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ILove…(オリジナル)(秘密の手紙続編)

俺は最期の手紙配達員の見習いをしている幽霊だ。
心残りがあって成仏できない人の心残りを手紙にして相手に届ける仕事だ。
指導員から聞いた話だと、幽霊が悪霊化するのを防いだり、魂の循環を円滑にする効果があるらしい。
知らんけど。
仕事はその指導員からスマホに連絡が来る。
今日のお相手は綺麗な女性だった。
たぶん30歳くらい。
愛している彼に言葉を残したいと言う。
手紙の内容は俺の幽霊スマホ内の専用アプリに吹き込んでもらう仕組みだ。中身を知られたくない人は俺から離れての録音も可能。
彼女は隠れて録音した。
愛の言葉なのだろうから当然だ。
出力ボタンを押すと、現世の人間が触れることのできる紙の封筒が空中にポンと現れる。
「お願いします」
彼女はにっこり微笑んだ。
「承知しました」
俺は意気揚々と飛び上がった。

宛名の相手の居場所は、スマホ内の専用地図アプリにマークがついている。俺はひとっ飛びして、マンションの一室、玄関前に降り立った。
このタイミングで地に足をつけると、俺は少しの間だけ対象に見えるし触れられる状態になる。
不思議だ。
チャイムを鳴らすと、訝しげな顔をして、30歳くらいの若い男性が出てきた。
「あ、すみません。お届け物です」
すかさず封筒を渡す。
ポストへの投函は厳禁だ。
彼は不審そうな顔をして真っ白な封筒の表書きを見て、裏書きを見て、瞬間、
「うわあああ!?!?!」
化物を見たみたいな勢いで、手紙を宙に放り捨てた。
俺はそれをはっしと受け止める。
亡くなった方からの手紙というのは確かに気味の悪いものかもしれないが、それにしたって恋人の手紙にこの態度はない。
俺は少しムッとして、手紙を再度押し付けた。
彼は頑なに手を後ろにやって拒否する。
「いや、受け取ってくださいよ」
受取拒否は初めてなのだが、このまま渡せないとどうなるのだろう?
途方にくれていると、彼は今度は勢いよく俺の手から手紙を抜き取ると、
「こんなもの!!」
と、ビリビリに破りだした。
「あ」
手紙は音声なので、破くと再生が始まる。
それは、こんな具合だった。
「愛しい愛しい伸くん!私は死んでしまいました!何でかわかる?あなたが死ねと言ったから。気持ち悪い、あっち行けと言ったから。私はあなたのことが大好きで大好きで、ひと時も離れていたくないくらい大好きで、だからいつも見守っていたのよ。変な虫が寄りつかないよう露払いもしてあげてた。聡美も優子も貴美代も香澄も全部、ぜーんぶ。だって私、あなたの事が大好きだから。愛してる。私が絶対幸せにするからね。あなたが死ねって言ったから願いを叶えてあげたの。ふふふ、だから、これからずっとずっーと一緒にいられるね。いつでも側にいるからね。ずっと私を感じていてね」
「うわ」
俺は思わず呟いていた。
彼は耳を塞いで震えている。
「恋人…じゃなかったんですか?」
「…馬鹿いえ、ストーカーだよ」
そうか、あいつは死んだのか、と、彼は疲れたように笑った。
遠くの空で、キャハハハハと狂ったような笑い声がする。おそらく依頼人が、手紙に気持ちを吐き出すだけでは足らず、遠くで顛末を見守っていたものと思われた。
幽霊にしか聞こえないその声も、彼には何か感じるものがあったようで、びくりと身をすくませると、そそくさと家の中に戻って行った。

ふたりの間に何があって、どちらが悪いとか、どちらの言い分が正しいとか、俺にはわからない。
悪霊と化して彼を襲うくらいなら、このくらいで満足して成仏してくれた方が良かったのかもしれないが、彼の方に全く落ち度がなかったのだとしたら、ただただお気の毒だ。
ただの呪詛のようなものを届けてしまった。
他に方法はなかったんだろうか。
俺は悶々としていた。
こんな最期の手紙もあるんだなと複雑だ。

仕事を終え、居候させてもらっている家にフラフラ帰り着くと、家人は俺の帰りを待っていた。
俺を見ると嬉しそうにパッと笑顔になる。
「あ、かずくん、お帰り」
「……ただいま」
「…お疲れだね?」
覇気のない俺の様子で何かあったと察したようだが、個人情報に厳しい仕事だと理解してくれているので、いつも突っ込んでは聞いてこない。
俺は口が軽い方なので、とてもありがたかった。
「うん。まぁ」
「かずくん、幽霊ってお風呂入れるんだっけ?今日柚子が手に入ったから柚子風呂にしてみたんだけど、どうかな?」
幽霊は色々透過してしまうが、匂いや温度などはやんわり感じる事ができるので、柚子風呂は大変興味深かった。
俺は仕事のモヤモヤがすっ飛んだ気持ちになって、
「いいね!入る!一緒に入ろ!」
と言った。
「え?一緒に?」
「おうよ。風呂ならシャワーの刺激も試してみたいし。蛇口捻れないから助けてよ。いや〜昔を思い出すなぁ」
「ええ〜やめてよ。一緒にお風呂入ったのなんか小学校低学年くらいの時の話でしょ。かずくんの方が絶対良い身体してるから嫌だ」
「なんだよ、いや?うん、俺、服脱げるのか?服、水に濡れると思う?試した事ねぇな。うん、おっ?なんか脱げそうだな」
「ちょっと!脱ぐなら浴室行って!」
とても嫌そうにそう言うけれど、俺は知っているんだ。彼はとても優しいので、風呂場で助けて欲しいと叫んだら来てくれるに違いない事を。
(愛だな。愛)
俺は嬉しくなってニマニマしながら風呂場へ飛んだ。
柚子の良い香りがした。

1/29/2026, 1:27:04 PM