猫丸

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吐いた息が白に染まる。

「……冬だ」

また、あの日が来る……といいな。
俺は一人学校へ向かう。

◇◇◇

しばらく経ったある日、登校しようと思った時ふとインターホンが音を鳴らす。
俺は誰かも確認せずに扉を開けた。

開けると近くの女子高の制服を身に包む女性がこちらを見つめていた。
真っ直ぐ下ろす黒髪が風に揺れる。大きな瞳に吸い込まれる。
美しい。同い年の異性にそう思ってしまった。

「おはよ。寒いね」

事前に連絡があった訳ではない。
でも驚きは少なかった。
彼女は幼馴染だから。彼女は毎年冬になると俺の傍にやって来る。
理由は温かいから。
単なるストーブ代わり。でも、嬉しかった。
俺は彼女が好きだから。

「おはよう。寒いな」

俺たちは他愛の無い話をしながら学校へ向かった。

「じゃあ、また放課後ここでな」

「うん、ありがとね」

幼馴染を学校まで送り俺も学校へ向かった。

◇◇◇

放課後、自宅のリビングの炬燵で彼女と勉強を始める。

「ここ教えてくれー」

「あーそこね。そこはねぇ……」

彼女の顔が近づく。
俺は思わず見惚れていた。彼女の声は音楽のメロディーだけが入ってくるようで、歌詞は入ってこない。

ふと昔のことを思い出す。

小学校までは何をするにも一緒だった。彼女のことは一番大切な親友だと思っていた。
中学校に入ってすぐ、それが恋心だと知った。気恥ずかしくなった俺は彼女を避けてしまった。何も言わずに。
彼女は何も聞いてくれなかった。
次第に距離が遠のくばかり。苦しかったが、自分の本心を伝えて拒絶されるのが怖くて逃げた。

更に距離が遠のく出来事が起こった。
彼女が告白された。
彼女は誰よりも可愛くて何でもできて優しい。
モテないはずが無かった。
対して俺は全てが平凡だった。
釣り合わない。

俺は諦めたかった。無理だった。
彼女への恋心は強く根付いてしまっていた。

でも、忘れたいから友達とバカやって我武者羅に楽しんだ。

秋が終わる頃には、恋心はだいぶ心の奥まで沈んでいた。

だが、冬に突然前触れもなく彼女は俺の家の前にやって来た。

「……寒い。一緒に学校に行ってもいい?」

恋心が再び熱を持ってしまう。

俺はイケナイと知りながら、「いいよ」と頷いてしまった。

彼女が俺と一緒にいるのは俺が温かいから。
そう直接言われて理解した。なのに、それ以外の理由を期待している俺が嫌になる。

俺は、彼女と一緒に居られる冬が好きだけど嫌いだ。


コツン、と右肩に何かが乗る。

彼女の頭だった。
穏やかな寝息を立てていた。

「バカ、炬燵で寝たら風邪引くぞ」

俺は近くからブランケットを手繰り寄せ彼女の胸に掛けた。
口角が少し上がった。

「……はあ、俺がその気だったら危なかったぞ?」

両親はまだ帰ってこない。二人きり。
まあ、何もしないが。
こんな関係、彼女に恋人が……いや、好きな人が出来た瞬間に消滅する。
来年、明日にはなくなるかもしれない。それを態々自分の手で壊したくなかった。

ズキッ

「情けねぇな」

彼女が他の女になると思っただけで痛い。
なのに、俺は今を変えることを恐れてしまっている。

ああ、いっそフってくれねぇかな。

そんな最低な願いさえ浮かんでくる。

「悠人、あそぼうよ……」

「え?」

突然名前を呼ばれ驚き彼女の顔を見る。
彼女は眠っていた。寝言のようだ。
だけど、寂しげな表情をしていた。

そうさせたのは、きっと俺。

もしかして、俺が距離を取ってしまって悲しかった?

……そりゃそうか。親友だったからな。


「好きだよ、凛」


俺は寝ている彼女の耳元にそう告げる。

どうして今更伝えようと思ったのか分からない。でも、彼女の表情を見て伝えないと、伝えたいと思ってしまった。
心臓がバクバクする。
今はこれが限界。
されど、大きな一歩だって自分を称賛する。

「春が来る前にちゃんと言うから」

◇◇◇

冬が好きだ。
だって彼に触れ合えるから。
中学に上がって疎遠になった。異性だから仕方ないことなのは分かっていた。

でも、寂しかった。

あまり感情を出さない私と一番仲良くしてくれた彼は大切な親友だったから。

彼と出会ってから初めて独りで過ごす冬は寒かった。
どれだけ暖かくしても温まらなかった。

拒絶されるかもと怯えながらも、彼の家の前に立った。
玄関から出てきた彼は私を見て驚いていた。

「……寒い。一緒に学校行ってもいい?」

彼は更に驚きながらも了承してくれた。

そして、彼の隣はとても温かかった。

そっか。寒かったのは身体じゃなくて心だったんだ。

私は冬が好き。
彼と触れ合えるから。


『春が来る前にちゃんと言うから』


目が覚めると彼はそう言っていた。
何のことかは全然分からないけど不安はない。彼が穏やかな笑みを浮かべていたから。

その日が来るのを楽しみに待とう。

……でもそれが終わったら春が来る。
いつも考える。冬だけじゃなくて毎日一緒に居たい、と。

彼に言おうとするたびに心臓が痛くなる。
そして、その時だけ全身が焼けるように熱くなる。


この気持ちは一体何なの?


【冬は一緒】

12/18/2024, 5:29:20 PM