せつか

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7/17/2025, 10:41:35 PM

「我が娘ながら不思議な子でした」
女はそう言って、ナナフシのような細長い指を持ち上げた。
「あの、樹」
指の先にはこの街のシンボルとなっている大きな楠が、空に向けて枝を伸ばしている。
「あの樹の下で本を読むのが好きで、私はそれをここから見るのが好きでした」
視界を埋め尽くすほどの大木は、ここからでも葉擦れの音が聞こえそうなほどで、確かに子供が本を読んだり遊んだりするのにちょうど良い木陰だった。

「本を読みながら時々、上を見上げてるんです。あの子」
女の指は楠を指したまま動かない。
「誰かと話してるみたいにニコニコして、目を輝かせて。でも、誰もいないんですよ」
そう語る横顔は、愛しい我が子を思い出すというより、不可解な生き物を目にして戸惑っているようだった。
「誰もいないどころか、あの樹に寄り付くのはあの子くらいで」
言われてみれば、確かにあの樹の下には人っ子一人いない。街のシンボルであるのなら、憩いの場となって人が集まっていてもおかしくなさそうなものである。
「あの樹は私達を監視してるんじゃないかって、そんな気がするんです」
女の指が何かを諦めたように力無く落ちる。
「どこに行っちゃったんでしょう·····」
消え入りそうな声だった。
私はメモを閉じ立ち上がると、女に向けて言った。
「もう少し街の人に話を聞いてみます。娘さんについて何か分かったらまた伺います。今日はお時間を頂き、ありがとうございました」

「あの子は不思議な子でした」
ドアに手を掛けた私に呟きが忍び込む。
「けれどもっと不思議なのは·····あの子がいなくなったのに泣けない、あの子がいなくなったのにあの樹に近づいてあの子の気持ちを知ろうともしない、私なんです」
「·····」
「私は、あの子は·····」

――なんだったんでしょうね。
女の言葉に応える術を、私はまだ持っていなかった。

遠くで葉擦れの音が聞こえる。


END



「揺れる木陰」

7/16/2025, 4:34:46 PM

白昼夢とは違うのか?
言葉の響きでだいぶ印象が変わるけれど、どちらも非現実的で、幻のようにとらえどころが無い。

真昼の夢、白昼夢、胡蝶の夢。

夜眠る時に見る夢に比べて、昼に見る夢は何故か不穏な空気が付きまとう。


END



「真昼の夢」

7/15/2025, 3:11:01 PM

「ハッピーバースデートゥーユー」
「ハッピーバースデートゥーユー」
「ハッピーバースデーディア·····」

「嬉しいね。覚えててくれたんだ」
「なぁに言ってんだぁ。毎年プレゼントちょうだいってガキみてえにねだってたのは誰だい」
「誰だっけな」
「·····」
「アンタ優しいから毎年なんかくれたよな。三年前なんか·····」
「不法侵入で逮捕してもいいんだよぉ?」
「しないでしょ、アンタは」
「·····何しに来たんだよ」
「プレゼント貰いに」
「今年は用意してねえよ」
「いいよ。もう貰ったから」
「あぁ?」
「歌ってくれただろ。俺のために」
「別におめえのためじゃ·····」
「今日この日にアンタがハッピーバースデーを歌う相手が俺以外にいるの?」
「·····」
「毎年今日だけは俺のために空けてくれてたよな」
「勝手にいなくなった癖に」
「うん。でも会いに来た」
「もうおめえに渡せるものはなんにもねえよ」
「嘘だ。毎年アンタ、今日だけは俺だけのアンタになってくれてたじゃん」
「·····」
「夜が明けたら帰るよ」
「·····帰る、か。もう〝そっち〟が帰る場所になっちまったんだなぁ」
「·····ごめん」
「謝るこたぁねえよ」
「なぁ」
「んー?」
「やっぱりちゃんと言って欲しい。アンタの声で聞きたい」
「·····」
「ダメ?」

「誕生日おめでとう、×××」
「·····ありがと」


END


「二人だけの。」

7/14/2025, 2:45:33 PM

今年はあんまりいい事ないな。


END


「夏」

7/13/2025, 1:00:26 PM

世界を操る闇の組織とか。
あの広告に秘められたメッセージとか。
このタイミングで例のニュースが流れたワケとか。
そんなの無いから。

世界の滅亡はあちこちで数え切れないほど予言されてたけど、結局滅びなかったじゃん。
政府と宇宙人の密約も無かったし、ネス湖のネッシーも捏造だった。
フリーメイソンも割とオープンだってもう分かってしまっているし、隠された真実なんて無かったんだよ。

一歩引いて、面白がるくらいがちょうどいいんじゃない? それより目の前に迫ってる明日の仕事の事とか、めんどくさい会社の同僚の方が私は心配だよ。
じゃあ、明日も早いから寝るね。おやすみ。

「そうですね」
――あなたがそう言うなら、そうなんでしょう。
「昔のドラマでこんなシーンありましたね」
ゆっくりと顔の皮をめくっていく。
薄青いウロコのような皮膚が現れる。
「あなたがそう言うなら、隠された真実なんて無いんでしょう。私も別に、隠してるワケじゃないですしね。ただ、あなたは知ろうとしなかった。考えようとしなかった。疑問を持つことが無かった。それはそれで、尊いことではあるのでしょうが·····」

〝お陰でこの星の支配が随分スムーズにいきました〟


END


「隠された真実」

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