山間の盆地。山より降りる風に揺れる湖はまるで海のように広く、果てしないが、海岸から見えるのは水平線じゃなくて遠景となる薄墨で描かれたような山脈。波がぱちゃぱちゃと岸を打つ。今日は風が強く、波も多少イタズラっ気に陽光を受けて輝いている。まばゆいほどの波に乗る光のチラつきの中に黒いカモが泳いでる。必死に難破しないように前へ前へと漕いでいる。行く当てがあるのだろうか、でなければどうして風に逆らうのだろうか。羽ばたくこともなく黒いカモは対岸を目指している。遠雷の音すら届かないあの薄い稜線へと。必死に泳ぐその姿を私は目を離すことができなかった。人の歩みの何分の一かの速さでも湖を縦断しようとするこのカモの幸福を応援して、日は落ちた。後には水面に月の影。
3/31/2024, 10:31:10 AM