皮膚の上に硫酸の雨が降りしきって、爛れ模様を描いたような落ち桜。甘く濡れ、踏み潰されたばかりの夢のように敷き詰められている。仰向けに死んだ兵士の焼けて黒い肋骨の間を通って喉仏を越えるんだ。朝の硫酸の雨を浴びて、爛れる肌の上を、黒く焼けた肋骨の間を、僕たち私たちは超えてく。歩け、走れ、オヤジとオカンが追いつけないくらいの速さで。私たちは卒業と入学を超えるたびにそうやって傷ついていくんだ。硫酸と死の山を超えてるんだ。コレからも春が来るたびに押し流されるようにして、散る桜の死を踏み越えていく。
青空、涙、ニヒル、貪る肉体。
君が代は千代に八千代に。君が目は十重に八十重にたなびく。日の丸。万歳。
一度やってみたかったことがある。それは車の屋根に寝そべって星空を見上げてみること。久々に休みの取れたある日、私は休日を忙しく過ごして充実させることをやめてみたくなった。子供の頃のようにありったけ、目的もなくダラダラしてみたくなった。映画や美術館を周り、同僚に土産話を飲み会でする。私はそんな日常が好きだけれど、休みたい日もあったのだ。ヘッドライトに照らされたヘアピンカーブだらけの山道を登り、誰もいないパーキングエリアに泊まる。エンジンを停止させ、外に出てみると風と自然の匂いが心地いい夜が私に寄り添った。車のフロントガラスに足跡をつけつつ背に乗ってみると意外と狭い。見上げる星空は美しく、深淵、しかし落ちるような感覚はなく包み込まれる安心感があった。3つ並んだ星がある。オリオン座を見つけた。
本の影に煌めくもの。ひれあるものとして泳ぎ、天高く、また地の底まで響く。人はその輝きに自らを託し、死して不死身であろうとする。かつてありし日のことをその輝きに照らしてもらう。この世全ての人の手を渡り歩くそれを、人は“文字”と呼ぶ。
山間の盆地。山より降りる風に揺れる湖はまるで海のように広く、果てしないが、海岸から見えるのは水平線じゃなくて遠景となる薄墨で描かれたような山脈。波がぱちゃぱちゃと岸を打つ。今日は風が強く、波も多少イタズラっ気に陽光を受けて輝いている。まばゆいほどの波に乗る光のチラつきの中に黒いカモが泳いでる。必死に難破しないように前へ前へと漕いでいる。行く当てがあるのだろうか、でなければどうして風に逆らうのだろうか。羽ばたくこともなく黒いカモは対岸を目指している。遠雷の音すら届かないあの薄い稜線へと。必死に泳ぐその姿を私は目を離すことができなかった。人の歩みの何分の一かの速さでも湖を縦断しようとするこのカモの幸福を応援して、日は落ちた。後には水面に月の影。