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1/31/2026, 12:07:58 PM

旅路の果てに(オリジナル)(秘密の手紙続編)

俺は最期の手紙配達員の見習いをしている幽霊だ。
成仏できない人の心残りを手紙にして届ける仕事をしている。
今日の依頼人は60代半ばの男性だった。
俺の仕事を説明したのだが反応が薄く、ずっと茫然としている。
「あの、聞いてます?」
目の前で手を振ってみたのだが、全く反応がない。
猫だましのように目の前でパチンと手を叩いてようやく、彼はハッと我に返った。
「俺…死んだ…のか??」
「えっ?そこから?!」
俺は驚いた。俺が派遣されるのは明確に誰かに何かの言葉を残したい人ばかりだったので、今回のケースは想定外だ。
「えーと、最期に誰かに何か伝えたい事、あったりしますよね?」
俺は恐る恐る声をかけた。
彼はがくりと膝を折る。
両手で頭をかかえて小さくなった。
「俺の人生…何だったんだ…」
「え?」
「伝えたい事だって?何だそれ。それこそ誰かの何かになりたかった。誰かの一番になりたくて、何者かになりたくて、色々頑張ってきたさ。それなりに友達も、時には恋人もいたけどさ。何だよ、死んだら何も残らねぇじゃねぇか。…いや、死ぬ前だって何も残っちゃいなかった…生きるために頑張って働いて、働いて、食べて、寝て。何やってたんだろうな、俺」
彼は顔をあげて俺を見たが、目は虚ろだった。
「自分の葬式を見たんだ」
「はぁ」
「…夢だと思った。胸糞悪い夢だって。でも、本当だったんだな。……誰も来ちゃくれなかった。そんなもんだったんだ。俺の生きた65年なんて…」
俺の胸はズキンと痛んだ。いや、俺は幽霊だから厳密には心臓ないんだけれど。そのくらい痛みを覚えたって事だ。
人生の旅路の果てに、己の存在が、誰にも何も残らなかったと思うのは辛い。
何のために生きてきたのかと思ってしまうのは辛い。
俺は何も言えなくなって、黙って俯いてしまった。
彼は最期に何を残せば成仏できるのだろう。
俺にはわからなかった。

俺はようやくできた手紙を手に、地方に来ていた。
幽霊に距離はあまり関係ない。
今回はイレギュラーで、依頼人も一緒に来ていた。
「母さん…」
手紙の宛先は、彼の88歳の母親だった。
手紙を渡すと、彼女は無言で封を切った。
震える息子の声が、宙に溶け出す。
「母さん、俺の葬式大変やったよな。ありがとう」
母は静かに首を横に振った。
「俺…何者にもなれんかったよ。昔よう言うてたよな、立派な人になれ、幸せな家庭を築けって。結局、結婚もせん、子供もおらん、親孝行、全然できんかった、ごめん」
悔恨の滲むその声に、母は静かに返事を返した。
「そんな事ないで。信二。真っ当に生きて、最後まで誰に迷惑かけるでもなく、元気に65歳まで頑張って生きたんやろ。こんなありがたい事ないよ。そんな、卑下する方が悲しいわ。私ゃ嬉しかったし楽しかったよ。生まれてきてくれてありがとうね」
「母さん!!!」
幽霊の息子は母に縋りついて号泣した。もちろん、姿も声も、母には届かない。
けれど、母は手紙の肉声に彼の存在を感じるようで、母の顔をしてただただ微笑んでいた。
「ただ、親より先に死ぬやつがあるかい。それだけは親不孝なんだから反省しいや」
息子は涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔で、うんうんと激しく頷いている。
「ごめん、ごめん、母さん」
存在を認められ、人生を肯定された。
許された。
己の人生への肯定的な想いが皆無であった事が、彼を悪霊たらしめようとしていて、成仏から遠ざけられていたようだった。
彼は満足して徐々に薄れ、やがて、消えた。
「……息子の手紙、ありがとうねぇ」
「いえ」
俺はもらい泣きして目も顔も真っ赤にしたまま首を横に振った。
「…私の言葉が呪いになっていたんかねぇ。偉くならんといかんとか。将来食うに困らなきゃ良いと思って言った言葉やったけど。良い母親やなかったねぇ」
「そんな事ないです。彼はとてもお母さんが大好きでしたよ」
成仏する前、彼は65歳の姿から巻き戻り、8歳くらいの少年の姿になっていた。あれは、彼が最も母に甘えられていた幸せな頃の姿だったに違いない。
「ありがとうねぇ。そうだ、君、飴ちゃんあげようね。不思議な手紙やったし、君も不思議な子ぉやけど、元気でおりや。元気が一番やで」
彼女は巾着の袋から飴を一掴み、俺の手に握らせてくれた。
「ありがとうございます。友達といただきます」
俺は涙を拭くと、一礼して家を出た。
(反省しいや、か)
彼女の言葉は俺にも響いていた。
俺も親不孝者だ。
胸がズキズキと痛む。
だから実家には長い間帰れていない。
友達の家に居候を決めたのは、そんな気持ちもあっての事だった。
それでも、今日は家族に会いに行こうと思う。
俺の声も姿も家族は認識できないので、俺が一方的に見るだけだけれど。
勇気の飴ちゃんを一つ口に入れて、俺は空を駆けた。

