(二次創作)(それでいい)
天空を統べるツァパランの皇帝は、音もなく現れた男に相合を崩した。昨日、馳せ参じるように命じた時、ただ一人拒否したその男は、目下、皇帝の一番のお気に入りでもあった。
「帰ったか」
「遅くなりました」
「構わん。余の命をきかぬのはそなたぐらいのものだが、余はそれを許すぞ」
男は静かに皇帝陛下のそばに跪く。右目を覆う仮面から、そのまま仮面と呼ばれていた。どこまでも上機嫌な皇帝は、御自ら仮面の男を立たせると、臣下に椅子を持って来させた。
「それで、どうだ」
「はい?」
「皆、やたらそなたにぺこぺこしてなかったか?」
皇帝の執務室に来るまで、出会った者たちは確かに、仮面の男に対して慇懃無礼なほどに礼を尽くしていた。昨日、ここを発つまではこちらに明らかに敵意を発していたのに、随分な変わりようだと感じた。
「はっはっは。そなたが余のイロだと、言ってやったのさ」
「!?」
なるほど、皇帝が仮面の男を重用する理由がそれなら、誰も文句は言えないばかりか、こちらに下手に難癖もつけられまい。断っておくと、仮面の男に同性愛の嗜好はないのだが、皇帝はその辺を気にも留めないようだ。なんなら「余が男だと誰が決めた?」と可笑しそうに笑っている。
「私には決まった相手がいると話したでしょう」
「なんだ、その女に別れを告げてきたんだろう」
「ええ、どこかの何を言い出すか見えない高貴な方にこき使われないといけませんからねぇ」
「はっはっは!そなたはそれでいい。それでいいのだ」
本当に何がそんなに楽しいのやら。仮面の男は曖昧に笑みを浮かべたまま静かに言葉を切った。会話が途切れたのを契機に、臣下が飲み物を運んでくる。皇帝が、視線だけで飲めと言ってきたので、ありがたく毒見役を引き受ければ、知らない香りの紅茶であった。
(まあ、面白い御方ではある)
最後まで皇帝はその茶に口を付けなかった。
(二次創作)(1つだけ)
かくして牧場主ユカは、イオリと結婚する運びとなった。
もともとイオリと付き合っていたことは、広く知れ渡っていた。恋人になって季節がいくつが流れ、そろそろ身を固める頃かな、と住民たちが勝手にやきもきしていた頃でもあり、二人の婚約の報はあっという間に街中に伝わっていった。
プロポーズから二日後。
「やあやあ、朝から済まないね」
ちょうど鈴なりに実ったメロンの収穫をしようと一歩踏み出したタイミングだった。
「ヴィクトルさん」
「この度は婚約おめでとう。式はちょうど1週間後だったよね?」
ユカは頷く。ヴィクトルはうんうんと頷くと、市庁舎に来るようにと言った。収穫は後からでもいいので、早速ついていくと、ホールに4着の衣装が用意されていたのだ。
「わあ!」
ユカは思わず声を上ずらせた。何故ならそれらはすべて、婚礼衣装なのだ。
4着のうち2着は明らかに男性用だが、残り2着が女性用だ。片方はノンスリーブのガーリーなドレスで、もう片方はエレガントなドレススーツだ。結婚式といえばドレスのイメージが強いけれど、ドレススーツもとても素敵で、ユカは迷ってしまった。
「返事は明日でもいいからね」
ヴィクトルの厚意に甘えることにして、ユカはいったん持ち帰ることにした。
帰り道、ちょうど、朝釣りを楽しむイオリに会ったので、早速衣装の話をする。イオリ自身はモンツキバカマなる格好をするようだ。首を傾げていると、それが東方の伝統的な婚礼衣装であると教えられた。
「とはいえ、お主は好きなものを選ぶがよい。わしとしても、ドレスやスーツのユカ殿を見るのが楽しみであるからな」
はっはっはっ、とおおらかに笑い、イオリは再び水面に視線を戻した。
だが、たった一つを選ぶことの難しさよ。ユカは、改めて2着を思い浮かべる。選択肢は2つしかないのに、結婚式なんて一世一代の日の服だ、簡単に決められるわけがない。もういっそ、靴を蹴飛ばしてみて、表ならドレス、裏ならスーツにしようか。そうだ、そうしよう。
「あーした、てんきに、しておくれー♪……なんちゃって」
果たして結果は――。
(二次創作)(大切なもの)
――まったく、貴女は何をしているんですか。
懐かしい声がして、オワパーは目を開けた。まだ夜が明けるまでしばらく掛かりそうだが、やけに明るいのは今宵が満月だからか。
(夢……よね)
当然だ。声の主は、かつてオワパーの住む離れに気まぐれに通ってきた水のエナジストで、オワパーの恋した相手でもあった。今はもう、ここを訪れることのない男。
(ハルマーニは……)
一緒のベッドで眠っていた息子を探す。月明かりのおかげで、すぐに見つけることができた。ベッドの下の方で、丸くなってすうすうと熟睡している。
「…………」
柔らかい頬に、そっと触れる。月の光を優しく反射する水色の髪は、恋した男から受け継がれたものだ。肌掛けを掛け直してやってから、オワパーはしばらく、眠る息子を優しく見つめる。途中で起きてしまった自分と違い、ハルマーニが起きる気配は無い。
