星に包まれて(オリジナル)
一人で登山に来た。
テント場にテントを張り、荷物を置き、ヘッドランプのみ首にかけて手ぶらで少し道を外れる。
細い水が流れる水場近くに比較的平らな場所があり、直接地面に寝転んだ。
丈の短い草達が、生肌の出ている顔や手に優しく突き刺さる。
テント場の音も声も聞こえず、人の気配もしない。
水のチョロチョロと流れる音と鳥の声だけ。
私はしばし目を閉じた。
ひとりになりたくて山に来た。
いや、山に来なくても私はひとりだった。
家族とは仲が悪く、家を出て一人暮らし。
少し疎遠にはなっているが、学生時代の部活仲間が少しいて、職場でも皆と仲良くやっていたと思う。
しかし先日、自分が誘われていない飲み会が職場で開催されているところに偶然行き合い、悪口を言われているのを聞いてしまった。
変人で付き合いにくい。
何を考えているかわからない。
趣味が理解できない。
そんなだから結婚できないんだ。
そのような意見に皆が共感して笑っていた。
飲みに誘われていなかった事と、自分の悪口で盛り上がっている事にショックを受けた。
自分はそこまで嫌われるような事をしただろうか。
しかし実際、家族ともまともな関係を築けず、恋人もおらず、職場でまともな人間関係を築けると思う方が間違っているのかもしれない。
昔の友達ともあまり会っていないが、もしかしたら同じように自分には会いたくないのかもしれない。
誰にとっても自分は一番ではない。
当たり前のその事が、深く胸に突き刺さる。
とてつもなく寂しくなり、自分からひとりになりに山に来た。
ふと目を開けると、体の上を虫が這っていた。
都会の家の中で遭遇すれば嫌悪を抱き、即座にはたき落とす存在であるが、今は山にいる同士である。
ああ、人間も自然の一部なのだなぁと思う。
自分が膨張し、拡散し、山に溶けていく気がした。
自然に還るとはこういうことかと思う。
すぐ近くのテント場に多くの人がいるのに、今この瞬間は世界に自分だけの気がした。
虫と鳥と動物と自然だけの世界。
しかし、自分も自然の一部なのだから、寂しくない。
懸命に生きる虫達に愛おしさが湧く。
自分と一緒だな、と思う。
ようやく孤独感が和らぎ、涙が出た。
涙とともに、心の澱が流れていく気がした。
そのまま眠ってしまったらしい。
寒さで目が覚めた。
辺りはすっかり暗くなっていた。
人工の光がほとんどない夜空には、都会では見られない満点の星が瞬いていた。
しばし唖然と空を眺める。
宇宙は広いな。
地球は小さいな。
人間も小さいな。
私は立ち上がり、両手を大きく広げた。
「自然」の中に「宇宙」も入れると、それは途方もない大きさになった。
美しい星空を抱きしめると、世界から自分が許されている気持ちになった。
だって自分はこんなにもちっぽけなのだから。
ヘッドランプをつけ、テント場に戻った。
沢山の人がそれぞれに夕飯を作ったり、酒盛りをしたりしていた。
自分のテントに戻ると、隣の人が話しかけてきた。
「あ、戻られましたね。暗くなっても戻られないので心配しましたよ」
「あ、すみません。気持ち良くて寝ちゃってて」
「ヘッデン持ってて良かったです。そうだ、お酒いかがです?明日の荷物ちょっと減らしたくて。もし飲めるなら」
「ありがとうございます。いただきます」
見知らぬ人とのさりげない交流に、胸が震えるほどの喜びがあった。
自分にとっての一番もいないのだから、自分が誰かの一番でありたいなんて烏滸がましい。
けれど、一番でなくたって人は人を心配するし、共に何かをしたいと思う時もあるし、助けてくれると嬉しいし、それで良いのだと思う。
「乾杯!」
私たちは星空の下で、酒の入った登山用マグカップをかち合わせた。
静かな終わり(914.6)
宇宙の話が好きです。
文系なので理論など全く理解はできないのですが、世の不思議を解明しようとする学問は素晴らしいと思います。
前に「宇宙の終わり」について書かれた本を読んだ中に「時が止まる」という話がありまして。
宇宙の膨張とともに、過去から未来へと、時が流れているのが、生きた宇宙。人も動物も物でさえも、時の経過とともに「変化」していく事には抗えない。
しかし、膨張が止まり、宇宙のエネルギー運動が全て停止すると、時が止まり、全てのものが成長も衰退もなく先に進まなくなる。それが、宇宙の死だと。
確かそんな事が書いてあって、実際想像してみて、それは確かに死だなと思った記憶があります。
それは、人類が滅亡した後のはるか先の未来だろうけれど、そこにもし意思のある生物がいたら、どういう認識になるんだろう。時間が遅くなっているなんて観測や体感できるんだろうか。
