薄青い小さな花が、横たわる長身を飾るように群れ咲いている。
眠るみたいに穏やかな顔はそのうちのっそり起き出して、いつもの間延びした声で「おはよ~」とでも言いそうだ。けれどそれは絶対に有り得ないことを、俺はよく知っている。
閉じた瞼は二度と開かれることは無く、不思議な色をした瞳を見ることはもう叶わない。
「この色、アンタのイメージじゃねえんだけどな」
胸の上で手を組む姿は妙にキマっていて、スーツの色と対になるようなその花の薄い青も、まるで計算されたように俺の目に映った。
「なにが〝私を忘れないで〟だよ。生きてる間は俺なんか歯牙にもかけてなかった癖に」
軽口叩いて俺の手をスルリとすり抜けて。
なのに意味深な目を向けてきたりして。
俺は取り巻くように咲くその花を一房むしって、薄く開いた唇に押し込んでやる。
「アンタに振り回されて散々だったよ」
最後の最後まで、この人は俺を振り回してからかうばかりで、本心を見せてはくれなかった。
「お陰でアンタが消えてくれない」
アンタの望む通り、俺はアンタを忘れられなくなった。
唇に挟んだ花びら越しに口付けを交わす。
「やっとアンタを俺のモンに出来る」
ひとりごとのように、呟いた。
END
「勿忘草(わすれなぐさ)」
最近これで遊んでる子、見なくなったなぁ。
END
「ブランコ」
長い旅が終わった時、何か残っているのだろうか?
生まれてこのかた旅などしたことの無い人には何も残せるものが無いのだろうか?
人生を旅に例えるのもよくある表現だけれど、何も残せず死んでいった人は何もしなかったのだろうか?
そんなことはない、と思う。
世の中には写真も無く、日記も無く、文書も無く、音声も無いまま死んでいった人のなんと多いことか。
旅路の果てに、何かを残す必要などない。
ただ生きていた、それだけでいい。
END
「旅路の果てに」
綺麗な便箋にお気に入りのガラスペンで丁寧に文を書く。時候の挨拶、こちらの近況、あなたへの思い。
セットの封筒に入れて昔ながらの蝋で封をする。
柔らかで上等な布に〝ソレ〟を包んで、頑丈な箱に入れ、その上に手紙をそっと置く。
箱を開けた時、あなたはどんな顔をするんだろう。
楽しみで仕方ない。
驚き、喜び、恐怖、混乱。
怒りも混じっているかもしれない。
でも、それでも良かった。
「忘れてくれ」
言葉と共に渡されたお金。
あの時は呆然として何も言えなかったけれど、今なら言える。
お金なんかいらない。
あなたは忘れたいだろうけれど私は忘れない。
忘れるわけがない。あなたとの愛の日々を、あなたとの夢の日々を。
箱を開けたらきっとあなたも思い出す。
私との愛の日々、私との夢の日々。
手紙と一緒に届けた〝ソレ〟、なんだと思う?
ソレは、あなたと私の·····〇んでしまった、大切な·····
END
「あなたに届けたい」
君がその手に掛けたのは、誰かの愛する人だった。
私がこの手に掛けたのは、世界が愛する人だった。
みんな誰かの愛する人で、みんな誰かを愛している。
複雑に繋がり合った蜘蛛の巣みたいに誰かと誰かは関わっていて、あちらとこちらは繋がっている。
お互いだけしかいない世界ならいざ知らず、世界はそんなに単純じゃないから、誰かと関われば他の誰かと糸が繋がる。
君が殺した誰かの為に、君を殺そうとする誰かがいる。私が殺した誰かを愛して、私を殺そうとする誰かがいる。
この世界で生きるというのは、そういうことだよ。
END
「I LOVE…」