猫丸

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どこで間違ったのだろう。
何度自問自答しても解は出なかった。
友人に聞いても「爆発しろ」と返されるばかりだ。

後悔はできない。
過ちが分からないから。

一片の光も届かない暗闇の中で、俺は過去を振り返る。


◇◇◇


小学一年生。
入学して一ヶ月過ぎ、みんなが打ち解け始めて賑やかになった頃。

俺のクラスには、いつも一人ぼっちの少女がいた。

佐藤あかり。

長い黒髪と冷たい表情の少女だった。
そして、誰よりも身長が高かった。

今だと、ただ人見知りで成長が早かった普通の女の子だと簡単に理解できる。だけど、幼いクラスメイト達にとって彼女は関わりづらい存在だったみたいだ。

そんな中、俺は彼女に話しかけてみた。

「ねえ、一緒に遊ぼ?」

突然目の前に現れた俺をおどおどしながら彼女は見上げた。
俺は彼女の瞳に吸い込まれそうになりながらも見つめ返す。

「……うん」

彼女は時間を掛けてコクリと首を縦に振った。

そうして、俺は昼休みを彼女と過ごした。

それからだった。彼女は常に俺の傍にいるようになった。
小学高学年になると、彼女は綺麗になり周囲からモテ始めた。それでも、俺の傍から離れなかった。

俺はそんな彼女を妹みたいだと思っていた。

そんな彼女がおかしくなったのはいつからだろうか。

中学で隣の席の女子と仲良くなった時?
体育祭でクラスの女子と二人三脚をした時?
後輩から告白された時?

「優くん、あの子誰? 何を話してたの? 何で私以外の子と仲良くするの? 私いらなくなった? ねえ、捨てないでよ。お願いだから。優くんがいなくなったら私どうにかなっちゃう。ごめんね、突然こんなこと言われても困るよね。でも、もしも、優くんがあの子に盗られたら私……優くんと一緒に死んじゃうかも」

俺を壁際まで追い詰めた彼女の瞳は暗く昏く黒く染まっていた。本能が察する。
彼女は本気なんだと。
ゾクゾクと背筋が震えた。

それから、俺は女子に対して最大限の警戒をして生活していた。
そのおかげで、高校では友人は男しかいなかった。

交際したいという気持ちはあったが、命は捨てたくなかった。大学は別々の進路に進むように頑張るからそれまでの辛抱だと心を強くした。

だけど、そんな生活は突然終わりを告げた。

放課後、いつものように彼女を家に届けた時だった。
背中からバチッと音と共に焼けるような痛みが襲った。

そして、気づけば身体はロープで拘束されて目隠しまでされた状態で寝転がっていた。


◇◇◇


ガチャリ、と扉が開く音がした。

そして、目元の目隠しを外される。
目の前には、ここ数年で学校一の美少女と呼ばれるまでになった彼女が立っていた。

そして、辺りを見渡し生活感のある部屋、つまり彼女の部屋だと理解した。

「あ、あかりちゃん、どうして?」

断じて言うが、女性とは本当に関わっていない。
だから、こんなことされる覚えはない。

俺は彼女の顔に訴えかける。

「ごめんね」

「……え?」

彼女は壊れたような笑みを浮かべていた。
恐怖か緊張か身体は小刻みに震え、瞳はドロドロと濁り、呼吸は荒くなっていた。

身体が強張る。

「私、不安なの。優くんが他の女に興味ないのは知ってる。でも、他の女が優くんを誑かすかもしれない。私は優くんを勿論信じているけど、もしかしたら優くんはその女に堕ちるかもしれない。そう思ったら、怖くて怖くて……っ。だから、ごめんね。手遅れになる前に優くんをここで保護することにしたの。優くん、ここで一緒に暮らそう? 食事もお風呂もトイレも全部私がやってあげるから。私、優くんの為なら何でもできるの。だから、お願い。傍にいて?」

……何だそれ。

俺の今までの我慢は何だったんだ。
俺だって、周りの男子みたいに彼女を作ってデートしたかった。キスだってしてみたかった。その先だって……っ

どこで間違えた?

分からない。
この女と関わったからか?

でも、一人で悲しんでるコイツを見捨てることなんか出来なかった。

じゃあ、どこで!?

分からない。分からない分からない分からない。

訳も分からず自由を奪われる。

……けんなっ


「ふざっけんなっ! 頭おかしいんじゃねぇのか、イカれ女ッ!!」

俺は初めてこの女に怒りをぶつけた。
何だかんだで、やっぱり妹みたいに思っていたから、今までは我慢できたんだけどな。それと、逆上されたら何されるか分からないっていう恐怖もあった。

だけど、今回ばかりは怒りを吐き出さずにはいられなかった。

俺に怒りをぶつけられ、彼女は満面の笑顔で座り込んで俺に視線を合わせる。
そして、俺の頬に両手を添えた。

ヒヤッとした感触に思わず喉を鳴らす。
背中からは冷や汗が噴き出る。

「ごめんね。おかしいよね。でも、優くんのこと愛してるから」

「……ぁ、」

初めから関わるべきじゃなかった。

俺はようやく答えを見つけた。
だけど、それが正解であろうが不正解であろうが、状況は変わらない。
既にバッドエンド。

警察がここを特定すれば、このバケモノは無理心中する。

……あ、あは、あはははは、


「優くんも私のことを愛してくれたら嬉しいな」


鼻と鼻が触れそうな程の距離から、ドロドロの瞳で俺の瞳を覗かれる。
まるで俺の中身を見ようとするように。

バケモノの唇は三日月のように釣り上がっていた。


バケモノの瞳が動いた。

いや。動いたのはバケモノの瞳に映る自分だった。

無表情だった俺の唇が蠢く。
ゆっくりと吊り上がっていく。

そして、目の前のバケモノと同じように三日月を形作る。

「……愛しています」

耳に届いた声は間違いなく自分のモノだったけど、どこか他人事のように聞こえた。


【愛を注いで】

12/13/2024, 4:27:04 PM