する。
「春が来る前にちゃんと言うから」
◇◇◇
冬が好きだ。
だって彼に触れ合えるから。
中学に上がって疎遠になった。異性だから仕方ないことなのは分かっていた。
でも、寂しかった。
あまり感情を出さない私と一番仲良くしてくれた彼は大切な親友だったから。
彼と出会ってから初めて独りで過ごす冬は寒かった。
どれだけ暖かくしても温まらなかった。
拒絶されるかもと怯えながらも、彼の家の前に立った。
玄関から出てきた彼は私を見て驚いていた。
「……寒い。一緒に学校行ってもいい?」
彼は更に驚きながらも了承してくれた。
そして、彼の隣はとても温かかった。
そっか。寒かったのは身体じゃなくて心だったんだ。
私は冬が好き。
彼と触れ合えるから。
『春が来る前にちゃんと言うから』
目が覚めると彼はそう言っていた。
何のことかは全然分からないけど不安はない。彼が穏やかな笑みを浮かべていたから。
その日が来るのを楽しみに待とう。
……でもそれが終わったら春が来る。
いつも考える。冬だけじゃなくて毎日一緒に居たい、と。
彼に言おうとするたびに心臓が痛くなる。
そして、その時だけ全身が焼けるように熱くなる。
この気持ちは一体何なの?
【冬は一緒】
最近少し……いや、かなりおかしいんだ。
「ちょ、ちょっとお兄、なにジロジロ見てんのっ!? キモいんだけどっ」
風呂上がりでラフな恰好の妹を無意識に目で追っていたら、顔を赤くして怒鳴られてしまう。まあ、当たり前だが、言葉がやけに強い。
つい最近までは俺を慕ってくれていたのだが、今では見る影も無い。
「あ、ご、ごめ……って、み、見てねえよ!!」
素直に謝ったら見ていたことを肯定することになってしまう。実際見てたんだが認めるのは癪だ。
だから、俺も強く言い返してしまった。
「ふ、ふんっ、どうだか、この変態!」
妹は顔を背けてリビングから出ていった。
「アンタたち最近仲悪いねえ」
母さんがため息混じりに苦言を呈するが俺の耳には入ってこない。
最近の俺はかなりおかしい。
一つ下の実の妹がやけに可愛く見えるんだ。家族としてでは無く、異性として。
妹が変わってしまった原因は、俺のそんな変化に勘付いたからだろう。
「どうしちまったんだよ……」
最近では、妹と会話どころか目を合わせてすらいない。
俺は一人頭を抱えた。
◇◇◇
変だ! 絶対に変だ!!
お風呂上がりに部屋に戻った私はベッドの上で足をバタバタさせる。
胸のドキドキを誤魔化すために。
お風呂上がりにリビングでお兄とたまたま目が合った。
すると、不意に無防備な自分の恰好が途端に恥ずかしくなってしまいお兄に怒鳴ってしまった。
お兄は私に反発した。言いがかりも良いところなんだから当然だ。
私はそのまま部屋に戻り、今の状況に至る。
最近の私は変だ。
お兄がカッコよく見える。異性として。
その変化を自覚してからお兄に強く当たるようになってしまった。
「どうしちゃったの、私……」
◇◇◇
ある日、 突然家族会議が開かれた。
母さんと父さんが並んで座り、向かい合うように俺と妹が座る。
珍しく真面目な顔をしている両親に俺と妹にも緊張が走る。
「あなた達ももう高校生になったことだし伝えようと思うの」
最初に母さん口を開く。
「あー、そのな? とりとめもない話なんだがな? お前たち実は血が繋がってないんだ」
続けて父さんが頭をさすりながら言う。
「……は?」
「……え?」
俺と妹の唖然とした声がリビングに響いた。
それからの内容を要約する。
俺が5歳の時、妹が4歳の時に子持ちだった二人は再婚した。
とりあえずこれからも家族仲良く暮らしましょう、とのことだ。
父さんと母さんが二人の時間が必要だと言うことで、二人がリビングから去る。
取り残される俺と妹。
沈黙。静寂の空気が流れていた。
それに反して俺の心臓は激しい音を鳴らしていた。
全身穴という穴から冷や汗が噴き出る。
思考が上手く纏まらない。
お、俺がい、妹のことを可愛いと思っていたのは……っ
ヤッバい!!!
俺は咄嗟に頭を振るう。
一瞬考えてしまった有り得ない妄想を振り払うために。
「な、なあ?」
この空気を変えるために俺は軽い口調で妹に話しかけた。
「……っ、な、なによっ」
妹の肩がビクッと震えるも気丈に睨み返してきた。
何故か妹の顔が赤いが理由は分からないので無視をする。
それよりも、妹と久しぶりに目を合わせたせいか緊張で心臓が更に激しく暴れ回る。
会話の内容を全く考えていなかったため、何も言葉が出ずに見つめ合う。
マズイ! 何がとは言わないがこの雰囲気は非常にマズイ。
俺は無理やり言葉を捻り出す。
「い、いや、きゅ、急に血が繋がってないって言われてもなあ? べ、別にな、何も変わらないよな? あ、あはは……」
乾いた笑みが虚しく木霊する。
「と、当然よ! い、今まで通り私とお兄は兄妹! そ、それ以外何があるの!?」
妹が瞳をグルグルさせて主張する。
「だ、だよな! あ、あははははっ」
「う、うふふふふっ」
気づくな! 気づくな俺! 相手は妹だぞっ!?
お願い、気づかないで私! 相手はお兄よ!?
【とりとめもない話】