(朝日の温もり)
ぽかぽかと温かい日差しを感じて、ガルシアはゆっくりと目を開いた。
見知らぬ天井が真っ先に視界に入る。身体はベッドの上で、薄い布団の中、だらんと弛緩している。ぐっと腹に力を込めて起き上がれば、何ということはない、そこは宿屋の一室だった。カーテンが開け放たれており、そこから日差しが降り注いでいたようだ。
「……………」
同室の仲間たちの姿はない。荷物はあるから、宿を出たわけではないだろう。寝起きのぼんやりした頭で考えながら、のそりのそりとベッドを出る。階下より、いい匂いが漂ってきて、応じるかのように腹が鳴った。
「おはよう、兄さん」
予想通り、仲間たちは階下で朝ご飯を食べていた。ジャスミンの隣に座ると、シバが大皿に残ったサラダをかき集めてガルシアの方に差し出す。冷えた水で喉を潤し、サラダを咀嚼しているうちに、少しずつ目が覚めて来た。すると頃合いを見計らったかのように、おかみが出来立ての目玉焼きを持ってきた。なるほど、先ほどの旨そうな匂いはこれだったようだ。
「エアーズロックを目指すんでしたよね」
ピカードが、本日の予定を確認する。
「ええ。風のエナジストとして、行かないといけない予感がするの」
シバの言葉に、スクレータが重々しく頷いた。
一行がいるのはミーカサラ村で、ここから北東に進むとポピーチー村がある。その村からさらに進めば、砂漠が広がっており、その中にエアーズロックがあるとのこと。観光地として知られていたが、最近は急に魔物が強くなり、立ち入りが危なくなったとのこと。もちろん、戦士たるガルシアたちには関係のない話だ。
世界には、他の属性のエレメンタルロックもあるらしい。たとえば水のアクアロック、地のガイアロック。そんな話を、ピカードとスクレータが楽し気にしている横で、ガルシアは一人、黙々と朝食を平らげていた。
(世界の終わりに君と)(またあとで)
(二次創作)(最悪)
最悪だ。起きたら8時だった。6時に起きるつもりだったのに。畑に出たら昨日芽が出ていたはずの作物が全滅していた。今日からインディゴの月であることを忘れていた。垂らしていた釣り糸が途切れて勢いのまま川に落ちた。大きな魚が掛かっていたのに。どうにか自力で這い出したところをセピリアに声を掛けられたまではよかった。彼女の厚意に甘え農場にお邪魔したタイミングで社会の窓が全開であることに気付いた。
最悪だ、最悪だ、最悪だ。
僕のドジは今に始まったことではないが、ここまで連続になるのは流石に初めてだ。
「あーはっはっは!アンタ、ホントにドジなんだねええ!」
挙句、ベスタがもう堪えきれないとばかりに大笑いしている。セピリアは乾いたタオルを渡してくれたがちょっと動きがぎこちない。そしてマッシュ、先ほどから僕をしきりに睨んでくる。恥ずかしいやら申し訳ないやら居た堪れないやらで、僕の感情は先ほどからフル回転だ。
「話には聞いてたけど、どうせホラだろうと話半分だったんだよ。でも今日のアンタを見ると、あながち嘘でもなかったね!」
「それはまあ、僕がどんくさいタイプなのは認めるけ……いやちょっと待って、誰から聞いたんですか」
「ロック」
「やっぱり!」
僕は天を仰いだ。ロックというのは宿屋の放蕩息子なのだが、一日中遊び歩いているせいか、僕のやらかしに出くわす頻度も高い。まあ、あいつに助けられた場面もあるから大手を振って否定はしないが……だからと言って言いふらすなよドラ息子。
ベスタが淹れてくれたコーヒーを啜って身体を温める。砂糖とミルクが入っていて、仄かに甘いのが心に優しい気がする。それにしても、どうして今日からインディゴだってのを忘れてたんだろう、僕。季節が変わったら、その季節に合わない作物は枯れるのは牧場主としての常識なのに。
ああ――最悪だ。
(二次創作)(誰にも言えない秘密)
父の友人であるタカクラが管理する牧場用地にやってきたシオンは、いわゆる新米の牧場主だ。
インディゴの月10日、ようやくわすれ谷に到着したシオンは、早速、タカクラに連れられて谷中を回った。年末で、かつ雪が降っていたこともあり、皆家にいてくれた。お陰様でシオンはスムーズに自己紹介を終えることが出来たのだが、その胸に去来するのは、言葉に出来ない懐かしさであった。
(セピリア、マッシュ、ベスタさん)
(ロマナさん、ルミナちゃん、セバスチャンさん)
(ガリさんに……ニーナさん!)
