帰り支度をしている背中を呼び止めた。
「飲みに行きません?」
「行かなーい」
にべもない返事。
「なんか用事でもあるんすか?」
「まあねー」
「そっか。じゃあ、またの機会に」
無理に誘うのもかっこ悪いからやめておく。
ダサい男だと思われたくなかった。
「ごめんねぇ」
歩き出す後ろ姿はいつも颯爽としていて、俺はそれを見送るのが好きで。
きっとこの人はどこでもこんなカッコイイままなんだろうと、思ってたから。
「ごめんなさい、ごめんなさいっ、許してください、ぶたないで、やめて、やめてくださいっ、·····助けてっ!!」
玄関を開けるなり飛び込んできたあの人に、俺は目を白黒させて。
月明かりの下、ギラリと光る物をみとめて。
――今まで俺は、なんて狭い世界を生きてきたんだろうと、思い知らされた。
END
「moonlight」
資格試験の勉強サボってゲームしたり、ダラダラX見たり、お酒やお菓子でダラダラ時間潰したり。
駄目だと分かってもやってしまう。
なぜって、仕事で疲れたり人間関係でモヤモヤしたりで逃避したい時もあるから。
だから今日だけ許して。
人間だもの(笑)。
END
「今日だけ許して」
世界が同時に終わるボタンとか、全ての兵器が一斉に無効になるボタンとか、暴力を振るったものが同じだけの報いを受けるボタンとか、発明してくれないものか。
END
「誰か」
買い物中、どんどん先に行ってしまう母を呼び止めた。数メートル前で止まった母は悪びれる風でもなく、私が追いつくのを待っている。
「歩くの早いんだってぇ·····」
「ごめーん。せっかちだからぁ」
――違うだろ。
胸の内で毒づく。
母は自分の服なんかを買う時はじっくり時間をかけて、私まで巻き込んでどの色がいいか、なんて聞いてきたりする。その癖私が何かを吟味しているとすぐに「あっち行ってるね」とさっさと隣の店に行ってしまう。要は自分のこと以外に興味が無いのだ。
それは父も同じだった。
人と合わせるということをしない。
人の話を聞かない。
自分の都合しか考えない。
お互いにそんな風で、よく夫婦になれたものだ。
それとも昔は違ったのだろうか。
歳を取ると我儘になるというが、そうならない人もいるのだからやはり当人の性格によるのだろう。
私はずっと昔から、あまり自分の話をしなかった。
父は私の好きな食べ物すら知りもしない。
話したところで聞いていないし、興味を持ってくれないからだ。
お陰ですっかり会話下手なコミュ障になってしまった。――別にいいけど、と思ってしまうあたり終わっていると思う。
こんな二人を見てきたせいか、私も人と合わせることが出来なくなって、一人が心地よくなった。
一人でいるのは気楽でいいけど、そのぶん色々と遠のいてしまったものもある。
たとえば·····結婚。
少し古い人なら〝女の幸せ〟と言っていたであろう全ての事が、私から遠のいた。
もうその足音を近くに聞くことはない。
ねえ、お母さん。
私がこんなになったのは、どうしてでしょう?
END
「遠い足音」
ショッピングモールの装飾に赤やオレンジが増えると秋だなぁって思う。
夏の青や黄色がメインの装飾から(海やヒマワリをイメージした色遣いだったのだろう)紅葉やハロウィンをイメージした色遣いに変わっていく。
でも、オレンジは10月31日を過ぎたらあっという間に少なくなって、今度は白や緑が増えていく。
気候変動だなんだと、季節の変化も昔とはだいぶ違ってしまったけれど、それを大事にしたい人の気持ちは変わらないのだろうな。
END
「秋の訪れ」