中学生の頃はギリギリまで冬服で通していた。
夏服になっても出来るだけ長袖を着続けて、いよいよ暑さに耐えられなくなって半袖にする時が、嫌で嫌で仕方なかった。
クセのある自分の髪が大嫌いで、さらさらストレートの同級生が羨ましくて仕方なかった。
顔にある黒子を、大人になったら絶対に取ってやろうと思っていた。
大人になった今。
半袖でも平気でいられるように「処理」をした。
自分のお金でストパーをかけるようになった。
黒子は取らなくてもいいと思えるようになったから、そのまま残した。
親に貰った体を傷付けるなんて、と脱毛や整形を否定する人がいるけれど、私はそれで前が向けるならいいんじゃないかと思う。
コンプレックスを乗り越えるために処理をしたその日から、私は半袖を着るのが好きになった。
お気に入りのTシャツに袖を通しながら、鏡を見る。
中学生の私は鏡を見るのも嫌だった。
今はこれが私だと、はっきり言える。
END
「半袖」
「あの時に戻ってアンタを連れ出してやりたい」
そう言うと、男はサングラスの奥の瞳を僅かに見開いた。睨みつけるような視線はかつての同志に向けるものでは無いだろう。その言葉と視線のちぐはぐさに、男は彼が自分より九つも歳下だったことを思い出す。
未だ迷い、抗い続ける若さがある彼を正直羨ましいとさえ思った。
「何言ってんだ」
ため息混じりにそう言うと、強い力で腕を掴まれる。
熱い手だった。そして、自分より大きな手だった。
「アンタがあんな思いするくらいなら·····」
熱い筈の手が一瞬氷のように冷たくなる。
それは男の錯覚か、それとも彼が意図したものか。
あまりに一瞬だったから判然としない。
男は自分の腕を掴む彼の手にそっと手を重ねて、その指を一本一本剥がしていった。
「あんな思い、なんてよぉ·····」
我ながら冷えきった声だと男は思う。
だがもう自分は戻れないところまで来てしまった。彼のように自由に、〝やりたいことをやってやる〟生き方は出来ない、してはいけない。
「君に何が分かるってんだい?」
とびきり満面の笑みを浮かべてそう言ってやると、彼がひゅ、と息を飲んだのが分かった。
END
「もしも過去へと行けるなら」
「おかしいでしょ。騙されてるよ。でなきゃ、洗脳されてるよ」
「やなこと言うなぁ」
「だってそうでしょ。殴られて金巻き上げられて、それで愛してるって」
「でも私のために泣いてくれたんだよ」
「自分に酔ってんだよソレ。立派な傷害罪じゃん。アザになってんじゃん」
「そうしたくて我慢出来ないんだよ、彼」
「だからそれがおかしいんだって」
「おかしいおかしいって、私の好きな彼を否定しないでよ」
「――でもさぁ!」
「·····ねえ。アンタが彼の事聞きたいって言うから話したんだよ? アンタとは付き合い長いけど、私の何を知って、彼の何を知ってそんな事言うの?」
「なに、って·····」
「アンタとは長い付き合いだけど、私についてアンタが知らない事、山ほどあるからね」
「·····っ」
「私は私の意志で彼を選んだんだから。他の誰がなんと言おうと、私はこの関係が正解で、真実だと思ってるから。まだ彼のこと悪く言うなら··········友達やめる」
「·····ごめん」
「分かってくれたならいいよ」
「もう何も言わない」
「良かった」
「貴女が誰かを信じて貫いたように、私は私の愛を貫くよ」
「――え?」
◆◆◆
「全部貴方がやったの?」
「――はい。私が首を締めて殺しました」
「どうして?」
「··········」
「··········」
「私は私の愛を貫かなきゃいけなかったんです」
「··········そうですか」
END
「True love」
再会を望むほど忘れ難い人とは、どんな人だろう。
それほどの強い印象を与える人なんて、いるのだろうか。
またいつか会いたい――。
そう思えるほどの誰かに会えたなら、空っぽな私にも何かが生まれるのだろうか·····。
END
「またいつか」
子供の頃、夜に出歩くと必ず空を見上げて一際強く輝く星を見つけた。多分北極星だったと思う。
比較的分かりやすいそれを見つけて、見上げたままひやりとする夜気の中を歩くのが好きだった。
夜の道は暗くて、静かで、昼とは違う顔をしていた。
少し怖いと思う時もあったが、上空に輝く星を見ると不思議と楽しくなった。
「今もそう」
空を見上げ、ぽつりと呟く。
「どこにいても、何をしてても、空を見上げてあの星を見つけると嬉しくなるんだ」
誰に告げるでもなく呟く。
「ずっと追いかけていたからかな」
――それとも、こちらが追いかけられていたのか。
一際強く輝く星は、何も語ってはくれない。
END
「星を追いかけて」