美佐野

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(二次創作)(大切なもの)

――まったく、貴女は何をしているんですか。
 懐かしい声がして、オワパーは目を開けた。まだ夜が明けるまでしばらく掛かりそうだが、やけに明るいのは今宵が満月だからか。
(夢……よね)
 当然だ。声の主は、かつてオワパーの住む離れに気まぐれに通ってきた水のエナジストで、オワパーの恋した相手でもあった。今はもう、ここを訪れることのない男。
(ハルマーニは……)
 一緒のベッドで眠っていた息子を探す。月明かりのおかげで、すぐに見つけることができた。ベッドの下の方で、丸くなってすうすうと熟睡している。
「…………」
 柔らかい頬に、そっと触れる。月の光を優しく反射する水色の髪は、恋した男から受け継がれたものだ。肌掛けを掛け直してやってから、オワパーはしばらく、眠る息子を優しく見つめる。途中で起きてしまった自分と違い、ハルマーニが起きる気配は無い。
 一番大切なものは、その時々で変わってきた。『彼』に出会うまでは、アヤタユの人々だった。『彼』に出会ってから『彼』が一番大切なものになった。そして『彼』が去って久しい今、一番大切なものは、静かに眠っている。
(わたくしったら、随分と自分勝手になってしまったわ)
 もちろんアヤタユの皆も『彼』のことも、大切であることに変わりはないけれど。ふと、窓から水分を含んだ甘い風が吹き込んできた。カーテンがさらりと揺れる。窓なんか開いていただろうか?このままでも寒くはないし、と、とろとろと蘇ってきた眠気に身を任せる。ハルマーニは温かく、そっと抱き締めるととても心地よい。
(ハルマーニ、わたくしの宝物)
 アヤタユの皆に愛されて、ややわんぱくに育ちつつある息子が、愛らしくて仕方がない。今はまだ、幼いけれど、言葉を話すようになればもっと愛しくなるだろう。『彼』はなんと素晴らしいものを置いていってくれたのだろうと、オワパーは嬉しくなった。
 ありふれた月夜の話だ。

 

4/3/2024, 10:46:53 AM