いつも、何気ないふりをしてくれてありがとう。
いつも、さりげなくやさしくしてくれてありがとう。
いつも、隣にいてくれてありがとう。
いつも、迷惑かけてばかりでごめんなさい。
いつも、いつも、ごめんなさい。
約束、守れなくてごめんなさい。
滲んだボールペンの文字をなぞる。
彼女は、これを書いていたとき、泣いたのだろうか。
泣くぐらいなら、あの、繊細な涙を流すくらいなら、踏みとどまってくれてもよかったんじゃないか。
薄い便箋に雫が落ちて、彼女の丁寧な字が読めなくなる。
わたしこそ、ごめんなさい。
胸にたまりつづけるこの思いは、だれに伝えればいいのだろうか。
「二人ぼっちって言葉、大嫌いなんだけど、分かる?だってさ、二人ってぼっちじゃないじゃん!?二人じゃん!?なのにさ、ぼっちとか言うのひどくない?本物のぼっちに対する冒涜じゃない?なんかさ、今日客にさ、『ぼくら、二人ぼっちでいようよ』とか自分達に酔ってる風の男と女がいて。結構でかめの声でそんなこと言ってたの。わたし、その時は怒り通り越して鼻で笑えたんだことさ、今は怒りが再燃してんの。だってさ、考えてみてよ。信じられなくない!?なんかさ、その男と女さ、悲劇の主人公ぶってそうな感じがまた気持ち悪くって。いや、知らないよ?あいつらがどんな生活してるとか、どんな人生歩んできたとか。そりゃ、悲劇の連続だったのかもしれないけど。まあ、そんなの興味ないし、どうでもよくて。とにかく、今現在、そういう気障なこと言える相手見つけれてるだけで、あいつらはぼっちじゃないわけ。あいつら、なの。あいつ、じゃない時点でもうぼっちじゃないのにさ!ほんと気色悪い。ほんと、わたしに対するとんでもない嫌味なのかと思ったよ、ほんと。あー、気持ち悪い、あー、ほんと。」
なんて、一人観葉植物に語りかけているわたしが本物なのだ。
夢が醒める前に、この人生が終わればいい。
いつも、目を開ける前にそんなことを祈っている。けれど、目をその後に開けている時点で、いや、そんなことを祈っている時点で、わたしは性懲りもなく生きているのだと知る。これも、いつの間にかいつものこととなっていた。
夢はいつだって幸せなものだ。内容が幸せでなくとも、それは結局夢なのだから、気分は落ちてもダメージは少ない。
現実はそうはいかない。
だから、いつも願うのだ。
胸が高鳴る。きみの香りがする。動けなくなる。きみの声が聞こえる。まばたきすら惜しくなる。きみのぬくもりがすぐそこにある。わたしの世界が色鮮やかになる。
「紛れもなく、それは恋だね。」
唯一の親友の言葉がぼんやりとした頭に響く。
「初恋おめでとー。」
かけがえのない親友の視線は未だ小さな画面に向けられている。
わたしが何も返さないことを一つも不思議に思わないらしく、その目は動かない。まるできみに恋をするわたしのように。
「いやー、あたしも早く恋したいなあ。」
その言葉に心臓が踏み潰されたように、呼吸が荒くなる。
「ねー、どんな奴?」
決して広くない世界で、けれどその世界を丁寧に愛することができるひと、と言おうとした。
いま、目の前にいるひと、と言おうとした。
けれど、なにも言えなかった。
だって、きみを前にするとどうしようもなく唇が震えてしまう。
「不条理を嫌な顔せずに受け入れることができるようになってしまったら、大人になった証拠だと思う。」
日本語へんだよ、といつもみたいに言えばよかったけれど、言えなかった。
薄いメイク、ゆるめに纏められたぱさついた黒髪、開いたままのピアスホール。
数年前のわたしが今の彼女とすれ違っても、気づかないだろうと思うほどに、変わっていた。
なにが彼女を変えてしまったの、なんて嘆く無知なわたしもいなくなった、いなくなってしまった、いや、いなくならなければいけなかった。
大人になるとはそういうことが積もっていくこと、なのだと思う。
昔の彼女と今の彼女。重ねようとしても重ならないふたりを見ていた。