とうの昔に亡くなったはずの彼女が元気に歩いている姿を見られて、ひととき胸がじんとするシオンである。同時に、あと一年と少しで彼女とまたお別れしなければならないのだと思うと、今から寂しくなってくる。今度は、もっと、彼女を気に掛けて、お話をして、親切にしてやろうと心に決めた。
牧場用地に戻って来て、それまで最低限の会話しかしなかったタカクラがシオンを振り返る。
「どうだったか、わすれ谷は」
「いい人ばかりで、仲良くなれそうです」
シオンの素直な答えに、タカクラは満足そうに頷いた。
明日になれば春になる。パーモットの月、ほぼ未開拓の敷地に、何を植えようか。シオンは考えを巡らせる。最初からいる牛を可愛がりつつ、ミルクが多く産出されるうちにある程度の資金をためて――そうだ、今回は誰を選ぼうか、とシオンは微笑んだ。
シオンには、前世の記憶がある。右も左も判らぬまま、父の古い友人を頼ってわすれ谷に来て、がむしゃらに牧場仕事に打ち込んだ。遊びも恋愛も後回しだったが、何故か結婚を強く望むタカクラの根回しもあり、セピリアを花嫁に迎えた。子供もでき、それなりに充実した人生だったが、彼女には悪いことをしたという罪悪感は残り続けた。そんな折、何の因果か記憶を持ったまま生まれ変わり、今に至るのだ。
(このことは誰にも話すつもりはないけれど)
明日からのリスタート人生が楽しみなシオンであった。
(二次創作)(正直)
「まず起きたのがお昼前だったでしょー。シオンいなかったから冷蔵庫にあったものを適当に食べてー、腹ごなしの散歩してたらバァンさんが露店開いてたから冷やかしてー、ちょうど通りがかったルミナちゃんからお茶に誘われたからお屋敷行ってー、次はケセランさんのところで遊んで、お腹空いたからいったん帰って来たところだよ」
「ダウト」
シオンはロックの陳述を一刀両断した。
「ダウトって、別にボク嘘言ってないけど」
ロックはあどけなく首を傾げている。シオンはそれをスルーして、事件の本質を突くことにした。
「僕は、君が、パウンドケーキを食べたんだと睨んでいる。正直に、白状しろ」
それは昨日の出来事。不甲斐ない息子を貰ってくれてありがとうと、直々にテイとルウ夫妻が牧場を訪ねてきた。当然ロックはその時間帯は家で寝ていたわけで、仕事の手を止めて応対したのはシオンである。お礼に、とルウが差し出したのは、彼女お手製のパウンドケーキだ。妙にオレンジがかっていると思えば、何とカボチャをふんだんに使っているらしい。わすれ谷ではなかなか手に入らない野菜の名前に、俄然嬉しくなったシオンは、間違ってもロックに食べられないようにとそれを冷蔵庫に仕舞ってから、仕事を再開した。
思いのほか仕事が忙しく、お昼ご飯がやや後ろにずれこんだシオンは、それでもわくわくした気持ちで冷蔵庫を開けた。そうしたら、まあ見事に、パウンドケーキだけ無くなっている!
「だってシオンのだって思わないじゃん」
ロックは口を尖らせている。
「ちょうど美味しそうな料理があったら、そりゃ食べるよね。大体ケーキだなんて判らなかったし」
微塵も反省の色はない。確かに名前を書いていなかったが、ここはシオンの家なのだ。なんじょう自宅の冷蔵庫の中身にいちいち記名するものか。とはいえ、ロックを責めても結果は変わらず、今はただ幻となったパウンドケーキの味を夢想するだけであった。