わからなすぎて、恐ろしくもワクワクします。
そして、宇宙の話から「生きる」とは「変化する事」と理解しました。
まぁ、死んでも変化はするんですけどね(笑)
変化を恐れず、楽しく日々過ごしていきたいですね。
心の旅路(914.6)
人生、経験しないと理解できない感情は沢山あって。
よく「他人の気持ちを想像しろ」と言われるけれど、想像にも限界はあると思う。
実際自分がそうなってみて初めて、雷に打たれたように「そういう事だったのか!」という理解が降ってくる事もある。
私にとっての最新のソレは推し活。
自分がハマる前は、お金の無駄と思っていました。
応援するという気持ちが理解できなかった。
閑話休題。
仕事に就く事で理解できる事もあれば、
親になる事で理解できる事もあるだろうし、
成功や挫折の経験から得る事もあるだろう。
でもだからといって、同じ経験をした人間が全く同じモノを受け取るかといえば、そうでもない。
皆、経験値や背景が違うのだから、同じシチュエーションでも思う事は千差万別。
心の旅路は、皆がそれぞれ別々に歩むもの。
時々重なったり、共感できたりしながら、経験を積んでいくもの。
美しくて綺麗なものばかりでない事は間違いないし、辛い事や苦しい事はできれば経験したくないけれど、せめて自分の意思でどうにかなる部分に関しては健全な方向に持っていけるよう努力していきたいと思う。
凍てつく鏡(オリジナル)(異世界ファンタジー)
我が街には人工の観光名所がある。
魔道具を使ったテーマパークだ。
職人が腕によりをかけて作成した魔道具をお披露目する場でもあるし、展示即売会の意味もある。
特に人気なのがミラーハウス、鏡の迷路だった。
ところどころの鏡に凍てつく魔法が施されており、迷路は細く複雑で、途中に仕掛けもあり、ゴールできる者は少なかった。
無事にゴールまで辿り着いた者には、迷路の中で得た魔道具と、豪華賞品が与えられた。
これまでのゴール最短記録は半日だったが、本日、2時間という、とてつもない記録を出した人間が現れた。
ヒト族の冒険者で、名をラッツという。
皆、あまりに驚いて不正を疑ったが、どこも壊されておらず、途中の景品である魔道具も手にしており、不正の証拠は見つからなかった。
豪華景品を渡す係であった私が、
「いったいどうやって」
と呟くと、彼は頭をポリポリ掻いて、
「うーん、やっぱ不正ってことになっちゃうかな?」
と、苦笑いした。
「?」
「君、迷路の一番最初の罠の場所わかる?」
「それくらいならわかりますけど…」
「じゃあ、そこまで一緒に来てくれる?」
そう言われて、何が見られるのか、期待しながらついていった。
二人で迷路に入る。
ラッツは先に立ち、両手を壁に当てて前に進んだ。
最初に魔法が発動する鏡の前まで来たが、彼は何の躊躇もなく、スタスタと通り過ぎて行った。
「え?!」
魔法が発動しなかった。
もしや壊れているのかと、恐る恐る手を差し出すと、ビュッと強い勢いで、凍てつく風が吹き出した。
「ひゃっ!」
「うわっ!そこ、仕掛けあったんだ。あっぶね」
驚いて手を引っ込めた私であるが、前を行っていたラッツも風をくらいそうになって驚いていた。
「え?どういうこと?」
「あー俺、魔法使えない呪いにかかってて、魔道具使えなくて。効果としてはたぶん、触ってる間だけ、発動を阻害するみたいなんだよね」
だから、両手でずっと壁を触ることで凍てつく鏡の魔法発動を抑えながら、右手側をずっと行くことで迷路を脱し、後は普通の仕掛けを経験値から看破するだけだったのだと種明かしするのだった。
普通の仕掛けが一番面倒だったとぼやいている。
その証拠に無傷とはいかなかったのだろう、いくつか擦り傷は負っていた。
魔法が発動しないよう壁に手を当てたまま、今度はこちら側に戻ってくる。
とてもズルい。
しかし、そんなことよりも、私は魔道具職人の端くれとして、とても興奮した。
彼に背中を押され、入り口に戻りながら、
「君、なんてすごい魔法にかけられているんだ!」
「いや、呪いね。まぁ、確かに魔法だろうけど」
「それを再現する魔道具をつくりたい!ぜひ色々人体実験させてくれないか!」
そう言って彼の手を握った。
彼は私の突然の豹変にギョッとしたようで、目が泳いでいる。
「いや、俺はこれが解ける人やモノを探していて…」
「それもぜひ、私にやらせてもらえないだろうか!私なら命の保証はします、たぶん、きっと!」
「たぶん?!きっと?!」