1/30/2026, 4:06:18 PM

あなたに届けたい(オリジナル)(秘密の手紙続編)

俺は最期の手紙配達員の見習いをしている幽霊だ。
思い残しがあって成仏できない人の、伝えたいメッセージを本人に代わって相手に伝える仕事だ。
今日の依頼人は小さくて可愛いお婆さんだった。
70年連れ添った旦那さんに言い忘れた事があるという。
俺はお婆ちゃんっ子だったので、もうそれだけで泣きそうだった。親不孝にも、祖父母不幸にも、俺は事故で先立ってしまったわけだけれど。
閑話休題。
スマホ操作が苦手らしく、音声録音を手伝ったので手紙の中身を聞いてしまったのだが、俺は号泣してしまった。
「敏夫さん、ちゃんと食べていますか。ちゃんと寝ていますか。心配です。あなたを看取ってあげたかったけれど、先に亡くなってしまってごめんなさい。あなたの好きな筑前煮が冷蔵庫に入っているので、腐る前に食べてくださいね。ずっと一緒にいてくれてありがとうございました。私は幸せでした」
俺は涙と鼻水を袖で拭きながら、何が心残りで成仏できないのかと尋ねた。
お婆さんはふふふと笑って、
「冷蔵庫の筑前煮。もったいないじゃない?」
などと言う。
そんな馬鹿な。照れ隠しだろうか。
俺は手紙を実体化すると、配達先に飛んだ。

その家は、人が住んでいるのが不思議なほどの、崩れたあばら屋だった。
呼び鈴などなく、玄関をノックする。
「すみませーん!」
耳が遠いかもしれないので大きな声をあげると、戸がガラガラと音を立てて開いた。
現れたのは、腰が曲がり、髪がボサボサの、覇気のない老人だった。
「お届け物です」
俺は手紙を差し出した。
彼は手紙の差出人を見て、驚いたように顔をあげた。
俺は小さく頷く。
彼は震える手で手紙の端を破った。
すぐに封筒は消え、音声が流れ出す。
お爺さんは黙って聞いていたが、最後に両手を顔に当てて唸った。
指の隙間から、涙がボロボロと溢れている。
俺も一緒になって泣いた。

やがて、彼は語ってくれた。
ふたりはお金がなく、日々の食事にも困る生活をしていたこと。
昨日が自分の誕生日だったこと。
おそらく日々の生活費や通院費を切り詰めて、サプライズで好物を用意してくれていたこと。
電気も止められる事があったので、冷蔵庫はあまり使っていない。しかも自分は料理をほとんどしないので、冷蔵庫を開ける機会があまりない。気づかれずに腐ってしまう事を、彼女はもったいないと思ってこんな手紙を残したのであろう事。
「あいつはそういうヤツだったから」
お爺さんはしみじみと、笑みを浮かべながら言った。
お婆さんの心残りを的確に言い当てるお爺さんに、俺はいたく感動してしまった。
(いいなぁ。こういう関係)
俺はもう幽霊なので、羨んだとて決して真似できない未来なのだけれど。
ちょっとチクリとした。
お爺さんは空に向かって顔を上げると、
「和江!ありがとうなぁ!」
大きな声を張り上げた。
お婆さんに届くように。

