「もしもーし」
「おぅ」
「ごめんねえ、せっかく君の誕生日なのに」
少し沈んだ声で受話器の向こうの声は言った。
「仕事だからな」
仕方ない。
そう答えると、そうだけどぉ·····と更に打ちひしがれた声が返ってきた。
学生の頃なら、授業をサボって誕生祝いに出掛けたりも出来ていた。ハメを外して馬鹿をやって、怒られるのも若さの成せる業だったのだろう。
だがもうそんな若さは無い。
組織というものに組み込まれた二人は今、自由というものの尊さを噛み締めている。
「あと少しで終わるから、そしたら光の速さで帰るからねえ」
「おう」
短く答え、受話器を置く。
「·····」
窓の向こうには暗黒の空が広がっていた。
ここ数日は天気が悪い。風は無く、夜になっても雲が低く垂れこめている。
〝会えない時間が愛を育てる〟
誰の言葉だったか、そんな言葉を思い出した。
「時間なんか、どれだけかかってもいい」
何事も無く帰って来てさえくれれば、それで。
低く垂れこめた雲の向こう。
会えない寂しさを紛らせながら仕事に励む姿を思い、そっと呟いた。
END
「遠くの空へ」
8/16/2025, 4:11:46 PM