あなたに届けたい(オリジナル)(秘密の手紙続編)
俺は最期の手紙配達員の見習いをしている幽霊だ。
思い残しがあって成仏できない人の、伝えたいメッセージを本人に代わって相手に伝える仕事だ。
今日の依頼人は小さくて可愛いお婆さんだった。
70年連れ添った旦那さんに言い忘れた事があるという。
俺はお婆ちゃんっ子だったので、もうそれだけで泣きそうだった。親不孝にも、祖父母不幸にも、俺は事故で先立ってしまったわけだけれど。
閑話休題。
スマホ操作が苦手らしく、音声録音を手伝ったので手紙の中身を聞いてしまったのだが、俺は号泣してしまった。
「敏夫さん、ちゃんと食べていますか。ちゃんと寝ていますか。心配です。あなたを看取ってあげたかったけれど、先に亡くなってしまってごめんなさい。あなたの好きな筑前煮が冷蔵庫に入っているので、腐る前に食べてくださいね。ずっと一緒にいてくれてありがとうございました。私は幸せでした」
俺は涙と鼻水を袖で拭きながら、何が心残りで成仏できないのかと尋ねた。
お婆さんはふふふと笑って、
「冷蔵庫の筑前煮。もったいないじゃない?」
などと言う。
そんな馬鹿な。照れ隠しだろうか。
俺は手紙を実体化すると、配達先に飛んだ。
その家は、人が住んでいるのが不思議なほどの、崩れたあばら屋だった。
呼び鈴などなく、玄関をノックする。
「すみませーん!」
耳が遠いかもしれないので大きな声をあげると、戸がガラガラと音を立てて開いた。
現れたのは、腰が曲がり、髪がボサボサの、覇気のない老人だった。
「お届け物です」
俺は手紙を差し出した。
彼は手紙の差出人を見て、驚いたように顔をあげた。
俺は小さく頷く。
彼は震える手で手紙の端を破った。
すぐに封筒は消え、音声が流れ出す。
お爺さんは黙って聞いていたが、最後に両手を顔に当てて唸った。
指の隙間から、涙がボロボロと溢れている。
俺も一緒になって泣いた。
やがて、彼は語ってくれた。
ふたりはお金がなく、日々の食事にも困る生活をしていたこと。
昨日が自分の誕生日だったこと。
おそらく日々の生活費や通院費を切り詰めて、サプライズで好物を用意してくれていたこと。
電気も止められる事があったので、冷蔵庫はあまり使っていない。しかも自分は料理をほとんどしないので、冷蔵庫を開ける機会があまりない。気づかれずに腐ってしまう事を、彼女はもったいないと思ってこんな手紙を残したのであろう事。
「あいつはそういうヤツだったから」
お爺さんはしみじみと、笑みを浮かべながら言った。
お婆さんの心残りを的確に言い当てるお爺さんに、俺はいたく感動してしまった。
(いいなぁ。こういう関係)
俺はもう幽霊なので、羨んだとて決して真似できない未来なのだけれど。
ちょっとチクリとした。
お爺さんは空に向かって顔を上げると、
「和江!ありがとうなぁ!」
大きな声を張り上げた。
お婆さんに届くように。
俺は役目を終えて透明化した。
お爺さんは顔を戻して俺がいない(見えない)ことに驚いたようだったが、手紙も含めて何も残らない。
夢でも見たのかと首を捻りながら、家の中に戻っていった。
1/30/2026, 4:06:18 PM