「あの時に戻ってアンタを連れ出してやりたい」
そう言うと、男はサングラスの奥の瞳を僅かに見開いた。睨みつけるような視線はかつての同志に向けるものでは無いだろう。その言葉と視線のちぐはぐさに、男は彼が自分より九つも歳下だったことを思い出す。
未だ迷い、抗い続ける若さがある彼を正直羨ましいとさえ思った。
「何言ってんだ」
ため息混じりにそう言うと、強い力で腕を掴まれる。
熱い手だった。そして、自分より大きな手だった。
「アンタがあんな思いするくらいなら·····」
熱い筈の手が一瞬氷のように冷たくなる。
それは男の錯覚か、それとも彼が意図したものか。
あまりに一瞬だったから判然としない。
男は自分の腕を掴む彼の手にそっと手を重ねて、その指を一本一本剥がしていった。
「あんな思い、なんてよぉ·····」
我ながら冷えきった声だと男は思う。
だがもう自分は戻れないところまで来てしまった。彼のように自由に、〝やりたいことをやってやる〟生き方は出来ない、してはいけない。
「君に何が分かるってんだい?」
とびきり満面の笑みを浮かべてそう言ってやると、彼がひゅ、と息を飲んだのが分かった。
END
「もしも過去へと行けるなら」
「おかしいでしょ。騙されてるよ。でなきゃ、洗脳されてるよ」
「やなこと言うなぁ」
「だってそうでしょ。殴られて金巻き上げられて、それで愛してるって」
「でも私のために泣いてくれたんだよ」
「自分に酔ってんだよソレ。立派な傷害罪じゃん。アザになってんじゃん」
「そうしたくて我慢出来ないんだよ、彼」
「だからそれがおかしいんだって」
「おかしいおかしいって、私の好きな彼を否定しないでよ」
「――でもさぁ!」
「·····ねえ。アンタが彼の事聞きたいって言うから話したんだよ? アンタとは付き合い長いけど、私の何を知って、彼の何を知ってそんな事言うの?」
「なに、って·····」
「アンタとは長い付き合いだけど、私についてアンタが知らない事、山ほどあるからね」
「·····っ」
「私は私の意志で彼を選んだんだから。他の誰がなんと言おうと、私はこの関係が正解で、真実だと思ってるから。まだ彼のこと悪く言うなら··········友達やめる」
「·····ごめん」
「分かってくれたならいいよ」
「もう何も言わない」
「良かった」
「貴女が誰かを信じて貫いたように、私は私の愛を貫くよ」
「――え?」
◆◆◆
「全部貴方がやったの?」
「――はい。私が首を締めて殺しました」
「どうして?」
「··········」
「··········」
「私は私の愛を貫かなきゃいけなかったんです」
「··········そうですか」
END
「True love」
再会を望むほど忘れ難い人とは、どんな人だろう。
それほどの強い印象を与える人なんて、いるのだろうか。
またいつか会いたい――。
そう思えるほどの誰かに会えたなら、空っぽな私にも何かが生まれるのだろうか·····。
END
「またいつか」
子供の頃、夜に出歩くと必ず空を見上げて一際強く輝く星を見つけた。多分北極星だったと思う。
比較的分かりやすいそれを見つけて、見上げたままひやりとする夜気の中を歩くのが好きだった。
夜の道は暗くて、静かで、昼とは違う顔をしていた。
少し怖いと思う時もあったが、上空に輝く星を見ると不思議と楽しくなった。
「今もそう」
空を見上げ、ぽつりと呟く。
「どこにいても、何をしてても、空を見上げてあの星を見つけると嬉しくなるんだ」
誰に告げるでもなく呟く。
「ずっと追いかけていたからかな」
――それとも、こちらが追いかけられていたのか。
一際強く輝く星は、何も語ってはくれない。
END
「星を追いかけて」
〝今を生きる〟
当たり前と言えば当たり前のことを、あえて言葉にしなければ前を向いて歩けない。
昨日という過去をどういう形であれ乗り越えた事を誇っていいはずなのに、何故かそれを出来ないでいる。
過去を生きて、今を生きて、それを乗り越えた者にしか未来を生きることは許されない。
不確かなこの世界で、一日を過ごす事のなんと難しいことか。
〝今を生きる〟
この言葉の普遍性と実践することの難しさを今、しみじみと感じている。
END
「今を生きる」