ひなまつり(オリジナル)
ひな祭りには家族総出で7段の雛壇を組み立てる。
おばあちゃんがくれたものらしい。
古風で立派な雛人形達は嵩張るので、普段は分解して大事にしまわれている。
箱から出す時、人形の頭と胴が繋がっておらず、子供心にとても不気味だった。
それでも、着せ替え人形のようで楽しい。
お父さんは7段の骨組みを、お母さんと妹と私は、ワイワイ言いながら人形や飾りを組み立てた。
いつも出来上がると満足して、あまりかまわなくなるのだけれど。
今日は目についた。
幼い妹とのかくれんぼ中、雛壇の後ろのスペースに隠れられるのではと思ったのだ。
雛壇の後ろを見ると、子供がかろうじて通り抜けられるくらいの隙間があった。
親に怒られるかもと思い、ちょっと周りを見回して、えいやっと中に潜り込んだ。
雛壇には赤い布が敷かれているので、中は真っ赤だった。
なんだかとても不思議な空間だ。
赤い光が私を照らし、私も赤くなる。
私は楽しくなって、クスクスと笑った。
入り口から姿が見えないよう、奥に身を押し込み、丸くなる。
「もーいーよー!」
別室にいる妹に聞こえるように叫んだ。
「お姉ちゃーん!」
私を探す妹の声が、徐々に近づいてくる。かくれんぼなので返事なんてしないのに、ずっと呼んでいて可笑しかった。
やがて、雛壇のある部屋に、妹の足音が入ってくる。
私は見つかるまいと、一層息をひそめた。
視線をチラリと前に向ける。
すると、雛壇の奥まで身をひそめて目の前にはこれ以上隙間などないはずなのに、なぜか、もっと進める空間があった。
妹に見つからないようさらに前に進もうとして、しかし動いたら逆に見つかるかもしれないと思いなおしてその場にとどまった。
「お姉ちゃん?」
後ろの方から声がして、ああ見つかった、と思った。
身体を起こそうとするが、どういうわけか、びくとも動かない。
(え?何で?)
焦るものの、動くのは両腕だけ。
私は丸くなったまま、腕を妹の方に精一杯伸ばした。
「お姉ちゃん、いるの?」
「いるよ!ここにいるよ!動けない!助けて!」
妹の疑問の声。まさか見えないはずがない。
私は恐ろしくなって、腕をブンブン振り回した。
「ママー!」
妹はパタパタと足音をたてて部屋を出て行った。
助けを呼びに行ってくれたのか。
それとも。
不安に押しつぶされそうになった時、お母さんの声が聞こえてきた。
「まゆ?」
「お母さん!出られなくなっちゃった!助けて」
安堵のため、私は泣き出していた。
「え?まゆ、いるの?本当に?」
「いるよ!!お母さん!助けて!」
雛壇の隙間から、おそるおそる手が差し込まれた。
その手が私の手に触れ、ぎゅっと握られる。
「まゆ!」
「まゆ!しっかりしろ!まゆ!」
お母さんとお父さんの必死な声がして、腕が取れるんじゃないかというくらいぎゅうぎゅう引っ張られて。いつしか、私の身体はスポンと音をたてて、雛壇から外へ飛び出していた。
世界が白く光っていて眩しい。
私はゆっくりと目を開けた。
そこは病室だった。
私は布団に寝ていて、両手を父と母に握られていた。
「え?」
「まゆ!!」
ふたりがガバリと私に覆い被さってくる。
両親は泣いていた。
戸建ての2階子供部屋の窓から外の屋根に出て、足を滑らせて落ちたらしい。
今日まで意識不明だったが、妹と両親の声かけで現世に戻ってくることができた。
両親は涙を流して喜んでくれたが、その後、屋根に出た事を散々叱られた。
医者と両親が病室を出て行ったあと、妹が残っていたので声をかけた。
「きみちゃんもありがとね」
妹は椅子に座って、届かない足をブラブラさせながら、にっこりと笑った。
「かくれんぼ、楽しかったね」
今日はひなまつり。
たった一つの希望(オリジナル)
75歳年金暮らしの独居老人である。
明日は年金日だ。
お金が入るまであと3食。
財布の中には120円しかない。
冷蔵庫は空っぽ。
預金残高30円。
今月は出費が嵩んだ。トイレが壊れて修理したし、水道代も高めだった。支払いをきちんとしたら、切り詰めて生活しても、こんな事になってしまった。
別居の子供たちには頼れない。
私はプライドだけは高く、人に頼ったり、金を借りたり、試食巡りをしてお腹を満たすなどの行為が恥ずかしくてできなかった。
(今日は何も食べないで過ごすか…)
一日くらい何も食べなくても死にはしない。
一瞬そう思ったのであるが、頭に閃くものがあった。
昨今、米が値上がりして120円ではおにぎりも買えないが、コロッケなら。
近くのスーパーで売っているのを知っている。確か100円くらいで買えたはず。あれならお腹にたまるし、結構好物だ。
そう考えると、もうコロッケの口になった。
他には何もいらない。
とにかくお腹がすいた。
弱った足を何とか奮い立たせ、15分かけて600メートル先のスーパーまで歩いていった。
ウキウキと惣菜コーナーに向かうと、目当てのコロッケが、ひとつだけ残っていた。
(良かった!)
