猫丸

Open App
12/18/2024, 5:29:20 PM

吐いた息が白に染まる。

「……冬だ」

また、あの日が来る……といいな。
俺は一人学校へ向かう。

◇◇◇

しばらく経ったある日、登校しようと思った時ふとインターホンが音を鳴らす。
俺は誰かも確認せずに扉を開けた。

開けると近くの女子高の制服を身に包む女性がこちらを見つめていた。
真っ直ぐ下ろす黒髪が風に揺れる。大きな瞳に吸い込まれる。
美しい。同い年の異性にそう思ってしまった。

「おはよ。寒いね」

事前に連絡があった訳ではない。
でも驚きは少なかった。
彼女は幼馴染だから。彼女は毎年冬になると俺の傍にやって来る。
理由は温かいから。
単なるストーブ代わり。でも、嬉しかった。
俺は彼女が好きだから。

「おはよう。寒いな」

俺たちは他愛の無い話をしながら学校へ向かった。

「じゃあ、また放課後ここでな」

「うん、ありがとね」

幼馴染を学校まで送り俺も学校へ向かった。

◇◇◇

放課後、自宅のリビングの炬燵で彼女と勉強を始める。

「ここ教えてくれー」

「あーそこね。そこはねぇ……」

彼女の顔が近づく。
俺は思わず見惚れていた。彼女の声は音楽のメロディーだけが入ってくるようで、歌詞は入ってこない。

ふと昔のことを思い出す。

小学校までは何をするにも一緒だった。彼女のことは一番大切な親友だと思っていた。
中学校に入ってすぐ、それが恋心だと知った。気恥ずかしくなった俺は彼女を避けてしまった。何も言わずに。
彼女は何も聞いてくれなかった。
次第に距離が遠のくばかり。苦しかったが、自分の本心を伝えて拒絶されるのが怖くて逃げた。

更に距離が遠のく出来事が起こった。
彼女が告白された。
彼女は誰よりも可愛くて何でもできて優しい。
モテないはずが無かった。
対して俺は全てが平凡だった。
釣り合わない。

俺は諦めたかった。無理だった。
彼女への恋心は強く根付いてしまっていた。

でも、忘れたいから友達とバカやって我武者羅に楽しんだ。

秋が終わる頃には、恋心はだいぶ心の奥まで沈んでいた。

だが、冬に突然前触れもなく彼女は俺の家の前にやって来た。

「……寒い。一緒に学校に行ってもいい?」

恋心が再び熱を持ってしまう。

俺はイケナイと知りながら、「いいよ」と頷いてしまった。

彼女が俺と一緒にいるのは俺が温かいから。
そう直接言われて理解した。なのに、それ以外の理由を期待している俺が嫌になる。

俺は、彼女と一緒に居られる冬が好きだけど嫌いだ。


コツン、と右肩に何かが乗る。

彼女の頭だった。
穏やかな寝息を立てていた。

「バカ、炬燵で寝たら風邪引くぞ」

俺は近くからブランケットを手繰り寄せ彼女の胸に掛けた。
口角が少し上がった。

「……はあ、俺がその気だったら危なかったぞ?」

両親はまだ帰ってこない。二人きり。
まあ、何もしないが。
こんな関係、彼女に恋人が……いや、好きな人が出来た瞬間に消滅する。
来年、明日にはなくなるかもしれない。それを態々自分の手で壊したくなかった。

ズキッ

「情けねぇな」

彼女が他の女になると思っただけで痛い。
なのに、俺は今を変えることを恐れてしまっている。

ああ、いっそフってくれねぇかな。

そんな最低な願いさえ浮かんでくる。

「悠人、あそぼうよ……」

「え?」

突然名前を呼ばれ驚き彼女の顔を見る。
彼女は眠っていた。寝言のようだ。
だけど、寂しげな表情をしていた。

そうさせたのは、きっと俺。

もしかして、俺が距離を取ってしまって悲しかった?

