夏目漱石の『夢十夜』だよね。
〝こんな夢を見た〟で始まる四篇と他の六篇で構成された、十の物語。
夏目漱石という、当時の私にとって少し堅苦しい印象だった作家に俄然興味が湧いたきっかけが、この『夢十夜』だった。
教科書に載る作家、文学史という歴史に記される作家、身近じゃない、違う時代の作家。
そういう印象だった〝文豪〟という存在が、身近になった瞬間だった。
『夢十夜』『こころ』『薤露行』『幻想の盾』私が好きな作品はこのあたり。
文豪と呼ばれる作家の作品がなぜ現代も読まれているのか、うっすらとだが分かった気がする。
そう言えば、川端康成の『眠れる美女』も衝撃だったな。
END
「こんな夢を見た」
時間を遡ったり進んだりすることは不可能だと何かで読んだ。
それが本当なのかどうかは分からない。
それとは別に、過去や未来に行くことによって歴史や運命が変わるのではなく、違う世界へ分岐するだけだという説も漫画で読んだ。
自分の未来は変わったかもしれないが、分岐した世界の自分は残酷な運命を受け入れるしかない、という説明に鳥肌が立った。
未来や過去に行って自分の運命を変えた時、変わる前の残酷な運命を受け入れた自分はさぞ世界を憎んだことだろう。
自分が別の世界の自分を恨んだり、呪ったりする世界·····なかなかの地獄が出来ている。
END
「タイムマシーン」
真夜中に録画したTV番組を見ながら買ってきたケーキを一人で食べる。
暖房の効いたリビング。ケーキは少しお高いお店のケーキで、見てるのは推しがかっこいい役をやってる今期の推しアニメ。テーブルに置いたタブレットではこれまた推しがかっこいいキャラをやってるソシャゲ。
こんな特別で幸せなことはない。
あー、深夜に食べるケーキは美味しい。
END
「特別な夜」
世界は一度海に沈んだ。
ノアの方舟に限らず洪水伝説は世界のあちこちにあるらしい。
それが本当だとしたら、海の底に沈んだ街にかつて生きていた人達はその瞬間、何を思っていたのだろう。
降り続く雨、上昇し続ける海面、徐々に少なくなる陸地·····。迫り来る世界の終末を感じながら、波にさらわれ、海に沈んでいきながら、誰を思っていたのだろう。
もしまたいつかその時が訪れるなら、大切な誰かと過ごせたらいいのに。
END
「海の底」
ノックの音に顔を上げる。
「あぁ、いたいた。あのさぁ、ちょっと教えて欲しいんだけど」
機械オンチの同僚は時々こうしてやって来ては、仕事に使うツールの操作方法を教わろうとする。
こちらとしてもそれは別に構わないから、来る度に教えてやる。
「ありがと」
そんな事を何度か繰り返していたある時、ふと浮かんだ疑問。
「わざわざここまで来なくても隣に聞きに行きゃいいんじゃねえか?」
隣の部署には学生時代からの共通の友人がいる。わざわざ棟の違うここまで来なくてもコトは足りる筈だ。そう問うと、同僚は天井を見上げ何か考えるような仕草をして、聞こえない声でなにごとかを呟いた。
「あ?」
「·····何でもない」
顔が赤い。
体調でも悪いのだろうか。
「迷惑ならもう来ないよ」
「迷惑ってことは無ぇけど·····」
「とにかく助かったよ。教えてくれてありがと」
「·····ああ」
しばらくして、俺は思い知ることになる。
自分の鈍感さと、同僚の不器用さを·····。
END
「君に会いたくて」