一番大切なものは、その時々で変わってきた。『彼』に出会うまでは、アヤタユの人々だった。『彼』に出会ってから『彼』が一番大切なものになった。そして『彼』が去って久しい今、一番大切なものは、静かに眠っている。
(わたくしったら、随分と自分勝手になってしまったわ)
もちろんアヤタユの皆も『彼』のことも、大切であることに変わりはないけれど。ふと、窓から水分を含んだ甘い風が吹き込んできた。カーテンがさらりと揺れる。窓なんか開いていただろうか?このままでも寒くはないし、と、とろとろと蘇ってきた眠気に身を任せる。ハルマーニは温かく、そっと抱き締めるととても心地よい。
(ハルマーニ、わたくしの宝物)
アヤタユの皆に愛されて、ややわんぱくに育ちつつある息子が、愛らしくて仕方がない。今はまだ、幼いけれど、言葉を話すようになればもっと愛しくなるだろう。『彼』はなんと素晴らしいものを置いていってくれたのだろうと、オワパーは嬉しくなった。
ありふれた月夜の話だ。
(二次創作)(エイプリルフール)
月曜日の朝が来て、私は新しいリサーチフィールドへ移動することにする。伝説のポケモン・ライコウが現れたらしく、この一週間、ワカクサ本島は落雷がひっきりなしに発生していた。無事、ライコウの寝姿はリサーチできたし、何なら2回目遭遇した個体はネロリ博士お手製のライコウサブレをいたく気に入り私たちの仲間になったし、この場所に用事はない。
「次はシアンの砂浜かな。それとも新しく行けるようになったラピスラズリ?」
落雷の中、リサーチを手伝ってくれた最大の功労者・カメックスの希望を尋ねる。ちょうどその時、ネロリ博士からの通信が入った。
――ねえねえ、ポケモンスリープワールドシップスが行われたんだって、知ってるかい?
「はい?」
初耳だ。博士によると、カビゴンの周りにどれだけ珍しいポケモンが集まり、知られていない寝姿をリサーチできるかを競う大会らしい。その開催記念にと、サブレや夢の塊などが全リサーチャーに配られているのだとか。
――そうそう、それと、ワカクサ本島のカビゴン、なんだかいつもより大きいみたいだよ?
「そうなんですか」
私はそうとだけ返して、次なるリサーチフィールドに向かおうと腰を上げる。すると、珍しくも画面の向こうで博士が焦ったようだった。
――えっと、今日はほら、エイプリルフールだから、その、……。
つまり、私が全部真に受けて大した反応もしないので、戸惑っているらしい。
「知ってます。どうせ全部嘘でしょう」
――ええぇー……。
博士はどこか不満げだ。私は観念して、博士の相手をしてやることにした。
――そうこなくっちゃ。あのね、嘘なのは1つだけ。世界大会が開かれたってのだけだよ。
その証拠に、と博士が何か操作すると、こちら側の端末が何かのメッセージを受信した。早速開いてみると、先ほど博士が言っていたアイテムたちが入っているようだ。
「え?」
実際には開かれていない大会の、記念品だけ存在する。私は妙な状況に、すっかり混乱してしまった。
(二次創作)(My Heart)
ブレアは映画という趣味を共にする友人である。だが彼女の映画の趣味はジャックのそれとは違い、お互いにお互いの気持ちを理解するまでは至らなかった。恋愛映画をよく見るブレアに対し、ジャックにとっての恋愛映画は見ないこともないが優先度が低いもの、という扱いだ。
入口の呼び鈴が鳴り、ジャックの入店を告げる。ちょうど、プロモントワに出勤しようとしていたブレアを見掛けたジャックは、すれ違い様に切り出した。
「ブレアが前お勧めしてた“My Heart"観たよ。泣いた」
「はあ?」
ブレアは耳を疑ったけれど、ジャックはさっさと席についてしまった。ブレアも急がないと遅刻してしまうので店を出たが、脳内にはジャックの言葉がぐるぐると回っている。恋愛映画なんて余程他に観るものが無い時にしか選ばないあの男が、ブレアの中で最高傑作と名高い“My Heart”を観て、しかも――泣いた?
(明日は大雨かしら)
恋愛映画を観る同士が増えたのは良いことだ。ブレアは考えを切り替えた。せっかくなら、初心者にオススメの作品を探してみようか。だが、あまり薦めすぎると却って尻込みするだろうか。
(My Heartがいいなら……)
傾向の似たものをいろいろと思い浮かべる。と、ブレアは、はた、と思考を止めた。
(え、てかジャック、誰かに片想い中?)
My Heartは、引っ込み思案な女の子が、男まさりで何でも出来る男まさりな女の子に恋をする映画だ。筋書きこそよくある物語だが、同性どうしの恋のままならなさを緻密に描いた意欲作として、幅広いファンを持つ。
(ジャック、もしかして男の人が好きなのかしら)
「ブレア?」
「ひゃいっ!」
いつの間にか店に着いていて、ミサキに再三話かけられていたようだ。ぴしゃっと背筋を正したブレアは、そのうちジャックの恋の相手が誰かなんて話を忘れてしまった。