……そりゃそうか。親友だったからな。


「好きだよ、凛」


俺は寝ている彼女の耳元にそう告げる。

どうして今更伝えようと思ったのか分からない。でも、彼女の表情を見て伝えないと、伝えたいと思ってしまった。
心臓がバクバクする。
今はこれが限界。
されど、大きな一歩だって自分を称賛する。

「春が来る前にちゃんと言うから」

◇◇◇

冬が好きだ。
だって彼に触れ合えるから。
中学に上がって疎遠になった。異性だから仕方ないことなのは分かっていた。

でも、寂しかった。

あまり感情を出さない私と一番仲良くしてくれた彼は大切な親友だったから。

彼と出会ってから初めて独りで過ごす冬は寒かった。
どれだけ暖かくしても温まらなかった。

拒絶されるかもと怯えながらも、彼の家の前に立った。
玄関から出てきた彼は私を見て驚いていた。

「……寒い。一緒に学校行ってもいい?」

彼は更に驚きながらも了承してくれた。

そして、彼の隣はとても温かかった。

そっか。寒かったのは身体じゃなくて心だったんだ。

私は冬が好き。
彼と触れ合えるから。


『春が来る前にちゃんと言うから』


目が覚めると彼はそう言っていた。
何のことかは全然分からないけど不安はない。彼が穏やかな笑みを浮かべていたから。

その日が来るのを楽しみに待とう。

……でもそれが終わったら春が来る。
いつも考える。冬だけじゃなくて毎日一緒に居たい、と。

彼に言おうとするたびに心臓が痛くなる。
そして、その時だけ全身が焼けるように熱くなる。


この気持ちは一体何なの?


【冬は一緒】

12/17/2024, 5:09:49 PM

最近少し……いや、かなりおかしいんだ。

「ちょ、ちょっとお兄、なにジロジロ見てんのっ!? キモいんだけどっ」

風呂上がりでラフな恰好の妹を無意識に目で追っていたら、顔を赤くして怒鳴られてしまう。まあ、当たり前だが、言葉がやけに強い。
つい最近までは俺を慕ってくれていたのだが、今では見る影も無い。

「あ、ご、ごめ……って、み、見てねえよ!!」

素直に謝ったら見ていたことを肯定することになってしまう。実際見てたんだが認めるのは癪だ。
だから、俺も強く言い返してしまった。

「ふ、ふんっ、どうだか、この変態!」

妹は顔を背けてリビングから出ていった。

「アンタたち最近仲悪いねえ」

母さんがため息混じりに苦言を呈するが俺の耳には入ってこない。

最近の俺はかなりおかしい。
一つ下の実の妹がやけに可愛く見えるんだ。家族としてでは無く、異性として。

妹が変わってしまった原因は、俺のそんな変化に勘付いたからだろう。

「どうしちまったんだよ……」

最近では、妹と会話どころか目を合わせてすらいない。

俺は一人頭を抱えた。


◇◇◇


変だ! 絶対に変だ!!

お風呂上がりに部屋に戻った私はベッドの上で足をバタバタさせる。
胸のドキドキを誤魔化すために。

お風呂上がりにリビングでお兄とたまたま目が合った。
すると、不意に無防備な自分の恰好が途端に恥ずかしくなってしまいお兄に怒鳴ってしまった。
お兄は私に反発した。言いがかりも良いところなんだから当然だ。
私はそのまま部屋に戻り、今の状況に至る。

