「ハッピーバースデートゥーユー」
「ハッピーバースデートゥーユー」
「ハッピーバースデーディア·····」
「嬉しいね。覚えててくれたんだ」
「なぁに言ってんだぁ。毎年プレゼントちょうだいってガキみてえにねだってたのは誰だい」
「誰だっけな」
「·····」
「アンタ優しいから毎年なんかくれたよな。三年前なんか·····」
「不法侵入で逮捕してもいいんだよぉ?」
「しないでしょ、アンタは」
「·····何しに来たんだよ」
「プレゼント貰いに」
「今年は用意してねえよ」
「いいよ。もう貰ったから」
「あぁ?」
「歌ってくれただろ。俺のために」
「別におめえのためじゃ·····」
「今日この日にアンタがハッピーバースデーを歌う相手が俺以外にいるの?」
「·····」
「毎年今日だけは俺のために空けてくれてたよな」
「勝手にいなくなった癖に」
「うん。でも会いに来た」
「もうおめえに渡せるものはなんにもねえよ」
「嘘だ。毎年アンタ、今日だけは俺だけのアンタになってくれてたじゃん」
「·····」
「夜が明けたら帰るよ」
「·····帰る、か。もう〝そっち〟が帰る場所になっちまったんだなぁ」
「·····ごめん」
「謝るこたぁねえよ」
「なぁ」
「んー?」
「やっぱりちゃんと言って欲しい。アンタの声で聞きたい」
「·····」
「ダメ?」
「誕生日おめでとう、×××」
「·····ありがと」
END
「二人だけの。」
今年はあんまりいい事ないな。
END
「夏」
世界を操る闇の組織とか。
あの広告に秘められたメッセージとか。
このタイミングで例のニュースが流れたワケとか。
そんなの無いから。
世界の滅亡はあちこちで数え切れないほど予言されてたけど、結局滅びなかったじゃん。
政府と宇宙人の密約も無かったし、ネス湖のネッシーも捏造だった。
フリーメイソンも割とオープンだってもう分かってしまっているし、隠された真実なんて無かったんだよ。
一歩引いて、面白がるくらいがちょうどいいんじゃない? それより目の前に迫ってる明日の仕事の事とか、めんどくさい会社の同僚の方が私は心配だよ。
じゃあ、明日も早いから寝るね。おやすみ。
「そうですね」
――あなたがそう言うなら、そうなんでしょう。
「昔のドラマでこんなシーンありましたね」
ゆっくりと顔の皮をめくっていく。
薄青いウロコのような皮膚が現れる。
「あなたがそう言うなら、隠された真実なんて無いんでしょう。私も別に、隠してるワケじゃないですしね。ただ、あなたは知ろうとしなかった。考えようとしなかった。疑問を持つことが無かった。それはそれで、尊いことではあるのでしょうが·····」
〝お陰でこの星の支配が随分スムーズにいきました〟
END
「隠された真実」
風鈴の音は綺麗だと思う。
高くて、金属的で。
でもさぁ、と彼女は呟いて、ネイルを塗った爪でグラスの縁を軽く弾いた。キン、という小さな金属音が静かな店に高く響く。
「アタシ、あの音で涼しいと思ったこと、一度も無いんだよね」
彼女の声はどこか投げやりで退屈そうにも聞こえる。私はそんな彼女を横目に見ながら、グラスを伝う水滴をそっと拭った。
「細やかな感性、ってやつが無いんだよ、アタシ」
――情緒とかそんな分かんない。
彼女の横顔は幼さと年相応の憂いが混じって、不思議と人を惹きつける。
そんな彼女が僅かに唇を尖らせて言う言葉が、やけに私の心をざわつかせた。
「誰かに何か言われた?」
私の言葉に彼女は小さく首を振る。
それが嘘だということは、下唇を噛む仕草ですぐに分かった。彼女は嘘をついた後、しばらく下唇を噛む癖がある。
「アタシ、ガサツだし、教養? とか無いからさ」
彼女が私と出会うまでにどれだけの苦悩があったのか。私には推し量ることしか出来ない。だが彼女がこうして時折見せてくれる弱さを、私は愛おしく思った。
「そんなもの、無くても一向に構わないよ。それに情緒なんて人と同じである必要も無い」
私は言って、グラスに残ったワインを呷る。
あぁ、彼女の視線が喉に突き刺さっている。
「これはただのガラスだし、風鈴も現代社会においてはただのインテリアだよ。あの音に涼しさを感じる人間もいれば騒音だっていう人間もいる」
彼女の手の中でグラスの氷が溶けていく。
カランと鳴るその音が、私の耳には彼女の相槌に聞こえて。
「君の人生に何の影響も与えない人間の言葉なんて、一切気にしなくていいからね」
青いネイルが輝く指を、包み込むようにして自らの手を重ねる。
「ありがと」
噛んでいた下唇が綻んで、笑みを刻んだ。
END
「風鈴の音」
今日は仕事で3つほどモヤモヤする事があった。
帰ってカップのアイスクリームを用意して、タブレットを取り出す。
大好きな作家の推しCP小説のページを開いて読み耽る。
明日もモヤモヤするのだろう。
吐き出せないイライラが募るだろう。
逃げたい気持ちが湧き上がるだろう。
でも出来ないのが生きてる哀しさ。
だから明日は帰りにアイスクリームとお菓子をたくさん買い溜めして、また来るであろうモヤモヤに備えるのだ。
END
「心だけ、逃避行」