俺は役目を終えて透明化した。
お爺さんは顔を戻して俺がいない(見えない)ことに驚いたようだったが、手紙も含めて何も残らない。
夢でも見たのかと首を捻りながら、家の中に戻っていった。

1/29/2026, 1:27:04 PM

ILove…(オリジナル)(秘密の手紙続編)

俺は最期の手紙配達員の見習いをしている幽霊だ。
心残りがあって成仏できない人の心残りを手紙にして相手に届ける仕事だ。
指導員から聞いた話だと、幽霊が悪霊化するのを防いだり、魂の循環を円滑にする効果があるらしい。
知らんけど。
仕事はその指導員からスマホに連絡が来る。
今日のお相手は綺麗な女性だった。
たぶん30歳くらい。
愛している彼に言葉を残したいと言う。
手紙の内容は俺の幽霊スマホ内の専用アプリに吹き込んでもらう仕組みだ。中身を知られたくない人は俺から離れての録音も可能。
彼女は隠れて録音した。
愛の言葉なのだろうから当然だ。
出力ボタンを押すと、現世の人間が触れることのできる紙の封筒が空中にポンと現れる。
「お願いします」
彼女はにっこり微笑んだ。
「承知しました」
俺は意気揚々と飛び上がった。

宛名の相手の居場所は、スマホ内の専用地図アプリにマークがついている。俺はひとっ飛びして、マンションの一室、玄関前に降り立った。
このタイミングで地に足をつけると、俺は少しの間だけ対象に見えるし触れられる状態になる。
不思議だ。
チャイムを鳴らすと、訝しげな顔をして、30歳くらいの若い男性が出てきた。
「あ、すみません。お届け物です」
すかさず封筒を渡す。
ポストへの投函は厳禁だ。
彼は不審そうな顔をして真っ白な封筒の表書きを見て、裏書きを見て、瞬間、
「うわあああ!?!?!」
化物を見たみたいな勢いで、手紙を宙に放り捨てた。
俺はそれをはっしと受け止める。
亡くなった方からの手紙というのは確かに気味の悪いものかもしれないが、それにしたって恋人の手紙にこの態度はない。
俺は少しムッとして、手紙を再度押し付けた。
彼は頑なに手を後ろにやって拒否する。
「いや、受け取ってくださいよ」
受取拒否は初めてなのだが、このまま渡せないとどうなるのだろう?
途方にくれていると、彼は今度は勢いよく俺の手から手紙を抜き取ると、
「こんなもの!!」
と、ビリビリに破りだした。
「あ」
手紙は音声なので、破くと再生が始まる。
それは、こんな具合だった。
「愛しい愛しい伸くん!私は死んでしまいました!何でかわかる?あなたが死ねと言ったから。気持ち悪い、あっち行けと言ったから。私はあなたのことが大好きで大好きで、ひと時も離れていたくないくらい大好きで、だからいつも見守っていたのよ。変な虫が寄りつかないよう露払いもしてあげてた。聡美も優子も貴美代も香澄も全部、ぜーんぶ。だって私、あなたの事が大好きだから。愛してる。私が絶対幸せにするからね。あなたが死ねって言ったから願いを叶えてあげたの。ふふふ、だから、これからずっとずっーと一緒にいられるね。いつでも側にいるからね。ずっと私を感じていてね」
「うわ」
俺は思わず呟いていた。
彼は耳を塞いで震えている。
「恋人…じゃなかったんですか?」
「…馬鹿いえ、ストーカーだよ」
そうか、あいつは死んだのか、と、彼は疲れたように笑った。
遠くの空で、キャハハハハと狂ったような笑い声がする。おそらく依頼人が、手紙に気持ちを吐き出すだけでは足らず、遠くで顛末を見守っていたものと思われた。
幽霊にしか聞こえないその声も、彼には何か感じるものがあったようで、びくりと身をすくませると、そそくさと家の中に戻って行った。