最近の私は変だ。
お兄がカッコよく見える。異性として。

その変化を自覚してからお兄に強く当たるようになってしまった。

「どうしちゃったの、私……」


◇◇◇


ある日、 突然家族会議が開かれた。

母さんと父さんが並んで座り、向かい合うように俺と妹が座る。

珍しく真面目な顔をしている両親に俺と妹にも緊張が走る。

「あなた達ももう高校生になったことだし伝えようと思うの」

最初に母さん口を開く。

「あー、そのな? とりとめもない話なんだがな? お前たち実は血が繋がってないんだ」

続けて父さんが頭をさすりながら言う。

「……は?」

「……え?」

俺と妹の唖然とした声がリビングに響いた。

それからの内容を要約する。
俺が5歳の時、妹が4歳の時に子持ちだった二人は再婚した。

とりあえずこれからも家族仲良く暮らしましょう、とのことだ。


父さんと母さんが二人の時間が必要だと言うことで、二人がリビングから去る。

取り残される俺と妹。

沈黙。静寂の空気が流れていた。

それに反して俺の心臓は激しい音を鳴らしていた。
全身穴という穴から冷や汗が噴き出る。

思考が上手く纏まらない。


お、俺がい、妹のことを可愛いと思っていたのは……っ


ヤッバい!!!

俺は咄嗟に頭を振るう。
一瞬考えてしまった有り得ない妄想を振り払うために。


「な、なあ?」

この空気を変えるために俺は軽い口調で妹に話しかけた。

「……っ、な、なによっ」

妹の肩がビクッと震えるも気丈に睨み返してきた。
何故か妹の顔が赤いが理由は分からないので無視をする。
それよりも、妹と久しぶりに目を合わせたせいか緊張で心臓が更に激しく暴れ回る。

会話の内容を全く考えていなかったため、何も言葉が出ずに見つめ合う。

マズイ! 何がとは言わないがこの雰囲気は非常にマズイ。
俺は無理やり言葉を捻り出す。

「い、いや、きゅ、急に血が繋がってないって言われてもなあ? べ、別にな、何も変わらないよな? あ、あはは……」

乾いた笑みが虚しく木霊する。

「と、当然よ! い、今まで通り私とお兄は兄妹! そ、それ以外何があるの!?」

妹が瞳をグルグルさせて主張する。

「だ、だよな! あ、あははははっ」

「う、うふふふふっ」


気づくな! 気づくな俺! 相手は妹だぞっ!?

お願い、気づかないで私! 相手はお兄よ!?


【とりとめもない話】

12/13/2024, 4:27:04 PM

どこで間違ったのだろう。
何度自問自答しても解は出なかった。
友人に聞いても「爆発しろ」と返されるばかりだ。

後悔はできない。
過ちが分からないから。

一片の光も届かない暗闇の中で、俺は過去を振り返る。


◇◇◇


小学一年生。
入学して一ヶ月過ぎ、みんなが打ち解け始めて賑やかになった頃。

俺のクラスには、いつも一人ぼっちの少女がいた。

佐藤あかり。

長い黒髪と冷たい表情の少女だった。
そして、誰よりも身長が高かった。

今だと、ただ人見知りで成長が早かった普通の女の子だと簡単に理解できる。だけど、幼いクラスメイト達にとって彼女は関わりづらい存在だったみたいだ。

そんな中、俺は彼女に話しかけてみた。

「ねえ、一緒に遊ぼ?」

突然目の前に現れた俺をおどおどしながら彼女は見上げた。
俺は彼女の瞳に吸い込まれそうになりながらも見つめ返す。

「……うん」

彼女は時間を掛けてコクリと首を縦に振った。

そうして、俺は昼休みを彼女と過ごした。

それからだった。彼女は常に俺の傍にいるようになった。
小学高学年になると、彼女は綺麗になり周囲からモテ始めた。それでも、俺の傍から離れなかった。

俺はそんな彼女を妹みたいだと思っていた。

そんな彼女がおかしくなったのはいつからだろうか。

中学で隣の席の女子と仲良くなった時?
体育祭でクラスの女子と二人三脚をした時?
後輩から告白された時?

