せつか

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買い物中、どんどん先に行ってしまう母を呼び止めた。数メートル前で止まった母は悪びれる風でもなく、私が追いつくのを待っている。
「歩くの早いんだってぇ·····」
「ごめーん。せっかちだからぁ」
――違うだろ。
胸の内で毒づく。
母は自分の服なんかを買う時はじっくり時間をかけて、私まで巻き込んでどの色がいいか、なんて聞いてきたりする。その癖私が何かを吟味しているとすぐに「あっち行ってるね」とさっさと隣の店に行ってしまう。要は自分のこと以外に興味が無いのだ。

それは父も同じだった。
人と合わせるということをしない。
人の話を聞かない。
自分の都合しか考えない。
お互いにそんな風で、よく夫婦になれたものだ。
それとも昔は違ったのだろうか。
歳を取ると我儘になるというが、そうならない人もいるのだからやはり当人の性格によるのだろう。

私はずっと昔から、あまり自分の話をしなかった。
父は私の好きな食べ物すら知りもしない。
話したところで聞いていないし、興味を持ってくれないからだ。
お陰ですっかり会話下手なコミュ障になってしまった。――別にいいけど、と思ってしまうあたり終わっていると思う。

こんな二人を見てきたせいか、私も人と合わせることが出来なくなって、一人が心地よくなった。
一人でいるのは気楽でいいけど、そのぶん色々と遠のいてしまったものもある。
たとえば·····結婚。

少し古い人なら〝女の幸せ〟と言っていたであろう全ての事が、私から遠のいた。
もうその足音を近くに聞くことはない。

ねえ、お母さん。
私がこんなになったのは、どうしてでしょう?


END


「遠い足音」

10/2/2025, 4:26:36 PM