せつか

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「あの時に戻ってアンタを連れ出してやりたい」

そう言うと、男はサングラスの奥の瞳を僅かに見開いた。睨みつけるような視線はかつての同志に向けるものでは無いだろう。その言葉と視線のちぐはぐさに、男は彼が自分より九つも歳下だったことを思い出す。
未だ迷い、抗い続ける若さがある彼を正直羨ましいとさえ思った。
「何言ってんだ」
ため息混じりにそう言うと、強い力で腕を掴まれる。
熱い手だった。そして、自分より大きな手だった。

「アンタがあんな思いするくらいなら·····」
熱い筈の手が一瞬氷のように冷たくなる。
それは男の錯覚か、それとも彼が意図したものか。
あまりに一瞬だったから判然としない。
男は自分の腕を掴む彼の手にそっと手を重ねて、その指を一本一本剥がしていった。
「あんな思い、なんてよぉ·····」
我ながら冷えきった声だと男は思う。
だがもう自分は戻れないところまで来てしまった。彼のように自由に、〝やりたいことをやってやる〟生き方は出来ない、してはいけない。

「君に何が分かるってんだい?」
とびきり満面の笑みを浮かべてそう言ってやると、彼がひゅ、と息を飲んだのが分かった。


END



「もしも過去へと行けるなら」

7/24/2025, 3:50:11 PM