ふたりの間に何があって、どちらが悪いとか、どちらの言い分が正しいとか、俺にはわからない。
悪霊と化して彼を襲うくらいなら、このくらいで満足して成仏してくれた方が良かったのかもしれないが、彼の方に全く落ち度がなかったのだとしたら、ただただお気の毒だ。
ただの呪詛のようなものを届けてしまった。
他に方法はなかったんだろうか。
俺は悶々としていた。
こんな最期の手紙もあるんだなと複雑だ。

仕事を終え、居候させてもらっている家にフラフラ帰り着くと、家人は俺の帰りを待っていた。
俺を見ると嬉しそうにパッと笑顔になる。
「あ、かずくん、お帰り」
「……ただいま」
「…お疲れだね?」
覇気のない俺の様子で何かあったと察したようだが、個人情報に厳しい仕事だと理解してくれているので、いつも突っ込んでは聞いてこない。
俺は口が軽い方なので、とてもありがたかった。
「うん。まぁ」
「かずくん、幽霊ってお風呂入れるんだっけ?今日柚子が手に入ったから柚子風呂にしてみたんだけど、どうかな?」
幽霊は色々透過してしまうが、匂いや温度などはやんわり感じる事ができるので、柚子風呂は大変興味深かった。
俺は仕事のモヤモヤがすっ飛んだ気持ちになって、
「いいね!入る!一緒に入ろ!」
と言った。
「え?一緒に?」
「おうよ。風呂ならシャワーの刺激も試してみたいし。蛇口捻れないから助けてよ。いや〜昔を思い出すなぁ」
「ええ〜やめてよ。一緒にお風呂入ったのなんか小学校低学年くらいの時の話でしょ。かずくんの方が絶対良い身体してるから嫌だ」
「なんだよ、いや?うん、俺、服脱げるのか?服、水に濡れると思う?試した事ねぇな。うん、おっ?なんか脱げそうだな」
「ちょっと!脱ぐなら浴室行って!」
とても嫌そうにそう言うけれど、俺は知っているんだ。彼はとても優しいので、風呂場で助けて欲しいと叫んだら来てくれるに違いない事を。
(愛だな。愛)
俺は嬉しくなってニマニマしながら風呂場へ飛んだ。
柚子の良い香りがした。

1/28/2026, 11:13:14 AM

街へ(914.6)

先日、初めましての人と話す機会がありました。
彼女は遠くから来ていたのですが、
「すごくキラキラしてオシャレな街ですね!!!」
と、いたく感動されていて。
大都会からは少し離れた静かな場所だったので、そうか??と思いながら聞いていたのですが、
「クリスマスでもないのにイルミネーションで街がキラキラしてる!」
と。
確かに、何でもないビルの間の街路樹がイルミネーションでライトアップされていて、夜は綺麗でした。
そんな風景が当たり前になっていて感動もしない自分にがっかりするとともに、彼女の喜びようが嬉しくて(別にその場所は地元でも何でもないのですが)ニコニコした出来事でした。

1/27/2026, 10:34:39 AM

優しさ(オリジナル)

私は会社で「優しい人」と言われている。
困っている人がいれば積極的に声をかけ、手伝う。
場合によっては仕事を引き取る。
皆がやりたがらない、誰も手をつけない仕事もやるし、用事があるのに仕事が終わらない人の仕事も進んで引き受ける。
効率化のために専用の入力シートをつくり、パソコンが弱い人をよく手助けする。
よく気がつくとも言われ、雑用関連は「気づいた人がやる」形式だったので、ほぼ全て私がやっていた。
皆には感謝され、優しいね、と言われていた。
そろそろかな、と思ったので、急に辞めてやった。
少しして風の噂で、社内が崩壊していると聞いた。
雑用を押しつけあい、手伝わない助けない仕事ができないお互いを罵り合い、壊れた入力シートを直せる人もおらず、ストレスMAXで毎日イライラしているという。
爽快である。

優しさとは。

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