世界が同時に終わるボタンとか、全ての兵器が一斉に無効になるボタンとか、暴力を振るったものが同じだけの報いを受けるボタンとか、発明してくれないものか。
END
「誰か」
買い物中、どんどん先に行ってしまう母を呼び止めた。数メートル前で止まった母は悪びれる風でもなく、私が追いつくのを待っている。
「歩くの早いんだってぇ·····」
「ごめーん。せっかちだからぁ」
――違うだろ。
胸の内で毒づく。
母は自分の服なんかを買う時はじっくり時間をかけて、私まで巻き込んでどの色がいいか、なんて聞いてきたりする。その癖私が何かを吟味しているとすぐに「あっち行ってるね」とさっさと隣の店に行ってしまう。要は自分のこと以外に興味が無いのだ。
それは父も同じだった。
人と合わせるということをしない。
人の話を聞かない。
自分の都合しか考えない。
お互いにそんな風で、よく夫婦になれたものだ。
それとも昔は違ったのだろうか。
歳を取ると我儘になるというが、そうならない人もいるのだからやはり当人の性格によるのだろう。
私はずっと昔から、あまり自分の話をしなかった。
父は私の好きな食べ物すら知りもしない。
話したところで聞いていないし、興味を持ってくれないからだ。
お陰ですっかり会話下手なコミュ障になってしまった。――別にいいけど、と思ってしまうあたり終わっていると思う。
こんな二人を見てきたせいか、私も人と合わせることが出来なくなって、一人が心地よくなった。
一人でいるのは気楽でいいけど、そのぶん色々と遠のいてしまったものもある。
たとえば·····結婚。
少し古い人なら〝女の幸せ〟と言っていたであろう全ての事が、私から遠のいた。
もうその足音を近くに聞くことはない。
ねえ、お母さん。
私がこんなになったのは、どうしてでしょう?
END
「遠い足音」
ショッピングモールの装飾に赤やオレンジが増えると秋だなぁって思う。
夏の青や黄色がメインの装飾から(海やヒマワリをイメージした色遣いだったのだろう)紅葉やハロウィンをイメージした色遣いに変わっていく。
でも、オレンジは10月31日を過ぎたらあっという間に少なくなって、今度は白や緑が増えていく。
気候変動だなんだと、季節の変化も昔とはだいぶ違ってしまったけれど、それを大事にしたい人の気持ちは変わらないのだろうな。
END
「秋の訪れ」
人生を旅に例えることがあるけれど、その列車からもう降りたい場合はどうすればいいですか?
とてもとても疲れてしまって、もう車窓からの景色を見ることも難しいのです。
寝台列車のように寝ているだけで終着点に連れて行ってくれる方法は無いものでしょうか?
旅が続くことを喜ばしく思える人は幸福です。
私はもう、一刻も早く人生という長旅を終わらせたいのです。
でも、自分で終わらせる勇気も無いから、ただこうやって嫌だ辛いと言いながら、続く日々をなんとかやり過ごしています。
END
「旅は続く」
とある古城に一枚の大きな絵が掛かっている。
百号ほどの大きさのその絵は城の広間に掛かっていて、かつては賓客達を睥睨していたであろうことが窺える。
描かれているのは五人の人物だ。
いずれも上等な黒いスーツに身を包み、四人は椅子に座り、一人は立ってこちらを睨みつけている。
かつてこの城に住んでいた城主達であろうか。だとしたら一枚の絵に収まっているのはおかしい。
では、一人は城主で他は一族の者達なのだろうか。
それだとまたおかしな点がある。
この絵に描かれているのは、全員男性なのだ。
普通、こういった大きな絵に複数の人物が描かれていたら家族かと思う。だが、この絵の人物は全員男性で、しかもみな似ていない。つまり、赤の他人なのだ。
血縁関係では無いとしたら、組織か何かの幹部達だろうか。分からない。
この絵が古城に掛けられている理由も、描かれている老人達の正体も、誰が描いたのかも分からないこの絵は、黒いスーツに白髪の老人達という画題のせいでモノクロに見える。そして·····、酷く不吉な、禍々しい雰囲気を醸し出している。
〝この城が滅んだのはこの絵のせいだ〟
そんな都市伝説めいた話が巷間に流れるのも、無理からぬ話だった。
◆◆◆
『見つけたよ』
たった一言。
そのメッセージを見た瞬間、男は立ち上がった。
探し続けた唯一の手がかり。
悲願を成就する為の切り札。
「よくやった。すぐ行く」
相棒の手柄に逸る気持ちを抑えて支度をする。
「·····」
胸によぎる一抹の不安。
頭を振ってやり過ごす。
何があっても、どれだけ犠牲を払っても、今度こそ奴等を·····。
決意を胸に、男は旅立った。
END
「モノクロ」