「本当に再現可能かわかりませんけど、解呪もいつになるか正直わかりませんけど、人類の未来のために、叡智のために、できる限りのことはします!」
瞳をギラギラさせ、鼻息荒く迫ったら、怖がられてしまったらしい。彼はひきつった笑いを浮かべながら、四苦八苦して私の手を振り解いて、
「え、遠慮しときます!」
全力で、入り口に向かって駆け、否、逃げ出した。
その背中に、商魂逞しく声をかける。
「安くしますよーー!ご検討よろしくです!」
私などこれでまだ可愛い方だ。この街には私以上に魔道具に狂った職人がたくさんいる。
彼は一度も振り返らなかったが、きっとまた会うことになるだろうという予感がした。
なので、それまでに実験の準備をしておこう。
私は堪えきれない喜びに、にんまりと笑った。
月明かりの夜(オリジナル)(異世界ファンタジー)
目覚めたら依頼人がいなくなっていた。
山小屋の床に昏倒していたラッツは、飛び起きてすぐさま外に飛び出した。
降雪は止んでいた。
満月の月明かりが雪原を照らしている。
山頂に向けて、足跡が続いていた。
ラッツは雪原を駆けた。
今回引き受けた依頼は、死者と会えると噂の、この山への同行だった。
依頼人はまだ年若い夫婦で、少し前に幼い子供を亡くしていた。
妻の方が精神的に参ってしまい、藁をも掴む思いであったらしい。
山頂直下の山小屋に到着し、雪が止むのを待つ間、ポツポツと話を聞いていた。
娘は10歳で、何者かに乱暴されて殺されたそうだ。
犯人はまだ捕まっていないらしい。
病んだ妻は瞳を凄惨にギラつかせ、
「だから、あの子に会って、犯人を教えてもらうんです」
と言った。
夫は驚いた顔をして、
「犯人がわかったところであの子は戻ってこないだろ」
と、暗い声で言った。
「そんな事はわかっています!でも、犯人がのうのうと生きている事が許せない!あなたはそう思わないの?!」
ヒステリックにそう叫んだところで、妻は何かに気づいたように、唐突に窓に駆け寄った。
「ニナちゃん!!」
「?!」
「やっぱりニナちゃんだわ!待って!」
妻の動きは速かった。ラッツが制止する間もなく、扉を開けて外に飛び出して行った。
「奥さん!待っ」
て、と続けようとしたところで後頭部に衝撃が走り、ラッツは気を失ったのだった。
(クソッ!あのタイミングでこのザマって事は、犯人は夫じゃねぇか)
山小屋には夫婦とラッツしかいなかった。
妻が飛び出したのを制止しようと動いたラッツの背後には夫しかいなかったのだ。
気も力も弱そうな男だったので油断した。
まばらな木々を抜けて斜面を駆け上がっていくと、遠くに人影が見えた。なぜか夫が妻を背負って山頂に向かっているようだった。
「待て!」
ラッツが遠くから声をあげると、夫は気づいて足を速めたが、途中で諦めたらしい。山頂のやや広くなった場所に到着して妻を下ろすと、ラッツを待った。
その身体から殺気が溢れている。
3歩ほどの距離をあけて、ラッツは立ち止まった。
「お前が犯人なんだな」
「ああ!そうさ!」
そう言うと、夫はラッツに飛びかかった。
素人よりは冒険者のラッツの方が戦闘経験が多く、油断さえしなければ余裕で勝てるはずではあるが、慣れない雪に足をとられ、思うようにはいかなかった。
「お前、奥さんをどうするつもりだったんだ」
「そんなもの決まってる!山頂から落ちて事故で死んでもらう!お前もな!」
「させるかよ!っとと」
「死ね!」
腕を振りかぶった夫が、そこで急に固まった。
「?」
「あ…あ…ニナ?…本当に?」
彼はラッツの後ろに目をやり、ガクガクと震えていた。ラッツは振り向いたが、そこには何もなかった。
しかし、夫はジリジリと後退る。
「嘘だろ…やめろ…やめてくれ」
夫は虫を振り払うかのようにブンブンと両手を振りながら、さらに後退る。
「うわあああああ!!!」
ついに、ラッツに背を向けて山頂に向けて走り出した。何かに追われているように。それから逃げようとするかのように。
そして、地面に見えていた雪庇を踏み抜き、
「あああああぁぁぁぁ」
谷底に落ちていった。
死者と会える山。
ラッツには何も見えなかった。
ふたりは本当に死者と会えたのか。
あるいは、あの男のように、己が死者となって、死者に会いに行ける山だったのかもしれない。
ラッツの会いたい死者には、少なくとも、生きたままでは会えないようだ。
ラッツは小さくため息をつくと、意識を失っている妻を背負い、山小屋に戻るべく歩き始めた。
冴え冴えとした月の光が、まるで何事もなかったかのように、静かに雪原を照らしていた。