「優くん、あの子誰? 何を話してたの? 何で私以外の子と仲良くするの? 私いらなくなった? ねえ、捨てないでよ。お願いだから。優くんがいなくなったら私どうにかなっちゃう。ごめんね、突然こんなこと言われても困るよね。でも、もしも、優くんがあの子に盗られたら私……優くんと一緒に死んじゃうかも」

俺を壁際まで追い詰めた彼女の瞳は暗く昏く黒く染まっていた。本能が察する。
彼女は本気なんだと。
ゾクゾクと背筋が震えた。

それから、俺は女子に対して最大限の警戒をして生活していた。
そのおかげで、高校では友人は男しかいなかった。

交際したいという気持ちはあったが、命は捨てたくなかった。大学は別々の進路に進むように頑張るからそれまでの辛抱だと心を強くした。

だけど、そんな生活は突然終わりを告げた。

放課後、いつものように彼女を家に届けた時だった。
背中からバチッと音と共に焼けるような痛みが襲った。

そして、気づけば身体はロープで拘束されて目隠しまでされた状態で寝転がっていた。


◇◇◇


ガチャリ、と扉が開く音がした。

そして、目元の目隠しを外される。
目の前には、ここ数年で学校一の美少女と呼ばれるまでになった彼女が立っていた。

そして、辺りを見渡し生活感のある部屋、つまり彼女の部屋だと理解した。

「あ、あかりちゃん、どうして?」

断じて言うが、女性とは本当に関わっていない。
だから、こんなことされる覚えはない。

俺は彼女の顔に訴えかける。

「ごめんね」

「……え?」

彼女は壊れたような笑みを浮かべていた。
恐怖か緊張か身体は小刻みに震え、瞳はドロドロと濁り、呼吸は荒くなっていた。

身体が強張る。

「私、不安なの。優くんが他の女に興味ないのは知ってる。でも、他の女が優くんを誑かすかもしれない。私は優くんを勿論信じているけど、もしかしたら優くんはその女に堕ちるかもしれない。そう思ったら、怖くて怖くて……っ。だから、ごめんね。手遅れになる前に優くんをここで保護することにしたの。優くん、ここで一緒に暮らそう? 食事もお風呂もトイレも全部私がやってあげるから。私、優くんの為なら何でもできるの。だから、お願い。傍にいて?」

……何だそれ。

俺の今までの我慢は何だったんだ。
俺だって、周りの男子みたいに彼女を作ってデートしたかった。キスだってしてみたかった。その先だって……っ

どこで間違えた?

分からない。
この女と関わったからか?

でも、一人で悲しんでるコイツを見捨てることなんか出来なかった。

じゃあ、どこで!?

分からない。分からない分からない分からない。

訳も分からず自由を奪われる。

……けんなっ


「ふざっけんなっ! 頭おかしいんじゃねぇのか、イカれ女ッ!!」

俺は初めてこの女に怒りをぶつけた。
何だかんだで、やっぱり妹みたいに思っていたから、今までは我慢できたんだけどな。それと、逆上されたら何されるか分からないっていう恐怖もあった。

だけど、今回ばかりは怒りを吐き出さずにはいられなかった。

俺に怒りをぶつけられ、彼女は満面の笑顔で座り込んで俺に視線を合わせる。
そして、俺の頬に両手を添えた。

ヒヤッとした感触に思わず喉を鳴らす。
背中からは冷や汗が噴き出る。

「ごめんね。おかしいよね。でも、優くんのこと愛してるから」

「……ぁ、」

初めから関わるべきじゃなかった。

俺はようやく答えを見つけた。
だけど、それが正解であろうが不正解であろうが、状況は変わらない。
既にバッドエンド。

警察がここを特定すれば、このバケモノは無理心中する。

……あ、あは、あはははは、


「優くんも私のことを愛してくれたら嬉しいな」


鼻と鼻が触れそうな程の距離から、ドロドロの瞳で俺の瞳を覗かれる。
まるで俺の中身を見ようとするように。

バケモノの唇は三日月のように釣り上がっていた。


バケモノの瞳が動いた。

いや。動いたのはバケモノの瞳に映る自分だった。

無表情だった俺の唇が蠢く。
ゆっくりと吊り上がっていく。

そして、目の前のバケモノと同じように三日月を形作る。

「……愛しています」

耳に届いた声は間違いなく自分のモノだったけど、どこか他人事のように聞こえた。


【愛を注いで】