喜びに笑みを浮かべ、棚まであと数メートルというところで、若者が私を追い抜き、コロッケを奪い去っていった。
(ああ…!)
空になったコロッケの棚の前までようやくたどり着き、私は途方にくれた。
なんだか色々と込み上げてきてしまい、目からほろほろと涙が落ちた。
欲望(914.6)
欲望には際限がない。
けれど欲を叶えるためのお金や時間には限りがある。
私はお金で困りたくないので欲を抑えて色々諦めるクセをつけていたのですが、推し活とは相性が悪い。
欲しいものを買いすぎると格納場所にも困ることになる。
それでも日々好きが生まれて欲が生まれる。
楽しいことだけれど限度はあるので、より良い選択をしていきたいですね。
遠くの街へ(オリジナル)
私は正義感の強い人間だった。
クラスのいじめを見て見ぬふりはできなかった。
先生を味方につけ、いじめられっ子を庇い、いじめ加害者を糾弾した。
しかし、いじめっ子は強かった。
いじめなんてしていない。彼女は消極的がすぎる。嫌なことは嫌と言えばいい。皆について来れない方が悪い。皆迷惑してる。雰囲気悪くしてるのは彼女だ。だから私が皆を代表して言ってやっているんだ、と。
そして、私の事も、庇うというのは本人の反省と成長を阻害する行為だ。本人のためにならないし、あなたは自分が正義の者だと思いたくて、周りにアピールしたくて彼女を利用しているに過ぎないと指摘した。
絶対彼女の方が悪なのに、私は反論できなかった。
クラスメイトの視線が痛かった。
悔しさと混乱で涙が滲み、泣けば許してもらえると思ってるところが汚い、などとトドメを刺された。
先生は事を大きくしたくなくて、喧嘩両成敗的なシメをして終わらせてしまった。
私は泣いてしまった羞恥と、クラスメイトの冷たい視線の恐怖で、学校に行くのが嫌になった。
否、もはや外に出るのも怖くなった。
クラスメイトが親に話していたら、道行く誰かに汚い人間だと後ろ指を指されるかもしれない。
それが怖かった。
もう、この街にはいたくない。
誰も私を知らない、遠くの街へ行きたい。
逃げだと言われても構うものか。
誰か、誰か、私を連れて一緒に逃げて欲しい。
布団にくるまって、私は泣いた。
現実逃避(914.6)
昔、会社の健診の中に、面談がありました。
たぶん、精神疾患やその予備軍でないか確認する検査だったと思う。
問診票記載の趣味の「読書」について聞かれ、物語に没頭する事でいかに現実を忘れられるか力説しようと話し始めたら、お医者さんはすでにこっちを見ておらず、すぐ次の話題に移ってしまいました。
「あ、こいつは(精神的に)大丈夫だ」ってなったのか「話が長くなりそうなので結構です」だったのか。
嬉しいやら悲しいやらの体験でした。
読書は良いぞ。