あなたに教えて貰ったこと
あなたが見せてくれたもの
あなたが好きだったもの
みんなみんな、忘れないから。
そう言うと、病床の彼は呆れたように笑って鼻を鳴らした。
「やっぱり分かってない」
「なにが?」
「僕の気持ち」
「なんでよ。あなたの気持ちを一番理解してるつもりだよ?」
「·····忘れていいんだよ」
「え?」
「僕のことなんか忘れていいんだ。君を残して先に消える僕の為に、脳の容量を使う必要なんてない。これからは君の見たいものを見て、君の好きなものをたくさん詰め込んで、君という存在を確定するんだ。
なんて言ってた彼のことを、私はいまだに忘れられずにいる。
END
「きっと忘れない」
この世に生まれてきたことが辛いから。
もしそう答えてやったら、君はどんな顔をするのだろうね?
END
「なぜ泣くの? と聞かれたから」
俺さ、アンタの足音だけは分かるんだ。
男はそう言ってニコリと笑った。
足が長いからかな、他の奴よりゆったりしてて、ちょっと心臓の音に似てる。
何言ってんだと呆れると、だって本当なんだもん、と子供のような事を言う。
寝てる時にアンタの足音が聞こえてくると安心するんだ。あぁ、帰ってきた、って。
男の言葉になんと言って返せばいいのか。言葉が見つからない。
そんな風に思っていたなんて。
そんな風に、唯一無二のモノであるかのように思っていたなんて。
そしてそう思われていることが、嬉しいなんて――。
バカなこと言ってねえで帰るよ。
そう言うと、男は笑顔のままうん、と答えた。
男の足音が、自分の足音に重なった。
END
「足音」
SFもので時間がループする作品はいくつもあるけど、何となく夏のイメージがある。
エンドレスサマー、繰り返す八月×日。
きっと夏でなければならない理由があるのだろう。
終わらない冬だとあらゆる生命が眠りにつく白一色の世界。エンドレススプリング、だと春の陽気に誘われた浮かれたピンクの世界。繰り返す秋、だとなんだかどっちつかず。
極端に暑いのに何故か物悲しい。
それが夏が永遠に続く理由なのかもしれない。
END
「終わらない夏」
「もしもーし」
「おぅ」
「ごめんねえ、せっかく君の誕生日なのに」
少し沈んだ声で受話器の向こうの声は言った。
「仕事だからな」
仕方ない。
そう答えると、そうだけどぉ·····と更に打ちひしがれた声が返ってきた。
学生の頃なら、授業をサボって誕生祝いに出掛けたりも出来ていた。ハメを外して馬鹿をやって、怒られるのも若さの成せる業だったのだろう。
だがもうそんな若さは無い。
組織というものに組み込まれた二人は今、自由というものの尊さを噛み締めている。
「あと少しで終わるから、そしたら光の速さで帰るからねえ」
「おう」
短く答え、受話器を置く。
「·····」
窓の向こうには暗黒の空が広がっていた。
ここ数日は天気が悪い。風は無く、夜になっても雲が低く垂れこめている。
〝会えない時間が愛を育てる〟
誰の言葉だったか、そんな言葉を思い出した。
「時間なんか、どれだけかかってもいい」
何事も無く帰って来てさえくれれば、それで。
低く垂れこめた雲の向こう。
会えない寂しさを紛らせながら仕事に励む姿を思い、そっと呟いた。
END
「遠くの空へ」